第六話 『エレメンタルバースト』

                      エルデネに本日着任しております。

                                  <DD>

ご苦労さまです。

エルデネの出馬手続きは完了しましたか?

<本部>


                      問題ありません。

                      明日には完了いたします。

                                  <DD>


本部としては明日の午後には

選挙開催宣言を予定しています。

<本部>


                      了解いたしました。

                                  <DD>



DDは、選挙管理本部への業務報告を終え、

静まり返った城内の一室で音楽を聞いていた。

机にはくしゃくしゃになった『宣誓書』。

その署名欄には、『イラ』の名前が書かれている。

日付だけは空白のまま・・・。


深夜、エルデネに続く街道を、二台の大型トラックと数台のホバーバイクが一団となり街へと向かってる。後方にはイラを乗せたメリスが走っている。

その後ろ、一団から少し離れたところには、アンが運転するホバーバイクがフラフラと蛇行している。


イラはメリスの後ろで考えていた。

自分が魔王である意味を。

メリスに叩かれた頬がなぜかまだ痛い。

彼女の後ろ姿しか見えない。

メリスは今どんな顔をしてるのだろうか・・・。


「イラ様、私にしっかり捕まってください!速度をあげます」

「あぁ」


メリスはイラの手をつかみ自分の腰の位置に手を置いた。

イラは、反射的にその手を止めた。

アンと触れた瞬間を思い出したからだ。


「イラ様?」

「いやなんでもない」


・・・こんな時なんて言えばいいんだろうか?

・・・こんな時なんて言えばいいのでしょうか?


イラとメリスは、同じようなことを考えて街道をひたすらに走っていった。


エルデネの街まであと、10km・・・



グキュウキュギュキュキュキュ、プシュン・・・シュン・・


「完全にとまっちゃた・・・」


慣れないホバーバイクの運転で高度が落ち、小さな岩にぶつけてからエンジンの調子が悪くなり、ついには全く動かなくなってしまった。

前方に見えていたイラたちの光も遠く離れ、今はもう確認できない。


「仕方ない、走るか!“魔管坂ボットンダッシュ”で鍛えたこの脚力を今みせてやるぜ!って誰もいないけど。ははは・・・」


クラウチングスタートの姿勢から勢いよく走り出すアン!


からだで覚えた『魔界公職選挙法』を暗唱しながら!


「第二条一項!公職選挙法は魔王創出並びにあらゆる長の選挙について適応する!」

「第四条一項!定数は魔王候補者七名、中央議員三百三十三名、地方議員四百名まで!」

「第六二条第十項!候補者は期間中、公職又はそれに関わる職務を停止すること!」

「第七十条三項!候補者はあらゆる紛争又はそれに準ずる武装・挑発行為を行わない!」

「第八十一条三項!候補者に欠員が出た場合、魔管の監視のもと速やかに予備選挙行う!」

「第八十八条二項!候補者は賄賂・寄付などの行為を供与し、申込・約束・斡旋・利害誘導を行なってはならない!」

「まだまだ!おりゃー!」

「第百三条四項!魔管は公職以外の者から任命され、選挙の管理・監督・選挙を妨げる行為の排除!!ぶべ〜!」


突然、目の前に現れた大きな生暖かいものに、おもいっきりぶつかる!


「なによ!もう!」


ブモー!


盗難にあったエルデネ牛であった。


「かわいそうに、よしボクと一緒にエルデネに帰ろう!って牛に喋ってもしかたないか」


よしよしと、牛を撫でるアン。


すると・・・

暗闇で初めてわかったが牛が薄っすら赤く光を帯びて体から湯気が出ている!

アンが驚いて撫でるのをやめると光は消えていった。


「・・・なにこれ?ボクと共鳴してるの?」


もう一度、牛に触ってみるとはっきりとわかる。

牛の中にある“なにか”に、ボクの中にある“なにか“がつながってる。

たぶん”なにか“は”エレメンタル“だ・・・。


ブモー!


牛が興奮してる?

いや、考えてることがわかる!?かも・・・。


「ミルクが出る!」


今にもミルクが出そう・・・美味しそう・・・。

バカなボクはとりあえずミルクを飲もうと思います!


エルデネの街まであと、7km・・・。



風が南からエルデネの街へ吹き込んでいる。

風に混じって、生き物の血の匂いが運ばれてくるのをイラは感じとった。

後ろを振りかえると、アンがいない!


「メリス!あいつがみえない!」


暗闇の中で目を凝らしてみるが誰かが来る気配を感じない。


「はぐれたのでしょうか?」

「こんな一本道でそんなわけがない、なにかあったんだ。引き返そう」

「イラ様一度城に戻りましょう。もう目の前です。私が探しにいきますから」

「メリス、風に血の匂いが混じってる。気がつかないか?」

「・・・だとしても、私がいきます」

「なぁ・・・そんなに俺が頼りないか?」

「そんなつもりで言ったんじゃありません!ただ・・・イラ様にはやるべきことが・・・」

「俺は、この国を守りたいんだ。自分の手で守りたいんだ」

「・・・イラ様」

「!!」


地面の土埃がわずかにふわっと舞い上があった。

次の瞬間、音もなく表れた“デスホッパー”がイラたちのホバーバイクを押しつぶした。

寸前のところで回避したイラとメリス。


「羽音がまったく聞こえなかった!」

「おそらく、高高度で飛んで落下してきたのでしょう」


デスホッパーは、『魔力食い』とも呼ばれエレメンタルの反応につられてやってくる。現在イラの魔力はほぼ『0』。メリスの方が魔力量は上である。

デスホッパーが羽音をけたたましく鳴らし始めた!


「くそ!こいつ仲間を呼ぶぞ!」


イラがピッチフォークを頭部めがけて刺そうとするがやはり力が入らない。

すぐに標的をメリスに変えて襲ってくる。


「私が引きつけますので城へ走ってください!」


メリスはイラと逆側の方向へ走り始める!

デスホッパーの跳躍は一瞬でその距離を詰めてくる!


「メリス!!!」

「イラ様・・・選挙に勝って、私たちの魔王になってください!」


次の瞬間・・・!

デスホッパーが正面から“木っ端微塵”に砕け散った。


デスホッパーは『エレメンタルバースト』を起こし、『水』に量子変換されたのだ。


「エレメンタルバースト・・・?」


驚くイラの目の前に現れたのは、牛に乗ったアンだった。


「うげー気持ち悪い、ビショビショです!」



少し前・・・

エルデネまで7km・・6.9・6.8・・6.75km


牛にしがみつきながら、直で乳を吸ってるアン。


んぐ・んぐ・んぐ・んぐ・

んぐ・んぐ・


牛はまんざらでもない様子で、軽快に歩いている。

んぐ・ぷあー!


「うまい!夜飲むミルクだから、ナイトミルクだね!そして勝手に進んでくれる。これは便利!自前ミルカー!」


牛にしがみついてるアンは、街道の茂みでわずかに動く影をみつける。


「・・・ロキさん?」


瀕死状態の炎壁守備隊の部隊長ロキだ。

意識がない部下を抱えている。


「あんた・・・魔管の・・・頼む、イラ様に伝えてくれ・・・“蝗害デスマーチ”すぐやって・・・くる。避難を・・・」


このままほっとけない、力だけはある気がする!ナイトミルクを飲んだし牛さんもいる!やれる、ボクなら二人をかつげる!


「おれ・・・たちのことはいいから、先に・・・いってくれ!」

「ロキさん達をおいてったら、絶対イラ様は一人でもここにきちゃいますよ?いいんですか?」

「ぐっ・・・」

「大丈夫です!ボク、力だけはあります!よいっしょっと!」


ロキを背中に担いで、片腕でもう一人の部下を担ぎあげた。


「牛さん、もうふたり乗っけても大丈夫ですか?」

ブモン!プシュー!

「え?跨がれって!」


よく見ると、牛の体が中から湧きあがってくるように紅蓮の輝きを放っている。

牛はあり得ない速さで突っ走っていった!


エルデネまで300m・・・



「ははっは、危機一髪でしたね!」

「おまえ・・・」


デスホッパーに、正面から体当たりした紅蓮に輝く牛。

火の属性のエルデネ牛と水属性のデスホッパーが互いに干渉し、量子分解が起きたのだ。

『エレメンタルバースト』したデスホッパーは水となりあたりを水浸しにしてしまった。


「うう、イラ様・・・“蝗害デスマーチ”がすぐにやってきます避難を・・・」


意識を失うロキ


「ロキ!!」

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