風無さん、落ち着いて

第22話 風無さん、落ち着いて1

 ほんのりと赤く染まる図書室。

 テストが近づくと決まって俺は学校の図書室を利用していた。

 なぜなら、利用する人が少ないからだ。

 そして念には念を込めて、目立たない端っこの席で勉強をする。

 いつもならこれだけで集中できるんだけど、最近俺の集中をかき乱す人がいる。

 と、噂をすればなんとやら。

 さっそく俺の隣を陣取ると、ノートを開いて勉強を始める女子生徒。

 黒髪で黒縁メガネをかけた美人な顔立ち、しかも真面目に服を着せたような彼女の姿は、茜色の図書室と調和していた。

 まるで一枚の絵画のような彼女に思わず見惚れるが、すぐに我に帰って声をかける。


「あの、風無さん」


 しかし返事がない。

 聞こえなかった、というわけでもなさそう。

 声をかけた瞬間に横目で俺を視認してから、再びノートに視線を落としたからだ。

 このごろの風無さんはいつもこんな感じで、とても居心地が悪い。


「風無さん、あの」


 やはり無視して手を動かし続けている。

 なんでこんなことになったのか。

 正直に答えると、原因はわかっている。

 そう、あれは数日前のことだ。



「嵐君、止まりなさい」

「な、何かな?」


 校門前で身だしなみチェックをする風紀員の中に風無さんの姿を見た俺は、死角に入るようにそろりと校門を通ったはずなのに、いつの間にか背後をとっていた風無さんに止められた。


「何度も注意しているのに、あなたはまたそんなだらしのない恰好を。紅葉高校の生徒としてちゃんとしてください」


 といわれている俺の格好だけど、ネクタイもキッチリとしめ、シャツも入れ、家を出る前に寝癖も直して目ヤニもとった。

 これ以上ない清潔な格好。

 それに校則違反の対象となる格好を間違いなくしていない。

 だって、登校する前に生徒手帳で服装に関係する箇所は穴が開くほど確認したんだから。


「さ、こちらに来てください」


 やっぱり今回も捕まるのか。

 何度も呼び止められては、こうして指導として俺の服装を直されているが、今日の俺は素直に従うつもりはない。


「ちょっと待ってよ! それなら九十九も漆葉も一緒に指導するんだよね?」


 たまたま学校の前であった漆葉と朝練をサボった九十九を指差す。


「おいおい、俺達まで巻き込むなよ」

「そうだそうだ」


 巻き込まれた二人が不満を言うが知ったこっちゃない。

 今日こそはこの指導を潜り抜ける!


「見てよ! 漆葉は校則違反ではないけど、九十九はシャツ出ししてるよ!」


 と俺が指摘。

 風無さんは眉をひそめた。


「たしかに、そうですが」


 風無さんも俺の言い分に反論できないようだ。このまま押せば指導は免れる。

 たとえ免れなかったとしても、九十九と漆葉を一緒に指導することになるはず。

 そうすれば俺だけ恥ずかしい思いをしなくて済む。


「──で、そんで」

「うんうん。了解」

「二人共何してるの?」

「いいからいいから。お前は風無を説得してろ」


 背後で何か話をしていたので俺が尋ねると、のけ者ような扱いを受けた。

 気を取り直して風無さんの説得を続ける。


「もし俺の服装に問題があるならキッチリと受けるよ。でもそうなると、九十九達も一緒に指導しないと」

「そう、ですね」


 残念そうな顔をされ、少し心が痛むけどここは心を鬼にして。


「おい風無。これなら文句ないよな」


 シャツを出していたはずの九十九がきっちりとシャツを入れ、校則通りの身だしなみになった姿を風無さんに見せつける。


「ええ、問題ありません」

「僕はどう?」


 と言って漆葉はその場でぐるっと回ってみせた。


「模範的な服装です」


 チェックに合格した二人。

 ということはこの二人と変わらない、いや、それ以上にキッチリとしている俺も当然指導対象外になるはず。


「あ、なら俺も問題ない──」


 勝ちを確信した俺の背中に突如心地よい風が入り込んだ。


「じゃ、先行ってるぞ」

「遅れちゃだめだよ嵐」


 二人がそそくさと昇降口に向かう姿を眺めながら、俺は手を背中に回す。


「ちょ、九十九? 漆葉?」


 二人を追いかけようとした俺の肩に手が置かれる。


「シャツが出ています。明らかに校則違反です。指導しますのでこちらへ」

「つくもぉ! うるしばぁ! 裏切ったなああぁぁぁぁ!」


 二人の背中に恨みを込めた言葉を投げかけながら、風無さんに連行された。


「まったく、嵐君は何度注意しても直しませんね」


 犯行現場を目撃したはずなのに、風無さんの小言を聞かされるハメに。


「今日に関しては九十九と漆葉のせいだよ。ほら、これでいい?」


 シャツを入れて風無さんにチェックしてもらう。


「ええ、問題ありません」

「じゃあ、俺はもう行くね」


 と、回れ右をして去ろうとしたけど、袖を掴まれてしまった。


「待ってください。もしかしたら私が見落としてるかもしれないので、もう少しだけチェックをさせてください。私がチェックしておきながら他の方に指導されるのは私のプライドが許さないので」


 正直風無さんが気がつかない時点で、他の人も絶対気がつかないと思う。

 そもそも、このチェック風紀委員の仕事関係ないのは分かってるから。


「あの、風無さん。俺との会話が楽しみなのは嬉しいんだけど、業務に私情を挟むのはどうかと」

「……何のことでしょうか」


 表情は読み取れないけど、俺と目線を合わせてくれないところを見ると、どうやら正解のようだ。


「しらを切ろうとしてもダメだよ」

「……仕方ないんです。嵐君と最後にお話をしてから随分時間が経ってしまいました。私はもっと嵐君と一緒にいたいのに」

「風無さん……俺と最後に話したの昨日の帰りだよね?」

「そうですね」


 あの一件から一ヵ月ほど経ったけど、風無さんとほぼ毎日といっていいほど、一緒にお昼を食べて、下校をしている。

 なのに風無さんはそれで満足してくれず、毎回風紀委員の身だしなみチェックのたびに重箱の隅をつつかれる始末。


「風無さん、さすがに俺も何度も何度も指導されたくないよ。最近こんな噂が流れてるの知ってる? 風無さんは脅されて俺の女になってるって」

「そんな……まだ付き合ってもいないのに公認のカップルだなんて」


 言ってない言ってない。そんなこと言ってないから恥ずかしそうに両手で頬に添えないで。

 あーもう、見た目と仕草のギャップが可愛いなこの人。


「ですが、誤解は誤解。正す必要がありますね」

 

 やっぱり根は真面目だからちゃんと間違ったことは直そうとしてくれるようだ。


「というわけで、付き合いましょうか嵐君」

「そっちを正しちゃうのかー」


 お約束のオチがついたところで、学校の鐘が鳴った。

 やっと解放されるけど、終始無表情の風無さんに少しだけ仕返しをしないと気が済まない。


「あっ! もう行かないと。じゃ、また昼休みに」

「えっ……あっ、はい! 待ってます!」


 普段は自分から誘うことはしなかったけど、今日は自分からお昼を誘ってみた。

 予想通り風無さんは動揺した顔をしてくれたので、満足した俺は軽い足取りで教室へ向かう。

 ただこの後、自分の席についた俺はこのことを振り返ると、自分が恥ずかしくなり、机に突っ伏して悶えるのだった。

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