11
ランドールと結婚して、城から出てまだ一か月もたっていないのに、馬車から降りたソフィアは懐かしさを覚えてしまった。
城には特に思い入れは何もない。むしろ嫌な記憶しかないくらいだが、十四歳から十六で嫁ぐまでにすごした一年半の間で、多少なりとも「家」だという認識を持っていたのだろうか。
ダンスパーティーのはじまる時間より早く到着したソフィアは、すぐに国王に呼ばれた。ランドールは時間ぎりぎりまで城で仕事をすると言っていたから、そばにはいない。
オリオンとイゾルテをソフィアが嫁ぐまで使っていた部屋に残し、ソフィアは父王の私室へ向かった。王はすでに仕事を終えて部屋でくつろいでいるらしい。
ソフィアが部屋に入ると、王は立ち上がって娘を抱きしめた。そのまま頬ずりまでしてくる。
「ソフィア、元気だったか? 不自由していないか? 何かあればすぐに言うんだぞ」
「大丈夫ですわ、お父様。公爵家の皆さんはとても親切にしてくださっています」
約一名。夫であるランドールを除いてではあるが。
ソフィアは王と並んでソファに座り、勧められるままにクッキーに手を伸ばす。ローテーブルの上にはソフィアのために用意したのだろうか、たくさんのお菓子が並んでいる。
この国王は、王妃の尻に敷かれているとても情けなくて頼りにならない父親であるが、こういうところが憎めない。王妃も異母兄弟たちも、それに仕えている臣下すらほとんどが敵だという四面楚歌の状態で、能天気に「ソフィア」と笑いかける国王の存在は、まあ、ソフィアの心のよりどころであったのは間違いなかった。
「今日はまた大人っぽい格好で見違えたぞ」
「これは侍女のイゾルテが頑張ってくれたのですわ」
今日のソフィアのいでたちは、ライラックのデコルテの開いたシフォンドレスに淡いブルーのストールを羽織っている。ドレスはソフィアが嫁ぐときに国王が花嫁支度として用意させたものであるが、マダムの手によって少し大人っぽいデザインに手直しされている。
ストールを止めているのは宝石商から購入した薔薇の形を模したブローチ、首元にはソフィアの瞳の色と同じエメラルドのネックレス。手首には華奢なブレスレットがつけられて、ソフィアのふんわりと波打つ金髪はハーフアップにされていた。
イゾルテが「渾身の出来!」と自画自賛するほどの化粧を施されたソフィアは、自分でも驚くほどに化けていると思う。少し背伸びをしている感は否めないが、オニキスはそんなソフィアの仕上がりを見て、「ランドールと年が離れてるんだし、そのくらいのほうが並んだ時にバランスいいでしょ」と言った。
父はじっとソフィアの顔を見入ってから、突然うるうると瞳を潤わせた。
「こうしてみると、お前は母親に似てきたな」
「お母様ですか?」
市井で暮らしていた時は「母さん」と呼んでいたから、改めて「お母様」と呼ぶのは少々気恥しいものがある。
母はソフィアと同じ金髪にエメラルドのような緑色の瞳をしていて、近所で評判の美人だった。母は自分のことを多くは語ろうとしなかったから、ソフィアは城で侍女として働いていたということしか知らない。城の侍女ということは、どこかの貴族の令嬢であった可能性が高いのだが、母は自分のことを「天涯孤独の身」だったと言って、ソフィアは母が死ぬまで母以外の家族に会ったことは一度もなかった。
母が語りたがらなかったのはきっとわけがあるのだろうから、ソフィアは特に聞くつもりはない。母は天涯孤独だが優しい人だった。それでいい。
「あれが城を去ることになったとき、私は何もできなかった。もしお前を身ごもっていたことがわかっていたら、もっと他にやりようがあったかもしれないのに……うう」
昔を思い出したのか、国王はそのまま泣き出してしまった。
(涙もろいわよね、お父様って)
ぐしぐしと泣く父の背中をさすりながら、ソフィアは小さく苦笑した。
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