第30話 風無さん、落ち着いて9

「なるほどなー。以前プレゼント買う手助けしたおっさんの娘が、橘だったわけか。でも、プレゼントは受け取ってもらえず、罵倒されたと。ひでぇ話だ」

「なんとかできないかな? 仲直りとはいかなくても、松園さんのプレゼントを受け取ってもらえれば」

「やめとけやめとけ。赤の他人が人様の家族に口出しするな」


 風無さんと同じことを言われるが、どうしても放っておけない。


「はぁ……どうせお前のことだ。俺が忠告したところで首突っ込むんだろがな。先に橘と話をしたほうがいいんじゃないか?」

「そ、そうだな。まずは橘さんに話を聞かないと! さっそく本人に直接━━」

「ちょっと待て! 女子とまともに話せないお前がちゃんと話せるのか!?」

「甘く見ないでくれ。風無さんでそれなりに話せるようになったんだ」


 まだ風無さん相手でも少し緊張するけど。


「正直あいつを一般的な女子として含んでいいのか疑問の余地があるが、そこは置いておく。だが内容が内容なだけに人前で聞くなよ。人によっては秘密にしてる場合があるからな。さりげなく屋上に誘うんだ。いいな?」


 九十九からのありがたい助言をもらい、さっそく今日にでも橘さんに事情を尋ねようと思ったけど、冷静に考えると、橘さんの様子からして俺が話しかけた時点で逃げられるのは明白。

 話を聞いてもらえないのでは、さりげなくどころか、誘うこともできない。

 どうしたものかと、悩みながらマラソンを終え、次の授業へ突入。

 悩んで悩んで悩み続けていると、ふと名案を思いつく。

 それは手紙での呼び出し。

 それならば逃げられることなく、屋上に誘うことができるはず。

 ノートを破り、放課後に屋上へ来るようにと簡単に書いたが、どうも納得いかない。

 きっとこのまま送れば、屋上には来てくれないだろう。

 だけど、万が一手紙が他の人に見られて、その結果、橘さんの家庭事情が広まってしまうかもしれない。

 他人には言いづらいことをこんな形で知られてしまうのはよくない。

 ここは短くまとめよう。


『橘梨花さんへ 大事な話しがあるので、放課後屋上に来てください』


 俺の名前を書いておいた方がいいかな?

 ……いや、やめておこう。

 俺の名前を聞いただけで逃げる人もいるほど、誤解が蔓延している。

 ここは差出人は書かない方がいい。

 あ、今更だけど、ノートの紙じゃ間違って読まずにゴミ箱に捨てられるかも。

 帰りにちゃんとした紙を買って清書しよ。

 あれやこれやと考えてるうちに、いつのまにか授業は全て終わり、あとは帰宅するだけとなっていた。


(帰りに本屋寄らないと)

「嵐君」


 教室を出た瞬間、背後から風無さんに呼び止められる。


「一緒に帰りましょう」

「う、うん。でも、帰りに本屋に寄っていいかな?」

「構いません」


 若干不機嫌そうなオーラを放つ風無さんと共に行き慣れた本屋へ。

 道中、なんの会話もなくて心臓に悪かった。


「いらっしゃいませー……って、風無ちゃんと嵐君じゃない」


 いつものように気さくに出迎えてくれる店長。


「今日はどんなご用事?」

「ちょっとノート類を買いに」

「私は嵐君についてきただけです」

「そうなんだ。あ、風無ちゃん。昨日風無ちゃんが好きそうな小説がいくつか入荷したんだけど、よかったらどう?」

「是非」


 店長に誘われ、風無さんは店長と一緒に小説のコーナーに。

 今のうちに手紙一式購入しておこう。

 風無さんに見られたら、質問されるだろうし、そんでもって答えたらまた怖そうだし。


「えーっと、ここら辺かな」


 ノートが置かれている棚の横に数種類の便箋が置かれている。

 大事な話もあるし、可愛らしいものではなく、無地の便箋を手にとる。

 封筒は……茶封筒でいいよな。

 ついでに消しゴムやシャーペンの芯も買い足しとかないと。


「ちょっとちょっと嵐君!」


 風無さんと一緒のはずの店長が、慌てた様子で小声で俺に話しかける。


「どうしたんですか?」


 一体なぜそんなに動揺しているのかわからず尋ねた。


「風無ちゃんと何かあった?」

「風無さん? なんでですか?」

「風無ちゃんの好きそうなやつ勧めたら、怖い顔したからさ」


 まさか昼休みのことと関係があるのだろうか。

 いやでも、ここに来るまでは不機嫌そうか感じはしたけど、店長と話している姿を見た限りでは普通に話してたし。

 小説を勧めたら怖い顔をされたって……やっぱり昼休みとは無関係か。


「すいません。心当たりがないです」

「そっかー」

「ちなみにどんな本を勧めたんですか?」

「主人公の男の子を真面目な女子とギャルっぽい女子が取り合う話で、実は二人共男の子と昔会ったことがあるんだけど、なぜか主人公は真面目な子のことを一切覚えてなくて、ギャルの子のことは覚えてる設定の小説」


 すいません。心当たりがありました

 なんて悪い方にドンピシャな小説なんだ。


「まぁ、今日はたまたまご機嫌ナナメな日だったのかもね。ごめんね、買い物中に話しかけて」


 店長は仕事に戻っていく。

 この後も風無さんと一緒に帰るんだけど、先に帰ろうかな。

 今の風無さんに何を言われるかわからない。

 さっさと会計を済ませようとレジに並ぶ。

 すぐに自分の番が回ってくる。

 商品を受け取り、さようなら……といきたかったが、


「嵐君、もう買い物は済んだのですか?」


 風無さんに見つかってしまった。


「う、うん。ちょっとこの後急ぐ予定があって」

「なら私もすぐに済ませてきます」

「俺に合わせなくてもいいよ! 風無さんはゆっくり選んで。俺は先に帰ってるから」


 と、さりげなく本屋に待機させようとしたら、風無さんの目の色が変わった。


「……いえ、私も帰ります」

「焦って買わなくても」

「いえ、すぐに買ってきます。嵐君とお話ししたいことがありますので」


 あ、これはまずい。

 俺を完全にロックオンして、逃すつもりがない。

 入店前よりも俺に対する圧が強くなってるし、現状の風無さんとのお話しは絶対に避けたい。


「ご……」

「ご?」

「ごめんね風無さん!」


 俺は本屋を出て、全速力で帰宅した。

 肺辺りの痛みと口の中で鉄の味を感じながら、自宅に飛び込むと、玄関の扉の鍵をすぐさまかける。

 そこでようやく冷静になった俺は自分がしでかしたことに頭を抱えた。


(やってしまったー! 明日どんな顔で風無さんと会えばいいんだ。いや、その前に電話やらメールやらの嵐だろうな)


 色々な不安を募らせながらも、手紙を書くやるべきことはやる。

 明日、人がいない時にこの手紙を橘さんの下駄箱に入れれば完了。

 そうすれば、少しだけでも松園さんと橘さんのことがわかるはずだ。

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