第五話 『キツイいっぱつなのです!』
夜に複数の黒い小さな影・・・。
コボルトの牛舎の鍵を壊し、小さな影は、赤く淡く光る“
『バカはバカなりに、冷静に考える必要があるのだニャ!』
親友オジーの名言っぽい言葉だ。
魔王城でようやく見つけたシャワー室。
気持ちを切り替えようと髪を乾かしながら、鏡に映った“赤い髪”を指でつまみ、自分の中でなにかずっとドキドキしたものを感じている。
『魔王選挙は辞退します。イラ』
この一文が頭の中をぐるぐる駆け巡ってる、ボクは下っ端の魔管補佐官なのだから「かしこまりました!」と素直に言って提出するだけなのに・・・
全力でそうじゃないって否定するボクがいる!
「よし!もう一度、イラ様にサインをもらおう!」
イラを探してウロウロしているアン・・・。
なにやら城内が慌ただしい。
すれちがう警備兵に事情をきいてみる。
「コボルトで牛がいなくなったみたいなんです!」
「イラ様は?」
「出発のご準備をされて車庫の方に・・・」
アンは、下の階にある車庫へと急いだ。
車庫には、炎壁守備隊とメリスそしてイラがいる。
「イラ様!コボルトの盗難事件は炎壁守備隊と私で対処しますから城へお残りください!・・・いまは、選挙が始まる大事な時期なんですよ?もしものことがあったらどうするんですか!」
「メリス!こんな時のために魔王が・・・、オレが動かないでどうするんだ!ただ座って待ってろと言うのか?」
「いえ!イラ様がいまされるべきことは“選挙”です!こちらは我々にお任せください!すでに捜索隊を先行させており、我々もすぐに追跡します。遮蔽物のないエルデネの穀倉地であれば隠れる場所などありません。いま追えば間に合います!」
「メリス!!」
「・・・イラ様、少しは私たちのことも信じてください」
「ぐっ・・・」
メリスは、イラのホバーバイクのキーを抜き取り踵を返し上の階へと上がる。
メリスの迫力の啖呵を聞いて、隠れる場所もないのに思わずくしゃくしゃになった『宣誓書』で頭を隠してしゃがみこんでいるアン。
じっとみつめるメリス。
おそるおそる覗き込むアン。
宣誓書をメリスが取り上げ、修正された書面をみつめる。
「・・・これは私がサインをもらい、責任をもって提出しておきます」
「・・・はい」
メリスたちが去った後の車庫。
昼間乗った軽トラの荷台に寝っ転がっているイラ。
軽トラの周りをなにか喋りたげにウロウロとしているアン。
チラチラと・・・視界にはいるアンにイラが声を掛ける。
「お前、なにかオレに言いたいことあるんじゃないのか?」
「え?ボクが?」
「だからウロウロしてんだろ?」
「へ、へ〜、逆にイラ様がボクに言いたいことあるんじゃないんですかぁ?」
「なんでそこ張り合うんだよ・・・」
手招きをするイラ。
それに近寄るアン。
おもむろに!軽トラの荷台に引き上げシートをかぶせる!
「え?え?いきなり?!」
「しー!声を出すな!」
アンの口をふさぐイラ。
階上からライダースーツに身を包んだメリスと数人の部隊が足早に降りてきた。
「窃盗団と思われるトラックを3台、コボルトからカンタローザー方面に20km南東の地点に発見!これより捕獲奪還に向かう!」
車庫から飛び出していくメリス達!
「よし!出た!」
「な、な、なんなんですか!?」
「追うぞ!」
「え?軽トラなんかで追いつくわけないじゃないですか?メリスさん達が戻ってくるまで待っときましょうイラ様」
「いやだ!」
イラは、コートからハサミを取り出しホバーバイクの鍵穴にさして強引にエンジンをかけた!
「よし行くぞ!乗れ!」
「え〜!ボクもですか?!」
「これも“選挙の準備”ってことにしろよ!」
勢いよく飛び出していくイラとアン!
イラは不思議な感覚を感じていた、一瞬・・・自分の『エレメンタル』が僅かだが回復してるような感覚だ。それが尚更いま、自分がやってることに少しの意味を与えてくれている。
イラとアンを乗せたホバーバイクは、エルデネとカンタローザーを繋ぐ街道を全速力で南下していった。二人の斜め右遠方にはいくつかの光源が同じ方向へ向かって走っている。おそらくメリス達の部隊だろう。
イラはホバーバイクのライトを消して突き進む。
「なんで?ライトを消すんですか?」
「牛を盗んだヤツが、ライトつけて逃げてるわけねーだろ。暗闇に目を慣らさないと発見できねぇからな。飛ばされないようにしっかり捕まってろ!」
イラの腰にしっかりと抱きつくアン。
(なにやってるんだろボク・・・)
ふわっと、車体が高度を上げ、上空からエルデネの大地を見下ろす。
「いたぞ!」
牛を乗せた大型トラック三台が列になり、街道の斜め左方向をカンタローザーに向かってライトを消して逃げていた。少し後ろに、2台の警備隊が追跡をしており、その位置にメリス達は合流しようとしていた。
曇り空で月明かりの及ばない日だった。
盗賊団のトラック最後尾の荷台に牛と一緒に小さくうずくまっているひと影が数人。その中のひとりが、トラックの荷台に捕まる手を発見する!
「わぁ〜落ちる!落ちる!」
「バカ飛び移れっていっただろ!」
イラは上空でホバーバイクのエンジンを切り、静かに接近して、落下直前にエンジンをブーストさせ奇襲をしかける・・・予定だった。
「怖くて飛び降りれるはずないでしょう!」
「バレちまっただろ!バカ!」
追跡に気づいたトラックが速度をあげる。
荷台に片手だけでしがみつくアン。
片足が掛かっているホバーバイクが少しずつ離れてゆく。
「オレの手をつかめ!!」
差し出されたイラの左手を、アンの右手がつかみ取る!
吸い込まれる??
オレのエレメンタルが吸い込まれていく??
気を失うイラ!
「イラ様!!!」
イラを自分に引き寄せて抱きしめるアン。
少しでも地面への衝撃を吸収しようとするが流石にこの速度で叩きつけられたら・・・。
その時、一筋の光が、アンとイラを地面スレスレで捕まえた。
「メ・リ・スさん?」
メリスはすぐに、ホバーバイクを停めた
意識を取り戻したイラ。
「イラ様!大丈夫ですか?!」
「メリス・・・」
「どこも怪我はないですか?!」
「だ、大丈夫だ、それよりも・・」
パァァン!
イラの頬をおもいっきり平手打ちして、
目に涙を浮かべているメリス。
「なぜ!・・・わかってくれないのですか?!」
「あ、あの〜メリスさん・・・」
キッとメリスから睨まれるアン。
「す、すいません・・・」
結局、盗難事件はトラック2台の牛は奪還できたが、1台は荷台の牛を走りながら捨てて逃げてしまった。荷台に乗っていたのは、“ルーメン”と呼ばれる種族の子供達だった。アルドラマで急速に増えつつある難民種族でカンタローザーから流れてきた孤児だ。“ルーメン”の子供はエレメンタルを具現化できる能力をもっている。
今回はそれを悪用したモノの仕業だったようだ。
「全部で何人だ?」
「“ルーメン”の子供が8人と運転手の男が2人だ」
「トラックに乗せて、エルデネまで戻るぞ」
「今日はもう遅い、逃げた一台が落とした牛の回収は、日が昇ったらやろう」
メリスが指揮をとり、部隊がテキパキと現場をまとめている。
気まずいのか、イラには声をかけようとしない。
気まずい・・・とても気まずい・・・。
果たしてこれは、魔管の仕事なのかな?
帰りたい・・・そして寝たい。
「おい、おまえにちょっと聞きたいことがある」
イラがアンに喋りかけてくる。
キュピーン!
突然、とんでもない殺気が飛んできた!
恐る恐る目をやると、メリスさんがこちらを睨み付けていた・・・。
「アン補佐官!こちらのホバーバイクで戻りなさい。これは魔管の仕事ではありません」
「はい・・・」
完全に不可抗力なんですけど!ボク不可抗力なんですけど!
「イラ様は、私の後ろに乗ってください」
イラは黙ってメリスに従うことにした。
「あ、ちょっと待ってくれ」
イラはトラックの荷台にのる“ルーメン”の子供たちに、携帯食の星芋をわたした。
「はは、お腹すいてるだろ。ちゃんとわけて食べるんだぞ」
なんどもウンウン、と頷いて星芋をわけて食べる子供たち。
その様子を見ていたアンにイラは星芋を投げて渡す。
「はは・・・よだれが出てるぞ」
メリスの後ろに乗るイラ
「出発します!」
星型の形になった干すと甘みが増す芋。
一口かじってみると、素朴で優しい味。
よくわからないけど・・・
残りは、ポケットにしまって後で大切に食べようって思った。
街道の外れを走る一台の大型トラック。
「たった、3頭かよ!大損だぜ!せっかく集めた“ルーメン”のガキも牛も!」
「もう追ってはこないだろう。そろそろ街道に戻れ」
運転手は、ヘッドライトをつけてハンドルを右に大きく切った、途端にトラックは激しく横転した。
「な、なんだ?!一体?おい!おい!」
運転手に声をかけるが返事がない。大きなバッタに頭をかじられている。
「デ、デスホッパー!!」
あっという間に蹂躙されてしまう運転手。
逃走犯たちを食べ尽くしたデスホッパーは、再びエルデネに向かって飛び始めた・・・。
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