第42話 先生、誤解なんです!4

 次の日の放課後。

 西尾先生に頼まれた花壇だが、なんとか今日中に終わらせないと。

 明日は休日だから、花を植えるのが月曜日になってしまう。

 今朝チラッと様子を見た限りでは、まだ元気そうであったけど、早く栄養のある土に植えてあげたい。

 急いで花壇へ向かう。


「あっ、ちょっと君」


 廊下を歩いていると、背後から声をかけられる。

 振り向けば、優しそうな笑顔で立っている若い男性が立っていた。

 たしか、この人は教育実習生の丹波にわ先生だったかな。


「ごめんだけど、ちょっとこれを運んでくれないかな。この後すぐに向かわなくちゃいけない用事があって」


 そう言いながら視線の先にある段ボールを見つめる。

 おそらく授業で使ったであろう教材が詰められていた。

 花が心配ではあったけど、困っているのを放っておくのも後味が悪い。


「いいですけど……」

「助かるよ。じゃあ、これ全部準備室に運んでおいてね」


 足早に去っていく丹波先生の後ろ姿を見送り、視線を段ボールに移す。

 試しに一つ持ってみるが、中々の重量。

 そして準備室はたしか、隣の校舎の三階だっけ。

 一つずつ段ボールを運び出しては準備室に運び入れる。

 全てを運び入れて一息ついて、近くに置いてあったパイプ椅子に腰をかけた。

 この後の作業もあることだし、十分だけ休憩しよう。

 そう思っていると、扉からノックする音が。


「陽太君」


 開けっ放しの扉から顔だけ覗かせる純花さん。


「純花さん。どうしてここに?」

「それはこちらのセリフです。花壇の手入れと書いてましたのに、陽太君の姿がありませんでしたから、探してみればこんな人が少ないところに」

「そのー、ちょっと頼まれごとを」


 苦笑いで答えると、呆れ混じりのため息をつかれる。


「陽太君は頼まれることは少ないですが、頼まれると本当に断ることをしないんですね」

「困ってる姿見ると、断りづらくて」

「西尾先生の頼みもですか?」

「そ……そうだよ」


 俺が明後日の方向に目を向けた。


「別に隠す必要はありませんよ。私だけしかいないんですから」


 ……確かに、友人に本音を話すぐらい許されるだろう。


「正直言うと、ほぼ無理矢理って感じだったかな」

「やはりそうでしたか。ならば、従う必要はありませんよ。なんなら、今すぐすっぽかしてもいいんですから」


 真面目で風紀委員の純花さんからそんな言葉が出るとは思わなかった。

 でも俺はそれには首を横に振る。


「いや、ちゃんとやり切るよ」

「何故です? 西尾先生が怖いからですか?」


 西尾先生が怖いのは認めるけど、そんな理由じゃない。

 目に焼きつけてしまったから。

 西尾先生が俺に花壇の世話を頼んだあの日、悲しそうな目で花壇を見つめる姿を。


「そんなんじゃないよ……ところで、ずっと気になってたんだけど、なんで顔だけ出してるの? 入ってこればいいのに」


 不自然に顔だけ覗かせている姿がずっと気になって仕方がなかった。

 俺が指摘すると、熟考した後に覚悟を決めたような顔をする。

 実際は無表情だったけど、そんな気がする。


「わかりました。陽太君がそんなに言うなら仕方ありません」


 別に提案しただけで、無理に誘ったわけではないんだけど。


「いきます」


 わざわざ一言挟んでから純花さんは扉を全開にする。

 純花さんの姿を目の当たりにした瞬間、驚愕のあまり叫んでしまった。


「すすすす、純花さん!? な、ななんて格好をしてるの!?!?」


 いつもは規則正しく、校則通りのキッチリとした格好なのだが、今は膝よりも下まで伸ばしていたスカートは、白い太ももが見えるほど短く、シャツを出しているため、へそがチラリと覗く。

 さらに第二ボタンまで開けられ、谷間が目に飛び込む。

 髪型も清楚なイメージが強いおさげなではなく、色気のあるストレートにしていた。


「どうですか?」

「ど、どうてすか、とは?」


 一歩ずつ俺に歩み寄ってくる純花さん。

 俺はそれに合わせて一歩下がるが、すぐに壁にぶつかる。


「似合ってますか?」


 純花さんがさらに近づいたことで、白シャツから薄らとピンクの下着が透けていることに気がついてしまった。


「に、似合ってるというか、な、なんでそんな格好をしてるの!? 風紀委員としてどうなの!?」

「男の子はこう言う格好が好きだと、梨花さんからアドバイスをもらったので」


 何変なこと吹き込んでるの梨花さん!?


「それに陽太君が喜んでくれるなら、校則の一つや二つ破っても問題ありません」


 いや、その理屈はおかしいよ。


「それで、どうですか? 嬉しいですか?」


 どこがとは言わないが、後一歩前に足を出せば、くっついてしまいそうなほどまで近づいてきた純花さんは、顔を覗いてくる。


「嬉しいかと嬉しくないかといえばそれはもちろん嬉しいけど、いや、今はすごく困ってるんだけど、別に嫌って意味ではなくて。でも俺はいつもの純花さんの方が安心すると言うか、好きな方というか」


 純花さんの顔だったり、胸元だったり、下着だったりが視界に入ってしまい、全く正常な判断ができない。

 今自分が何を口にしたのかさえ、わかっていない。


「……そう、ですか」


 スッと俺から離れる純花さん。

 よくわからないけど、助かった。


「すいません。時間を取ってしまって。私は今日はこれで失礼します」


 こちらに一瞥もせず、足早に去っていった。

 耳まで赤くなっていたけど、やっぱりあの格好は恥ずかしかったのだろう。


「って、やべっ! もうそろそろ作業始めないと!」


 急いで準備室を出て、花壇へと向かう。

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