第28話 風無さん、落ち着いて7
「嵐君、どうかしました?」
空いた皿を下げようとした時、風無さんが尋ねてきた。
「ううん、なんでも」
「嘘です」
あっさり見破られてしまった。
しかし、すべてを話すわけにもいかないので、例え話で相談に乗ってもらうことに。
「例えば、風無さんが誰かにプレゼントを送ったとして、その相手に『いらない』って言われたら、どう思う?」
「そうですね……もし仮にそう言われても、それは私がその人のことをちゃんと知っていなかった結果ですから、次回は気をつけようと思いますね。ですが、嵐君に言われたら、少し……いえ、とても悲しいです」
風無さんの言葉にドキッとするけど、話がおかしな方向にいってしまいそうになるので、頭の中から振り払い、さらに例え話を続ける。
「じゃあ、そんな心情の人が目の前にいたら、どうやって励ませばいいのかな?」
しばらく考える仕草を見せる風無さんを俺はジッと待った。
「残念ですが、私にはなんとも言えません」
「そ、そうだよね。何を言えばわからないよね」
「いえ、そういうことではなく、何を言っても意味がないという意味です」
「どういうこと?」
風無さんは一度コーヒーを啜る。
「その人の気持ちはすべて理解することは不可能です。だから、いくら同情しても、何百何千の励ましの言葉を送っても、きっとその人を傷つけてしまうと思いますから」
「そう……だね」
「ですから、あの男性に言葉をかけられなかったことを後悔する必要はありませんよ」
「え、なんで」
「嵐君は隠すのが下手ですから。男性と話してすぐに神妙な面持ちになっていましたから、すぐに分かりました」
風無さんにはバレバレのようで、隠す必要なんてなかった。
「嵐君が話していた男性、私の記憶違いでなければ、以前ショッピングモールで会った男性ですよね」
「うん、そう。なんだか娘さんとうまくいってないみたいで」
「あまり深く首を突っ込まない方がよろしいかと」
「やっぱり、そうだよね」
言葉では風無さんの意見を肯定するけど、心に引っ掛かりを覚える。
「ご馳走様でした」
「もういいの? おかわりは無料って天草さんは言ってたし、もう少し飲んでいったら?」
「いえ、まあ十分です。それとも、嵐君は私にまだここにいてほしいのですか?」
「いやっ! そういうわけでは!」
「そこまで否定されると少し傷つきます」
「あ、いやその! 別に風無さんに来てほしくないとかではなくて」
「わかっていますよ。冗談ですから」
相変わらず眉一つ動かさないから、冗談かそうでないかの判断がつかない。
「嵐君、お会計をお願いします」
「う、うん」
レジに入り、会計を済ませてレシートを渡す。
「また来てね」
「はい、近いうちにまた」
これでさようなら……のはずなのに、風無さんは俺をジーっと見つめたまま動かない。
「どうしたの?」
「いえ……その」
何か言いたそうだけど、黙ったまま視線を何度もはずしている。
少しすると小さく手招きをするので、カウンター越しから顔を前に突き出す。
すると、風無さんは口元に手を添えて囁く。
「制服、とても似合ってますよ……素敵です」
踵を返し、足早に退転した風無さん。
呆気に取られた俺はしばらくして我に返ると、言われた内容が頭の中で反響し、顔が熱を帯びる。
この日、特に凡ミスが多くなったのは、きっとこのせいなのだろう。
月曜日。
いつものように風無さんに身だしなみ指導を受け、昇降口で靴を履き替える。
休日は時折松園さんのことが頭によぎり、テスト週間前最後の充実した休日とはいかなかった。
(風無さんの言う通り、首を突っ込まない方がいいのかな? でも、ほっとけないしな。でもでも、赤の他人の俺が何かできるわけでもないし。直接娘さんに話を聞くか? いや、そもそも娘さんの名前を知ってるだけで、小さい頃の姿しか知らない。たしか、俺と年が近いはずだから、見た目も大分変わってるだろうし)
ため息を一つ吐いて教室に向かおうと体の向きを変えた時、視界の端にピンク色の何かがはいる。
最初はお菓子のゴミか何かと思ったけど、どうやら何かのストラップのようだった。
もしかしたら誰かが探しているのかもしれないと、善意で拾い上げ、名前がないかとストラップをよく観察した俺は目を疑った。
「こ、これって」
俺が偶然見つけたストラップは、所々黒ずみができ、修繕した後があるが、間違いなく松園さんの娘さんが持っていたストラップと瓜二つ。
「嵐君」
「うへぇっ!?」
校門での風紀委員の活動を終えた風無さんに声をかけられ、変な声をあげた俺は咄嗟にストラップをポケットにしまう。
「立ち止まっていましたが、どうかしましたか?」
「いや、なんでも、べつに! ははっ! じゃ、俺はこれで」
逃げるようにその場を後にし、足早に教室に入った。
そして、そのまま席に直行。
(なんでここにこのストラップが? もしかして松園さんの娘さんはこの学校に在籍してるのか? いや、さすがにこれは早計だ。もしかしたら似たものかもしれない。とにかく休み時間に調べて、いつ発売されたものか調べて、それで……)
「おい、嵐」
「へっ?」
ドスの聞いた声で名前を呼ばれ、座ったまま見上げてみると、青筋を立てた九十九が腕を組んで睨んでいた。
「ど、どうしたんだ、九十九?」
尋ねるてみるが、九十九は答えず俺の胸ぐらを掴んだ。
「な、なに!?」
「お前、二度と風無に不必要な隠し事すんな」
なぜここで風無さんの名前が上がったのかがまったく分からず、目を白黒させていると九十九は続ける。
「お前がバイト先教えなかったせいでな。金曜日、風無が聞きに来たんだよ」
「そ、それはおかしい! だって、風無さんにバイト先聞かれたの帰りだよ? どうやって風無さんが九十九に━━」
言い終える前に、金曜日のことを思い出した。
風無さんは帰り道と反対方向に向かって歩いていった。
つまり、学校に向かって歩いていった。
時間を気にしていたが、あれは九十九の部活が終わる前に学校に着く必要があったから。
「部活中に、風無の姿があったから嫌な予感はしたさ。でも、たまたまだろうと思って、休憩中に水飲みに行った時だ。水を飲んで帰ろうとしたらあいつがいたんだよ! そんで『嵐君のアルバイト先を教えてください』って開口一番に聞いてきやがった」
「わざわざ答えなくても。知らないって言えば済んだでしょ」
「言えば、済んだ?」
あ、まずい。これは地雷踏んだ。
「言った決まってんだろうが! でもあいつは俺に詰め寄ってきてな! 『悪用するつもりはありませんから、教えてください。お願いします。嵐君のことが知りたいんです。友人として。だから教えてください』って無表情で聞いてきたんだぞ!?」
俺の想像を遥かに超える恐怖だっただろうな。
「わ、わかった。今度からなるべく秘密にしないから」
「絶対だぞ! やんなよ! 二度とやんなよ! フリじゃねぇからな!」
九十九が言い終えると同時に鐘が鳴り、朝のホームルームの時間。
そしてすぐに一時限目の授業が始まった。
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