第27話 風無さん、落ち着いて6
鈴本さんが退店してから、他の常連のお客さんがチラホラとやってきたけど、まだ店内は少しだけ寂しい。
「嵐君、サンドイッチお願い」
「了解です。あと、ナポリタンも出来ました」
ナポリタンをちょうど作り終えたところで、天草さんから注文を受け取り、すぐに取りかかる。
「相変わらず早いね。私が作るよりも早いのに、美味しいと評判だなんて」
「まだ今朝のこと引きずってるんですか」
俺は苦笑いを浮かべた。
「嫌味や妬みとかではなく、ただ褒めているだけだよ。あ、それ作り終わったらカウンターの端にいるお客さんに渡してね」
「あれ? 常連の人じゃないんですか?」
天草さんは常連のお客さんのことはちゃんと名前で呼んでいる。
それがないということは、店に来る頻度が極端に少ない人か、新規のお客さんのどちらかだ。
「初めてここに来たみたい。目の覚めるよう綺麗な子だったよ。まだ若いのにあれなら、さらに年齢を重ねれば美しくなるよ。期待して持っていくといい」
「ははっ、ハードル上げますね。でも、仮にそうだとしても、俺を見たら逃げていくと思いますよ」
「むー、それはたしかに」
否定してくれなくて、少し傷つく。
「まぁ、その時はその時。じゃあ、頼んだよ」
天草さんはナポリタンを持ってキッチンを出る。
俺もすぐにサンドイッチを作り終え、言われた場所にサンドイッチを持っていく。
「お待たせしました。ユヌブリーズの特製サンドイッチをお持ちしまし━━」
目の前の女性に俺は思わず言葉を飲み込んだ。
天草さんがあれだけハードルを上げるのも無理はない。
そう言えるほどに顔立ちが整っている。
しかし、俺が驚いたのはあまりにも綺麗だったとかではない。
いや、たしかにとても綺麗なんだけど、そうじゃなくて。
「あら嵐君。奇遇ね。ここで働いていたなんて」
そこに座っていたのが、俺がよく知っている風無さんだったからだ。
「なんで風無さんがここにいるの!?」
「なんで、と言われましても、たまたま通りがかったらコーヒーのいい香りがして、思わず入店してしまったんです」
「本当に?」
「ええ」
んー、似たように入店したから嘘だと断言できない。
それに、俺がここでアルバイトしていることは九十九と漆葉ぐらいしか知らない。
美月さんも当然俺がアルバイトをしていることは知っているけど、喫茶店ということしか言っていない。
隠しているわけではなく、美月さんから『どこの店なの?』と聞かれたことがないからだ。
あの人は基本的に放任主義だからなぁ。
じゃあやっぱり、たまたまこの店に入ったら俺がいたってことになるんだけど、なぜか納得がいかない。
「嵐君、その子と知り合いなのかい?」
コーヒーを持った天草さんがこちらにやってくると、俺と風無さんを交互に見る。
「ええ、まぁ」
「ほぼ『毎日』お昼ご飯を一緒に食べて、一緒に下校して、たまに休日にショッピングモールを『二人だけ』で行くただの『友人』です」
ちょっとー!! その言い方と強調の仕方は『友人』以上の関係だと誤解されるやつ!!
「嵐君……」
「天草さん、勘違いしないでください。風無さんとは━━」
誤解を解こうとしたところで、天草さんは眼鏡を外し、目頭を押さえる。
「ちゃんと友人がいたんだね。よかった……本当によかった」
俺達のやり取りを聞いていた常連のお客さん達は、ハンカチで目元を押さえたり、優しい眼差しで無言で頷いていた。
誤解はされてないようだけど、みんな俺のことボッチだと思ってたんだと思うと、みんなとは別の意味で目頭が熱くなる。
「風無さん、だったね。今日は存分に嵐君の働きっぷりを見学していくといい。それと、これは注文のブラック」
そっとコーヒーを風無さんの前に。
「嵐君の大切な友人だ。今日は何杯でもコーヒーを頼んで構わない。全部私のおごりだ」
天草さんはそう言い残して、仕事に戻っていった。
「いい人達ですね」
「うん、とてもいい人達だよ」
俺に友人がいるだけで、泣いて喜んで、しかもコーヒーを何杯でも奢るんだから、俺の交友関係を相当心配してたんだろうな。
「……このコーヒー、とても美味しい。今まで飲んだ中で一番です」
コーヒーに口をつけた風無さんは次にサンドイッチにも手を伸ばす。
「このサンドイッチも。嵐君が作ったんですか?」
「そうだよ」
「通りで」
そのまま食事を続ける風無さん。
この様子だと、俺に迷惑をかけるつもりはないようだ。
「じゃ、仕事に戻るから、また用があったら声かけて」
「わかりました」
風無さんから離れた俺は、いつものように仕事をこなす。
時折常連のお客さんから注文を取りに行くと、「友達がいてよかった」と涙ぐまれたり、風無さんとの関係を茶化されたりなどされたが、愛想笑いでなんとかかわした。
今も女性のお客さんに風無さんとの関係を根掘り葉掘り聞かれ、それとなくかわしている。
「どうなのよ。友人とか言って、本当は彼女じゃないの?」
「さぁ、どうですかね」
俺の返答にお客さんがつまらなさそうにしていると、新しいお客さんが入店したことをベルが知らせる。
「いらっしゃいませ!」
すぐに対応に向かう。
入店したのは白いシャツに黒ずみだらけのズボンを履いた工事現場か、建築現場にいそうな格好の男性。
お世辞にも小綺麗とは言えない。
そんな男性を俺は知っている。
「松園、さん?」
「あ? あ、お前、陽太か!?」
「お久しぶりです。まさかここで会うとは思ってもいなかったですよ。席に案内しますね」
松園さんをカウンターに案内をし、メニューを渡す。
松園さんはすぐにアイスコーヒーを指差したので、それを天草さんに伝える。
少ししてから天草さんはアイスコーヒーを作り終え、俺はそれを松園さんの前へ置いた。
「一度も顔を合わせたことがありませんでしたけど、よくここに来るんですか?」
「いや、今日が初めてだ。考えごとしてたら匂いにつられてな」
アイスコーヒーに口をつけ、一息つく。
その横はどこか哀愁を漂わせていた。
何を考えていたのかは聞かないでおいた方が良さそうだ。
何か別の話題を。
「そうだったんですか。あっ! そういえば、娘 さんに買ったプレゼントはどうでしたか? 喜んでくれましたか?」
俺がそう言った途端に、さらに悲しそうな顔をする松園さん。
「あぁ、あれ、な……受け取ってもらえなかった。考えごとってのも、その娘のことでな」
なんで俺は地雷を踏み抜いてしまったんだろう。
「誕生日に直接渡しに行ったら会うなり、罵倒の嵐。プレゼントを渡そうならば、『いらない』『今更父親づらしないで』と拒否されるわ。まぁ、今まで父親らしいことしてなかった奴に、急にプレゼントともらっても戸惑うだけだよな。俺だって急にそんなことされたら……いや、いい酒だったらもらうな。ははっ!」
「……なんで、赤の他人の俺に、そこまで話してくれるんですか?」
「なんでって……そりゃお前、プレゼント探しを手伝ってもらったんだ。知る権利はあるだろ」
と、松園さんは言うけれど、きっと違う。
笑い話のように話しているけれど、本当はとても辛いんだ。
だから、誰かに話して、辛いことを笑い話にしようとしてるんだ。
「あの、松園さん━━」
話しかけると同時に、新しいお客さんが来店したことをベルが告げる。
無視するわけにもいかず、そのお客を対応することに。
それが終わったら、松園さんのところへ戻ろうかと思ったけれど、注文と来店の連続で戻ることが出来ず、一時間近く、キッチンにこもることになってしまった。
ようやく注文の波が終わり、顔を出しに行った時には、すでに松園さんの姿はどこにもいなかった。
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