2
ソフィアは耐えた。
ランドールとの婚約の話が国王から出るまで、王妃や兄弟からの嫌がらせにも耐えに耐えて、ただ大人しく生活すること一年。十五歳になったソフィアは待ちに待った国王からの呼び出しを受けた。
国王の部屋に入れば、彼はゆったりとソファに腰を下ろして、にこにこしながらソフィアを手招いた。
王妃たちと違い、国王はソフィアに優しい。十四年離れて暮らした娘が不憫で仕方がないのだろう。けれども父王はどちらかと言えば気弱で、王妃が気が強いから、彼女には逆らえない。つまりは、ソフィアがこの城で快適に暮らすためには、何の役にも立たない父親だった。
「ソフィア、お前にいい話があるよ」
ソフィアがソファに腰を下ろせば、国王は娘にお菓子を進めながらもったいぶった口調で言った。
(いいお話、ねぇ)
今のソフィアにすればランドールとの婚約は「いい話」だろうが、本来ゲームの悪役令嬢であったソフィアにとっては「最悪な話」である。国王はよかれと思ってやっているのだろうが、彼自身がソフィアを「悪役令嬢」に仕立て上げる一役を買っていたのだと思うと、なんだかなぁと思うソフィアである。
「お父様、いいお話って?」
けれども、ソフィアはこの話を受けなければいけない。素知らぬふりで訊ね返すと、国王は想像通りランドールとの婚約の話を出してきた。
「ランドールはお前の従兄でもあるからな、きっとお前を守ってくれるよ」
(ゲームじゃ守るどころか断罪してくるけどね)
ソフィアは心の中で突っ込みを入れたが、顔には微笑みを張り付けた。
「そうだと嬉しいのですけど」
「そうだとも。なに、ランドールもまだお前にどのような態度をとればいいのかわかっていないだけで、ソフィアのことを知ればきっとお前を好きになってくれるよ。間違いない」
すごい自信である。
ランドールがソフィアに向ける氷のような視線には気づいていないのだろう。なんともお気楽な国王様だ。
(ランドールには好きになってほしいけどね。ゲームと違ってどう攻略すればいいのかわかんないわ)
ソフィアは小さくため息をついて、それからオリオンに言われたことを思い出した。
――いい? 国王に婚約の話を持ちかけられたら、こう言うのよ?
ソフィアはごくりと唾をのむと、わざと悲しそうな表情を作って、オリオンの指示通りの言葉を口にした。
「あの、お父様。わたし、婚約ではなく早く結婚したいですわ。その……、お義母様はわたしがここで生活することを、快く思われていませんもの」
見よ、前世に演劇部で鍛えたこの演技力を!
ソフィアはうるうると瞳を潤ませてお願いポーズで国王に迫った。
すると国王はぎゅうっとソフィアの手を握り締めて、突然男泣きをはじめた。
「ソフィア……! 父様が頼りないばっかりにつらい思いをさせてすまない……!」
まったくその通りである。
けれどもそんなことは口が裂けても言えるはずはなく、ソフィアは小さく首を横に振った。
「そんなことはありませんわ。わたし、お父様には感謝しています。母が死んで、どうやって生きていけばわからなかったんですもの」
「ソフィア―――!」
感極まった国王は、ひしと娘を抱きしめた。
ちょろすぎる。
こんなんだから王妃に尻に敷かれるのだ。
だがしかし、ソフィアの演技は継続中だった。
「お父様―――!」
ソフィアも国王を抱きしめ返して、追い打ちをかけた。
「お父様のもとを離れるのはとてもつらいです! でもこれ以上わたしがお城にいたら、お父様を苦しめることになる……。これはわたしがお父様にできるたった一つのことなのです……!」
「うんうん、そうだなソフィア! 父様もこれ以上お前がつらく当たられるのは見ていられない! よし、ランドールとすぐにでも結婚させてやるから待っていなさい!」
ソフィアは心の中でガッツポーズをしながら、「お父様――!」と泣きじゃくるふりをした。
かくしてソフィアのおねだり作戦は成功し、半年後、十六歳になったソフィアと二十三歳の若き公爵は、グラストーナ国の大聖堂で結婚式を挙げたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます