第41話 先生、誤解なんです!3

「ただいまー」

「お帰りー。遅かったじゃない」


 先に帰っていた美月さんに迎えられる。


「ちょっとね」


 俺は言葉を濁す。

 怖い先生に頼まれごとされたと言ったら、きっと変な勘違いや心配をして学校に連絡をしそうだし。


「すぐご飯の準備するから」

「あぁ、それなら大丈夫」

「大丈夫って……もしかして買ってきた?」

「ううん。私が作った」


 俺は美月さんの口から放たれた言葉を理解することができなかった。

 いや、そんな恐ろしいことがあってはならないと、現実逃避をしていたのかもしれない。


「今日は上手くできたはずだから! 楽しみにしててよね」


 そう言って美月さんは食事の準備を始める。

 最悪だ。

 美月さんが上機嫌で自陣満々と「上手くできた」と言って、美味しかったためしがない。

 むしろ、毎度最低レベルを更新しているような気もする。

 普段料理をしない人が、なぜそんな自信を持てるののだろう。

 そんなことを思いながら、覚悟を決めて椅子に座る。


「はい、オムライス。陽太好きでしょ?」


 うん。大好きだよ。俺の知っているオムライスであれば。

 俺は美月さんがオムライスと言い張る皿の上のものに視線を落とす。

 まるで血のような赤黒いケチャップライスと、その上にはポソポソの黄土色の何かが散乱していた。

 そしておそらくソースと思われる真っ黒な液体がかけられている。


「どう? 見た目はあれだけど、美味しそうには見えるでしょ?」


 見た目がアレなものなのに食欲をそそると思ってるのかこの人。

 だけど、残念ながら美月さんはそう思っているらしく、期待の眼差しで、俺が食べるのを今か今かと待ち侘びていた。

 仕方なくスプーンを持つと、無意識に手が震え出す。

 体は正直だ。

 この料理を食べてはいけないと察知している。

 だけど、俺は食べなければならない。

 でなければ、この料理のために使われた食材達が可哀想だから。


「い……いただきます」


 スプーンをオムライスに突き刺す。

 掬い上げた瞬間、ネチャッとした感触がスプーンから伝わってくる。

 俺は恐る恐るそれを口に含んだ。

 まず俺の舌を支配したのは火傷しそうなほどの辛味。

 そして、鼻腔を蹂躙するのは発酵食品のような臭さ。

 噛んだ瞬間、ゴリッとした硬い感触が歯から伝わってくる。

 辛味に慣れると、甘さ、酸っぱさ、苦味と、味の暴力が襲いかかる。

 俺は何を食べさせられたのか理解できない。

 これをオムライスと言っていいのか?


「美月さん……どうやって作ったんですか、これ」


 レシピを尋ねると、美月さんは誇らしげに胸を張る。


「冷蔵庫の余り物だけで作ったのよ。どうよ!」

「いや、具体的な材料が聞きたいんだけど」

「覚えてる限りだと……」


 使った材料を覚えれてないって、ますますこの料理が怖いよ。


「えーっと、炊いてあった米を炒めて。ケチャップを入れたけど、量が足りなかったから色が同じな豆板醤を入れて。後は納豆やら切ったニンジンとか入れたの。卵にも味があった方がいいかと思って、適当に調味料入れて、逆さとじしようかと思ったけど、油引き忘れて、結局スクランブルエッグみたいなものをかけオムライスの完成」


 これ以上食欲が失せるのを阻止するため、途中から話を聞いていなかったけど、相当やばい料理ができてしまったということはわかった。

 正直もう捨ててしまいたいが、食材を無駄にしてはいけない一心で俺は全てを平らげる。


「おおっ! 良い食べっぷり!」


 何を勘違いしているのか、喜んでいる。

 しかし、そんなことをツッコむ余裕すらない。

 何も考えるな。ただ目の前の物質を胃の中に取り込め。

 匂いが鼻を通らないように息を止め、味を感じる前に食道に流し込む。

 そしてようやく皿が空になると、俺は一気にコップの水をあおる。


「どう!? おいしかった!? 姉さんより美味しかったでしょ!?」


 期待の眼差しを向けられるが、俺は黙って席を立ち、食器を洗う。

 無反応の俺に戸惑いの表情を浮かべる。

 洗い物が終わり、自室に戻る前に美月さんに呟く。


「今週一切のお酒類禁止」

「え!? なんで!? 陽太!!」


 呼び止めなど無視して、自室に戻った俺はベットにダイブ。

 胃に違和感があり、少し吐き気がするが、時間が経てばきっと良くなるだろう。

 そんな状態の俺のことなど知らない誰かから着信が入る。

 震える手でスマホを取り出し、名前を確認。

 どうやら風無さん……じゃなかった。

 純花さんからだ。


「……はい」

「スミスミですが」


 呼んだこともない愛称を口にする純花さんだが、今の俺に指摘する元気はない。


「どうしたの?」

「あ、いえ、少しお話しできればと思っていたのですが……あの、陽太君の方こそ、どうかされたのですか?」


 いつもと違う対応から察知したようで、そう尋ね返された。


「……ちょっと食材が少しだけ傷んでたみたいで、お腹が」


 美月さんの名誉の為、伏せておこう。


「待っててください。今すぐ陽太君の家に向かいますから」

「だっ、大丈夫だがら! 明日には良くなるから! それにもう暗くなってるし、女の子を歩かせるわけにはいかないよ」

「そうですか。でも無理はしないでください。明日も体調が悪ければ休んでくださいね」

「そうするよ」

「ところで、今日は花壇の植え替えをしていたそうですね」

「うん。と言っても、花は植えれてないんだけどね」

「一人でやっているんですから、仕方ありません

「でも、明日には全部植えられると思うから、よかったら見に来てよ」

「そうですね。明日は委員会もありませんし、寄らさせてもらいます」


 そこで会話が途切れ、少し気まずくなっていると、純花さんからが再び口を開く。


「陽太君の体調も優れませんし、今日はここまでにしましょう」

「そっか。ありがとう」

「いえ、私のワガママで電話したんですから。それでは、おやすみなさい」

「おやすみ」


 通話が切れ、スマホを枕元に置く。

 純花さんと話したからか、先程よりも気分が良い。


「……ん?」


 気分が良くなったことで、冷静に頭の中を整理できるようになり、ふと疑問が浮かぶ。


「なんで俺が花壇の植え替えしてたこと知ってたんだ?」


 九十九か漆葉に聞いたかと思ったけど、西尾先生に連れて行かれたことは知っていても、理由は知らないはず。

 じゃあどうやって……


「ね、寝ようかな」


 背筋に寒気さを感じ、布団の中に潜り込む。

 きっとこの寒気は美月さんの料理を食べたからだ。

 そう自分自身に言い聞かせた。

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