10
城ですごすランドールのもとにイゾルテがやってきたのは次の日のことだった。
「ドレス?」
「そうです。ダンスパーティーで奥様の着るドレスを購入したいのです」
イゾルテはあきらめていなかった。せっかく美しい奥様だ。イゾルテの自慢の奥様だ。綺麗なドレスを着て、着飾って、みんなの注目の的になってほしい。
「社交シーズンですし、何枚か作りたいのです」
貴族の令嬢やご婦人がその年のシーズンに合わせてドレスを新調することは珍しいことではない。むしろ常識だ。用意して何が悪い。イゾルテは当然ランドールが快諾すると思って言ったのだが、彼は途端に渋面を作った。
「あれが欲しいと言ったのか?」
ソフィアはいらないと言ったが、「いる」と言ったら何か不都合でもあるのだろうか?
イゾルテは渋るランドールに少しむっとした。ヴォルティオ公爵家はお金がありあまるほどあるし、ソフィアが嫁ぐ際に王家から多くの持参金が用意されているはずである。持参金は奥様のお金だ。奥様のためのお金である。使って何が悪い。けちけちするな!
「贅沢なことだ」
「……失礼ながら旦那様。奥様は嫁いで来られてから一度もお買い物をなさってはいませんし、今回だってドレスの新調は不要とおっしゃいました。それなのに贅沢とは、聞き捨てなりません!」
イゾルテはランドールがソフィアを大事にしていないことを知っている。あんなに素敵でお美しい奥様なのにである。奥様が文句を言わないから黙っていたが、さすがにこれは黙っていられない。
イゾルテがじろりとランドールを睨むと、彼は不思議そうな顔をした。
「いらぬというのに、どうしてドレスを新調するんだ」
「奥様が恥をかかないためにです!」
「……恥?」
「ダンスパーティーで着るご婦人方のドレスはいわば戦闘服です! ましてや奥様は王女殿下であらせられます。ドレスは最新の流行を! 完璧に美しく仕上げなくてはいけません! それが我々使用人のプライドです。殿方にはわからないかもしれませんが、とっても重要なことなのです!」
「……馬鹿馬鹿しい」
「そうですか。わかりました。ではもう旦那様には何も申し上げません。わたくし、これから陛下にお願いして奥様のドレスの費用を工面していただくことにいたします!」
「ふざけるな!」
「ふざけてなどおりません!」
ランドールに冷たく睨まれてもイゾルテは負けなかった。
奥様は不憫だ。新婚なのにちっとも帰ってこないばかりか、ドレスを数枚買うだけで渋るドケチな旦那様と結婚させられて、可哀そうすぎる。あれだけ素晴らしい奥様なら、こんな旦那様よりももっと優しくて素敵な殿方が選び放題なはずなのに!
「……好きにしろ」
睨みあいの末、イゾルテはランドールから勝利をもぎ取ると、鼻歌を歌いながら公爵家に戻っていった。
「……イゾルテ」
「はい、なんですか奥様!」
にこにことイゾルテが微笑む。
次の日、ヴォルティオ公爵家には王都で一番有名な仕立屋のマダムがやってきた。ずらりと並ぶ見本の生地に、いくつかの既製品のドレス。あれよあれよという間にソフィアは全身を採寸されて、気づけば既製品のドレスを一着と、フルオーダーのドレスを三着も購入することになっていた。
マダムが帰ると今度は宝石商が来て、これもまたソフィアが茫然としているうちに、二点のネックレスと、三点のブローチ、ブレスレットが一つに指輪が二つの買い物がなされていて、ソフィアがハッと我に返ったのは彼らが帰ったあとだった。
「……わたし、ドレスはいらないって言ったのに」
「旦那様のためですわ!」
「ランドールのため?」
「そうです。奥様が美しく着飾っていないと、旦那様が恥をかきますわ!」
「そうなの?」
「そうです!」
そうなのか。それならば仕方がない。ソフィアのせいでランドールに恥をかかせるわけにはいかないからだ。
「……イゾルテ、だんだんソフィアの扱い方がわかってきたわねー」
オリオンが少し離れたところでぼそりとつぶやいたが、ソフィアの耳には届かなかった。
フルオーダーのドレスはダンスパーティー当日までには間に合わないため、ソフィアが嫁いできたときに持参したドレスをマダムが多少手直しするらしい。奥様の美しさを最大限引き出してみせますと意気込むイゾルテの迫力に、ソフィアはたじたじだ。
「さあさあ、奥様! 少し休憩をされたら、今日のダンスレッスンですよ!」
ソフィアは机の上に並んでいるきらきらとした宝石類を見て、今日だけでいったいどれだけお金を使ったんだろうと怖くなった。
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