12

 父の部屋から退出したソフィアは、オリオンたちの待つ部屋に戻ってパーティーの時間までそこですごした。


「何が起きるかわからないから、くれぐれも、気をつけなね」


 オリオンに耳打ちされて、ソフィアは頷く。まだゲームのスタート地点ではないけれど、悪役令嬢であるソフィアは油断できない。

 時間になって迎えに来たランドールは、ソフィアを見てうっすらと頬を染めて瞠目した。

 ソフィアは首をひねったが、その背後でイゾルテがガッツポーズである。

 しばらく扉の前でランドールが動かなくなってしまったので、ソフィアは控えめに声をかけた。


「……どこか変?」


 今日の格好をランドールに見せるのはこれがはじめてである。がっつり着飾っているが、鏡で確かめたときにはおかしなところはどこもなかったはずだ。十六歳の割には多少背伸びをしている感は否めないが、イゾルテは「ソフィア様は奥様なのですからいいのです!」と言っていた。ソフィアにはよくわからない理屈だったが、いいらしいから気にしないことにしたのだが。


(化粧はもっと薄いほうがよかった?)


 イゾルテは細部にまで心を砕いて丁寧に化粧を施してくれたが、厚化粧というわけではないはずだ。普段目元に色は入れないが、今日はドレスに合わせて薄い紫色をいれている。これがおかしいのだろうか? それともこちらも普段は塗らない口紅がだめだったのか。

 心配になったソフィアがじーっとランドールを見上げると、彼はぱっと視線をそらした。


「行くぞ!」

「あ、うん」


 いったい何だったんだろう?

 ランドールが視線をそらしたままさっと腕を差し出すから、ソフィアは追及しないことにして、彼の腕にそっと腕を絡めた。

 考えてみれば、ランドールにエスコートされるのはこれがはじめてだ。結婚式の時は、そのあとのパーティーは行われなかったから、ただ大聖堂で誓いを立てただけだった。国王はもっと盛大にしたかったようだが、王妃に睨まれて言い出せなかったらしい。ランドールも好きでもない女との結婚式に時間とお金を割く気にはならなかったのだろう。さっさと義務的に終わらせてしまった。

 ランドールは背が高いから、ヒールを履いていても、ソフィアの頭は彼の肩の下だ。自然と見上げる形になり、顎のシャープなラインにときめく。


(かっこいいなー。これで優しかったらなー)


 ソフィアはふとゲームの中のランドールを想像した。

 ゲームでもダンスパーティーのシーンがある。ヒロインの着飾った姿を見たランドールは顔を赤くして「似合っている」と小声で言うのだ。あのシーンは身もだえた。

 ソフィアは途端にランドールの「似合っている」がほしくなった。もちろん言ってくれるとは思っていないが、駄目もとで訊ねてみる。


「今日のドレス、どう?」


 ランドールはソフィアを見下ろして、それからまたパッと視線をそらした。

 だからさっきから何なのだろう? 目が合うたびに逸らされる。何かしただろうか? ランドールを困らせるようなことはしていないはずだ。


「変?」


 ソフィアはさらに訊ねた。

 しかしランドールはこれにも答えない。

 ソフィアはむっとして、足を止めるとぐいとランドールの腕を引っ張った。


「変なら着替えてくる!」


 似合っていると言ってくれるとは思わなかったが、無視されるのは腹が立つ。

 この格好が気に入らないならそう言えばいいのに! まだ多少の余裕があるから、ぱぱっと着替えるくらいは時間がある。

 ソフィアがランドールの腕から手を放して、くるりと踵を返そうとすると、慌てたように彼に手首を掴まれた。


「ま、待て。別に変ではない」

「……そう?」

「ああ」

「じゃあ、似合ってる?」

「………」

「やっぱり着替えてくる!」

「待て! だから……」


 ソフィアが振り向くと、やはりランドールは視線をそらしてしまったが、小声で少し面倒くさそうにこう言った。


「悪くない」


 ソフィアは驚いてランドールを見上げたまま固まった。


(悪くない? 悪くないって言った? あれ? もしかして照れてる? ふわああああああっ)


 やばい、萌える!

 ソフィアは悶絶しそうになったが、ランドールが腕を差し出して、「行くぞ」と言ったから、にやけそうになる表情を引き締めた。

 似合っているとは言われなかったが「悪くない」いただきました!


(イゾルテ、グッジョブ!)


 ダンスパーティーが終わったら、感謝を込めてイゾルテの肩でも揉んであげよう。

 ソフィアはちらちらとランドールの横顔を見上げながら、小さな幸せをかみしめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る