第十一話 『蜜魔王とアン』 

夕日がゆっくりと沈んでいく。

感謝祭の喧騒から少し離れたエルデネの門の外、遠くまで続くまっすぐな街道を二人はゆっくりと歩いていた。

お互いに言葉を発するタイミングを逃してしまって、ただ日が落ちるのを見つめている。


「魔王様がいいんですか?こんなところにずっと居ちゃって?」

「勝手にやってるだろ、あいつらなら・・・」


なんだろう緊張する。


「アン・・・」

「は!はい!」

「・・・好きか?」

「え??」


(えー!どういうこと?!)


「甘いもの・・・好きか?」

「はい?」


(ボクの・・・空耳か?)



その頃・・・

エルデネの感謝祭では、“美人秘書”の響きにすっかり気を良くしたメリスがミーナ&ナーミのMBC一行にエルデネの素晴らしさをとことん語っていた。


「っとまぁ〜このような感じで〜エルデネの強みをご理解いただけたのではないでしょうか?!」

「え〜ところで、殲滅兵器の使用について聞きたいのですが・・・」

「数千年いや、有史以来!殲滅兵器の使用を誰もみたことがなかったのですが、ここにきてカンタローザーを壊滅させるほどの威力の兵器をご使用になられた経緯について!」

「かっか、か、壊滅だなんて〜ほほほ・・・。そう!ベルチ様からもお電話いただきましたが、なーんともでしたわ〜ほほほ!」

「現場にいた住民の目撃談では、魔王イラ様と魔管補佐官が“キス”をして起動したと!」

「デマです!たぶん角度的にそう見えたのです!顔にホコリかなんかついてたので払おうとしたんじゃないですかね?」


取材でたじたじになっているメリスのところに、ロキが婚約者マタリスと浮かれた様子でやってきた。


「いや〜イラ様もやるときゃやるもんですね。ぶちゅーっと、ぶべっほ!!」


瞬殺で、ロキの意識を刈り取るメリス。

婚約者マタリスは恐れおののいている。


「ロキ隊長ったら、もうお疲れのようですね!」


目線でマタリスに持っていけと合図し、動かなくなったロキを引きずって帰らせた。

ミーナ&ナーミは、これ以上は追うのは危険だと本能的に感じ、メリスの元を離れた。しかしジャーナリストの勘が“ここは引いてはいけない!”といっている。ミーナとナーミはお互いの意思を視線で確かめ合った。


「ア〜ン〜補佐官〜でぇておいで〜」


鬼の形相のメリスがアンを探し始めた。


なんとしてもメリスよりも先にアンを見つけ出して魔王イラとのスキャンダルを押さえるのだ!そう誓うミーナ&ナーミ。



日がすっかり落ちて寒さが増してきたころ。

イラはホバーバイクでマスラ山脈の麓までアンを連れてやってきた。

「ここからは少し歩くぞ。ほら、これ着ろ」

イラは自分のコートをアンに渡す。

着るのを少しためらってると・・・


「髪の色・・・白いってことはオレのエレメンタルがないってことだろ?」

「はい、たぶん・・・」

「じゃぁ着とけ」


黙々と歩き続ける二人。いつの間にか小さな雪が降り始めた。

吐く息は白く、イラのもつ“ペコス”だけが暖かく道を照らしている。すると、視界がひらけ、広場があらわれた。そこだけは雪が積っておらず、中心には少し大きめのペコスが置かれている。

赤い、まるで火の粉が飛び散ったような淡い赤色をした“火花フラワー”が咲いていた。歩いてきた山道を振り返ると、遥か遠く西の空にわずかに残った太陽の光が消えようとしている。

麓に一際明るい場所が見えた。

“エルデネの街”だ。


「わぁ・・すごい・・」


そう思わず声に出してしまい、イラがちょっと笑った。


ペコスに水の入ったポットを置いて、お湯になるのを静かに待つ。


「もう夜だから、火花フラワーの蜜を吸うフレイムル達が寝てしまってる」

「え?火花フラワーの蜜?!」

「ふふふ、びっくりしたか。エルデネにいる誰にも言ってないからな。まぁ黙って待ってろ」


蜂型の小さい魔物フレイムルは、火花フラワーの蜜を集めると言われているが、実際には歴史の教科書の中でしかみたことがない。

随分前に気候変動によって絶滅したのではないか?とも言われていた。

もちろん今では“火花フラワーの蜜”が市場に出回ることもない。


ペコスの上にフライパンを置きその中にバターをいれ星芋を素揚げ状態にした。そして、星芋にシナモンの香りを付けてから、紫色に輝く“火花フラワーの蜜”をたっぷりとまぶした。すると蜜にからまったシナモンの粉と黒い星芋が合わさり、まるで夜空のようなデザートができあがった。


「すごい・・・すごい・・・すごい・・・」

「いいから食えよ。固まっちまうだろ」


アンは一口に頬張る!

口の中で火花フラワーの蜜がパチパチと弾けた。

蜜の中にたくさん閉じ込められた空気が、口の中で適温になると弾け始めるのがこの蜜のおもしろいところ。爽やかな花の香りがしっかりと口の中に残り、甘さを際立たせ、更に味わい深いものにしてくれる。


「んー!美味しい!」

「ははは、美味いだろ」

「はい!でも、これはイラ様が管理されてるのですか?」

「エルデネでもずっと前は、この蜜を取ることができた。この国は元々、フレイムルの養蜂やってた職人たちがこの地に流れついて、いつしか定住したのがエルデネの始まりだったそうだ。でもフラクタルが少なくなって火花フラワーは咲かなくなりフレイムルもいなくなってしまった」

「絶滅したものだと思ってました。」

「この場所をみつけた時は驚いた。この下にフラクタル鉱床があるんだ。」


フラクタルはアルドラマで最も貴重な資源だ。

ましてや鉱床が存在するというだけでエルデネの価値は、とてつもなく高いものになる。だからフラクタルよりも“蜜”の方を選ぶ魔王なんてイラぐらいのものだろう。


「ふふ、じゃ!とっても貴重な蜜ですね。これは。心して食べないと」

「オレが選挙で勝ったら、蜜で魔王になったと言われるのかな・・・」

「言いますね、ボクが言いふらします。蜜魔王イラ様」


え・・・っと雰囲気台無しですが、心の声を叫びます。

やばい!なんですか!これ!めっちゃいい感じじゃないですか!?

イラ様とボク、一回キスしちゃってますからね!もう一回ですか?ここで!

100%しますよ、なんならボクからして既成事実成立ですか!これ!?


あ・・・こっち見てます。イラ様こっちみてます・・・。

すごく・・・なんか熱くなってきた・・!

焼けるように熱い、これが恋ってやつですか!

イラ様が、指を・・・

指? 

指さしてる・・・?


「オレのコートがペコスで燃えてるぞ!」

「ぎひゃー!あつぅ!」

「あぁオレが着てないからエレメンタルがないと燃えるんだな」

「その冷静な分析いま必要?!ねぇ必要!」

「安心しろ、オレは火のエレメンタルの魔王だぞ。こんな炎など一瞬で!」


しかし燃え盛る炎がちょっと揺らいだだけだった。


「おかしいな・・・あ!!」


アンの髪の色がまた赤くなっている。


「おまえが、またオレのエレメンタルを吸ったんじゃねぇか!」


消し炭になったコートを目の前に、寒さに凍える二人。

キスをすれば元に戻るという選択肢を、とりあえずいまは二人とも考えないようにした。


寒さの中、下山すると鬼の形相をしたメリスに見つかってしまい、朝の出発まで二人はみっちりと怒られ続けたのであった。



エルデネの門の前、朝早くから車でアルドラマに戻ることとなったアンとDDをイラやメリス、パブロの家族たちも見送りに来てくれていた。


「アン補佐官、あなたにはまだまだ言い足りないぐらいですが・・・これ、先輩としてアナタにあげます」


星芋のたくさん入った袋をメリスはアンに渡した。


「ありがとうございます!食費がうきます!」


チカとパブロがアンに


「アンねぇちゃん、これ食べてみて!パパと一緒につくったの!」


火苺ひいちご”がすりつぶされて、ミルクチョコで固められたお菓子だ。


「美味しそう!ありがとう、チカちゃんパブロさん!」


イラからは、“火花フラワーの蜜”が入った小瓶。


「ほら、やるよ。売るなよ!」

「ありがとうございます!大切に食べます!」


DD が車のエンジンをふかす。


「では、また選挙でお会いしましょう。」


少しづつエルデネの街が遠ざかる。

やがて、いつまでも手を振っていたチカも見えなくなってしまった。

車内でさっそく、メリスからもらった星芋をアンはつまんだ。


「これって、公職選挙法違反になるんですか?」

「さぁ、ご自分で考えてください」


蜜の小瓶をよく見てみると、イラのメッセージが書いてある。

『たまに連絡してこい』とモバイルの連絡先がセットになっていた。


「そういえば、ボクのモバイル・・・壊れたままだ」



朝刊が復興作業中のエルデネの魔王城へ届けられた。

三面記事の見出しには『魔王イラ、魔管補佐官とのスキャンダル』と書かれている。メリスによって記事が焼却されてしまったのは言うまでもない。



エルデネ編

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