第23話 風無さん、落ち着いて2
最後の授業の終わりを告げる鐘が鳴り響く。
ホームルームも手短に済むと、明日の土日を待ちに待ったクラスメイト達は、喜びながらもどこか憂いを帯びていた。
まぁ、時期だしね。しょうがないよ。
「あー、来週なんてこなければいいのに」
目の前の席で項垂れる九十九の後ろ姿は誰よりも憂いを帯びていた。
「そこまで落ち込むなよ」
「だってよ。再来週からテストが始まるんだぞ? つまり来週からテスト準備期間。部活もないし、今回は期末試験。場合によっては補習だぞ!」
「前回のテストが相当悪かったんだな」
俺達の通う紅葉高校は年間を通して中間試験が二回と期末試験が三回あり、今回行われるのは期末試験。
この期末試験で赤点を一つでも取れば補習が確定━━と、いうわけではない。
紅葉高校では三月の期末試験を除き、期末試験の結果と中間試験結果で補習の有無が決まる。
補習回避のボーダーラインは全教科平均三十点。
つまり、中間と期末合わせて六十点以上取ることが条件だ。
これを容易いと思うか、困難と思うかはその人の学力次第だけど、間違いなく九十九は後者だ。
「くっそー、なんで前回の英語が十五点なんだよ」
「おいおい、次のテストその三倍とらないと」
「な、なんとかなる! 大丈夫! 他の教科は十点、二十点。中には一桁でも赤点回避できる教科もある。英語だけ勉強すればなんとか」
学業が本分の学生がそれでいいのか。
「少しでもいいから勉強しろよ。漆葉も九十九みたいになるなよ……あれ? 漆葉は?」
いつもなら話に混じっているはずの漆葉が今日はいない。
「あいつなら恒例のあれだよ」
「あー、アレか」
アレとは、漆葉がテスト準備期間前の土日に毎回行うある行動のことを指している。
その行動というのが、就寝時間以外を全てアニメやゲーム、ラノベに費やすことだ。
そしてテスト準備期間とテスト期間中は一切のオタク趣味を禁止するのだ。
その行動はまるで冬眠前に食い溜めする熊のよう。
テストとはいえ、ここまでの徹底ぶりに一度だけ尋ねたことがある。
漆葉曰く、
「少しでも自分を許してしまったら、あとはハマっていく一方。テストなんてどうでもよくなっちゃうんだ」
とのこと。
初めは笑い話として聞いていたけど、あれほど目が笑っていない漆葉を俺は今日まで見たことがない。
「俺も、悔いのないように部活に励むか」
「大袈裟な。テストが終わればまたできるじゃんか。というか、お前、朝練はちょくちょくサボってるよな」
「寝たいときに寝る。それが俺の流儀」
「ただ朝に弱いだけじゃん」
「そういう解釈もとれるな。よっと」
鞄を肩にかけ、勢いよく立ち上がった九十九は廊下へ。
「じゃ、俺行くわ」
「うん、また来週」
九十九の姿が見えなくなったところで、俺も帰る準備を始める。
「嵐君」
「のわあっと!?」
立ち上がったと同時にすぐ近くの窓が開かれ、風無さんがこんにちわ。
不意だったために素っ頓狂な声が上がってしまって恥ずかしい。
「そこまで驚かなくても」
「か、風無さん。普通に扉から来てよ」
多分まだ今朝のことで気分が高揚してるんだろうな。
自分からお昼を誘ったせいで、昼休み中肩と肩がくっつくほどひっついてきたし、何度食べさせあいっこをさせられたか。
しかも全部お馴染みの定型文「友達なんですから」を使われ、いつも以上に押し切られた。
これからは自分から誘うのはやめよう。
健全な男子高校生として色々とくるものがある。
「それで、どうしたの?」
「どうしたのではありません。今日は委員会がないので一緒に帰る約束を昼休みにしたじゃないですか」
「そ、そうだっけ」
今日は風無さんの感触やら匂いやらで思考が上手く働いていなかったから、自分がどんな受け答えをしたかをはっきりと覚えてないです。
「はぁ……やはり嵐君は記憶力がないようですね」
なぜか心底呆れられた。
「とにかく、約束したんですから帰ってもらいます。さ、行きましょう」
風無さんに手を引かれ、教室を後にする俺達。
「か、帰るから! その、手を離して」
と、お願いしてみるも、風無さんは振り向きもせず、一層握る力を強めた。
結局校門まで手を握られたから、当然多くの生徒達に目撃されるわけで。
周りの誤解がどんどん加速していくのは目に見えていた。
「お願いします風無さん。手を離してくれませんか」
懇願しても離してくれない。
「……せっかく今日は時間があるから、風無さんと寄り道でもしようかと思ってたのに」
「おっと、うっかりここまで手を握ってしまい失礼しました。それと話は変わりますが、どうやら最近タピオカミルクを扱うお店が開店したそうなので、そこへ行きましょう」
予想を超える食いつきに若干引き気味になるけど、とにかく手を離してくれたのだからここは風無さんの要求を呑もう。
うん、これは仕方ないことだよね。一応時間はあるし、口に出しちゃったし、俺の要望を聞いてくれたんだし。
決してタピオカミルクに興味があったけど、男一人で頼みにくくて、泣く泣く諦めてたから実は誘われて喜んでるとかそういうのじゃないから、うん。
「ならそこに行こっか。でも意外だね。風無さんもそういうのに興味あるんだ」
「何度もニュースやSNSで目にするので……あの、嵐君。楽しみにしてくれるのはありがたいのですが、もう少しゆっくり歩いてください」
「あ、ごめん」
いつの間にか早歩きになっていた事に気が付き、平謝りする。
気を取り直し、歩調に気を使いながら店に向かった。
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