第40話 先生、誤解なんです!2

「授業を始める。まずは期末テストの返却をする。名前を呼ばれた者は取りに来るように」


 教卓に置かれた紙の束から一枚取り上げた。

 そして鋭い視線が俺に向けられ、背筋を伸ばす。


「嵐陽太」

「は、はい!」


 スッと立ち上がり、教卓の前へ。

 西尾先生は俺の答案用紙に視線を落とす。


「……前回よりかはマシな点数にはなっているようだな」


 答案用紙を受け取り、前回よりも上がった点数に頬を緩ませる。


「いい気になるな。たまたま今回よかっただけだ。次に続かなければこんな点数意味がない」


 先生の一言で、緩まっていた頬が引き締まった。


「……何をしている。さっさと席に戻れ」


 厳粛な態度の先生に硬直していた俺は言われるがままに席に戻る。


「次、漆葉都和瑠」

「はい……」


 先生から放たれる圧にすくみ上がった漆葉の声はか細く、先生の眉がピクリと動く。


「返事はどうした?」

「はいっ!」


 今まで聞いたことのない声量で返事をし、教卓の前に立つ。


「赤点ではないとはいえ、なんだこの点数は。大方準備期間中に詰め込んだのだろうが……次のテストはそうはいかんぞ。覚悟しておくんだな」

「ひ、ひゃい」


 泣きそうな目で自分の席に戻る漆原。

 続く他のクラスメイト達も、圧のある先生の小言に怯えながら教卓の前に足を運ぶ。

 それはさながら、断頭台の目の前にする死刑囚のようだった。

 そしてとうとう、あいつの番が回ってくる。


「次……九十九大雅」


 呼ばれた九十九は教卓の前へ。

 しばらく大雅の答案用紙を見つめる先生。

 だが他の生徒と比べるとその時間は長く、何も言わずに九十九に手渡す。

 訝しげな面持ちの九十九はそれを受け取り、答案用紙に視線を落とす。


「よ……よっしゃああぁぁぁぁ!!」


 歓喜する九十九。

 補修がどうなったかなんて、一目瞭然だ。

 しかし、喜んでいられるのも束の間。

 なぜなら先生がその姿に青筋を立てているからだ。


「何を喜んでいる?」

「え?」


 ようやく先生の表情の変化に気がついた九十九は姿勢を正す。


「そ、その……ほ、補修を免れたもんで、つい」


 と、正直に話すも、先生の目は釣り上がった。


「お前、学生の本分をなんだと思っている。補修を免れたのならそれでいい? ふざけるな。補修をしないことが当然なんだ。お前達は補修は自分達の休みを減らされると勘違いしているようだが、それは浅はかな考えだ。お前達の時間だけじゃない。教師の時間も潰しているんだ」

「それはもちろん、分かってますが」


 と、反論するも、言い訳じみた言い方は信用性皆無。

 結果、先生の逆鱗をさらに触れることに。


「……九十九。お前、大学で陸上をすると言っていたそうだな」

「ま、まぁ」

「この成績でどうやって大学に行くというんだ」

「そ、それは……大会で成績を残して、推薦をもらおうと」

「たしかに、お前の実力は耳にしている。だが、俺がこの学校にいる限り、推薦が貰えると思うな」

「なっ!? いくらなんでも━━」

「さっさと先に戻れ。次」


 九十九訴えなど聞く耳を持たず、次の生徒を呼ぶ。

 受け取った答案用紙を握りつぶすも、グッと堪えて自席に戻る。


「なんなんだよあいつ!」

「まぁまぁ、先生なりに心配してるんだよ」


 着替えないようにぶつくさ言っている九十九に苦笑いを浮かべる。


「ハッ、どうだか」

「そこの二人、テスト返しだが授業中だ。私語を慎め」


 西尾先生に釘を刺され、二人で口を閉じた。

 全員に答案用紙を返却した西尾先生は、テスト内容の振り返りを始めたのだった。



「はー、ようやく終わったー」


 本日の授業が終わると、九十九が大きく伸びをする。

 後方の俺の席まで侵入してきたので、押し返した。


「嵐、今日時間があるなら一緒に本屋行かない?」


 俺達の席にやってきた漆葉は開口一番に誘ってくる。

 時間もあるし、誘いに乗ろうとした、まさにその時だった。


「嵐、こっちに来い」


 ホームルームを終えたというのに、西尾先生はまだ教壇の上に立ち、さらに俺を指名する。

 嫌な予感がするも、拒否することが出来るわけもなく、おずおずと先生の前に。


「な、なんでしょうか」


 代表して尋ねると、先生は俺を睨む。


「たしか委員会や部活には入っていなかったな」

「え?」

「入っていなかったな?」


 ただならぬ圧を感じ、俺は首を忙しなく縦に振る。


「なら頼みたいことがある」


 西尾先生は教壇を下り、廊下へ出る。

 そして、立ち止まって横目をこちらに向けた。

 ついてこい、という意味らしい。

 漆葉達を一瞥すると、黙祷を捧げていた。

 何が待ち受けているのか分からず、不安を抱きながら、鞄を持って西尾先生の後ろをついていく。

 ……き、気まずい。

 生徒と親しく話すタイプの人ではないことは知ってるけど、連れていく場所も言わずに無言を通されると怖いんですけど。

 意図が読めないまま、背中を追いかけると、突然立ち止まった。

 ぶつかりそうにはなったが、なんとか持ち堪える。


「頼みたいことはアレだ」


 アレ、と言って先生は廊下の窓から見つめる先には花壇があった。

 ただ、好き放題伸びた雑草と、硬そうな土を見る限り、手入れされているとは口が裂けても言えない。


「花壇が何か」

「あれを見て何も思わんのか?」


 睨みつけられ、背筋を伸ばして答える。


「か、花壇に手入れが行き届いていないと思います!」

「……その通りだ。世辞でも手入れが行き届いてるなど言えん」


 ……もしかしてだけど、先生が頼みたいことって。


「頼みたいことはあの花壇の手入れを頼みたいんだ」


 だと思った。


「えーっと、俺の記憶違いでなければ、花壇の手入れって美化委員がする仕事じゃ」

「美化委員は他のことで忙しいようでな。委員会にも部活にも入っていないお前に白羽の矢が立ったというわけだ」


 ものはいいようだけど、要するに暇そうな俺に頼んだってわけだ。


「ですが、俺も家でやることが……」

「お前の家庭事情は充分把握している。何も遅くまでやれとは言わん。お前のペースでいい。花壇を綺麗にしてくれ」


 正直、美化委員ですら俺がなんでそんなことをしないといけないんだとは思った。

 だけど、花壇の荒れ果てた姿を目の前にして、良い気持ちにはなれない。

 自分のことながら、損な性格をしていると呆れてしまった。


「分かりました。花を植えるまですればいいですか?」

「あぁ、充分だ。私は仕事に戻る。道具や土は倉庫、花は花壇のすぐ隣に置いてあるものを全て植えてくれ」


 西尾先生の言う通り、花壇の隣にプラスチックの箱から顔を出す花達の姿があった。


「あとは頼むぞ」


 そう言って西尾先生は俺に任せて去っていった。

 あらためて花壇を確認する。

 雑草も生えてるし、水気のない土は硬そうだ。

 それに一人でやるには中々の面積。

 とりあえず、美月さんに遅れることをメッセージで連絡し、早速作業に取りかかる。

 と言っても、今日は土をほぐすのと雑草を取り除くので終わりそうだ。

 早速と取りかかろう……と、思ったけど、このままだと制服が汚れるな。

 汗が染みた体操服があるけど、制服よりかはマシか。

 誰にも見られないように建物の陰でさっさと体操服に着替える。

 倉庫からスコップとゴミ袋を引っ張り出し、花壇へ戻った。


「よし、やるかー」


 土にスコップ突き刺し、ダメ押したばかりに足をかけて全体重を乗せる。

 深々と刺さったスコップに力を加え、雑草ごと土をひっくり返す。

 乾いた表面が崩れ、湿り気のある土が表に出る。

 雑草から伸びる太い主根から土を払い、花壇の外へ投げた。

 この動作を何十回も繰り返すことになるんだろうけど、たった一回でも結構腕にくる。

 気を引き締めて、再びスコップを突き刺し、何度も何度も土をひっくり返していると、気がつけば辺りは少し薄暗い。

 しかもこの時期は日の入りが遅いため、実際に時間を確認すると十九時手前。

 思っていたよりも集中していたことに驚き、遅い時間までやっていたことに焦りを覚え、慌てて片付けを始める。

 幸いにも土ほぐしと雑草を取り除くことは終わっていた。

 道具を片付けて急いで自宅へ向かった。

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