7

 何かが額に触れるような気配がして、ソフィアはゆっくりと目を開けた。

 ぼんやりとした視界に、赤い髪の毛が映る。


(……ランドール?)


 ソフィアははしばみ色の少し神経質そうな瞳を見つけて、首をひねった。

 これは夢だろうか。だってランドールがここにいる。彼はソフィアが水遊びをしたことに怒っていたはずだ。邸に戻ってきているはずはない。

 ソフィアが身じろぎした拍子に、額の上から濡れタオルが落ちる。

 ランドールがそれを拾い上げると、そっとソフィアの額の上に戻した。

 その際に、ソフィアの顔を覗き込むような姿勢になり、微かにひそめられた眉と、ちょっぴり不機嫌そうな瞳がソフィアの目に移りこむ。

 ソフィアはゆるゆると目を見開いた。


(お見舞いスチル……!)


 ランドールのこの顔は見たことがある。ゲームの中でのお見舞いイベントのスチル画像だ!

 ソフィアは瞬きも忘れてランドールの顔に見入った。


(すごい! 尊い! やばいかっこいい!)


 ソフィアが感動のあまりじーんとしていると、ランドールはそれが熱のためであると勘違いしたらしい。


「おい、大丈夫か?」


 さらに顔を覗き込まれて、ソフィアは息が止まりそうになった。


「秋も半ばだというのに水遊びなどをするからだ。自業自得だ。これに懲りて、少しは行いを反省するんだな」


 ランドールがぶつぶつ文句を言っているが、ソフィアの耳には入ってこない。


(確か、お見舞いイベントで……)


 お見舞いイベントでスチルが出たあとの選択肢は――。『喉が渇いたの』『水を取ってくれない?』『……(咳をする)』。


(咳をする!)


 ソフィアは一番ランドールの親密度がアップした選択肢を思い出した。

 演劇部で鍛えた演技力で苦しそうに胸を押さえて、けほけほと咳き込めば、ランドールがソフィアの背中に手をまわしてさすってくれる。


「水を飲むか?」


 うんうんと頷けば、そっと体を起こされて、水差しに入った水をコップに移して口元に近づけてくれた。

 ふわああああっとソフィアの心が震える。


(よかった! ゲームをやりこんでいて、本当によかった!)


 ランドールが好きすぎて、スチルも、三つあるエンディングもすべてコンプリートして、なおかつ何度もやりこんだソフィアである。ここでその記憶が役に立つとは!

 ランドールに水を飲ませてもらいながら、ソフィアは悶絶しそうだった。

 水を飲み終わり、再びベッドに横になると、ランドールの顔を見上げる。


「早く寝ろ」


 ランドールがぶっきらぼうに言うが、ここで眠ってしまってはもったいなさすぎる。ゲームと違って、ソフィアが寝たあとのランドールの様子はわからないのだ!

 決して眠るものかと目を開いたままでいるソフィアに、ランドールは何を勘違いしたのか、近くから椅子を引っ張ってきて座った。


「なんだ、心細いのか? 寝るまではそばにいてやるから、さっさと寝ろ」


(……ああ、もう死んでもいい……)


 ランドールが優しい! 優しい優しい!

 ソフィアは布団からそっと手を出すと、ランドールの方へ伸ばしてみた。すると、遠慮がちに彼が手を握り締めてくれて、さらに悶絶する。


(鼻血、鼻血出そう! 眠れない……!)


 興奮しすぎたソフィアは、それからしばらく眠りにつけずに、目をランランと見開いてランドールを見つめ続け――ランドールはそんなソフィアの様子に、熱で頭がおかしくなったのではないかと、さすがに心配になったのだった。

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