第18話 嵐君、お付き合いしてください18

 本屋に着き、早速お目当ての本を探すのだけど……


「風無さん。別に俺の近くにいなくてもいいんだよ?」

「迷惑でしたか?」

「そうじゃないんだけど」

「ではなぜそのようなことを━━そういうことですか」


 なぜか納得した風無さんは深々と俺にお辞儀をする。

 疑問符が浮かんでいる俺に謝罪を始めた。


「ごめんなさい。そうですよね。男子高校生が本屋といえば一つしかありませんですものね」

「待って風無さん。何を想像してるの?」

「今晩のオカズを買いに来たんですよね?」

「買えないし買わないし買えたとしても女子の前で買わないよ!」

「買わなくてもチラッと表紙や背表紙を見れますよね。いえ、私のことは気にしないでください。ただ嵐君の趣味を知りたいだけですから」


 同級生の女子に性癖を知られるって、どんな罰ゲームだよ!


「それを知って風無さんはなにがしたいの!?」

「頑張ります」

「何を!?」


 大声でやり取りをしてしまったものだから、周りにいたお客さんの注目を集めてしまった。

 周りからは「さっきオカズがどうとか」「エロ本みたいなプレイを強要させてるの?」「あんな綺麗な子があんな柄の悪そうな子に……」などの会話が聞こえ、緊縛、幼児、SM、NTRと、多種のプレイ内容がなぜか飛び交ってる。

 俺プレイ内容なんて何も言ってないのに。


「周りが騒がしいですね。なぜでしょうか」


 風無さんのせいだよ。


「あの、言っとくけど、今日は小説を買いに来たの。あとついでに漫画も」

「なるほど。官能小説ですか」

「違う!」


 ほらそんなこと言い始めるから「団地妻を狙ってる!?」「人妻が好きなのか!」とか、変な勘違いが加速してる。

 ここで風無さんとやり取りをしててもこの加速は止めることはできない。

 一旦、店の隅っこに逃げる。


「どうしたんですか。こんな角まで連れて」

「どうしたもこうしたも、風無さん、さっきのはなんなの?」

「親友というのは平然と猥談もできるものだと聞いたもので、私も挑戦しました」

「それは同性だった場合ね! 異性だとただの羞恥プレイだよ!」

「プレイ? あ、猥談の続きがしたいんですね」

「ちっがーう!」


 風無さんのこのズレた友人関係の基準は一体何が原因なんだ。


「はぁ、とにかく俺は別にその、いかがわしい本を買いに来たわけじゃないから」

「それは失礼しました。どうぞ本を選んでください。先ほどチラッと気になる本がありましたので」

「あ、そうなんだ。小説?」

「いえ、少女漫画です。是非私の新たな愛読書にしようかと」


 妙な友人関係のズレは少女漫画それのせいか!

 道理で偏見があるわけだよ。


「では、失礼します」


 スタスタと足早に漫画のコーナーへ。

 意外と風無さんもそういうものを読むんだと少しだけ親近感を抱き、俺は小説と漫画を手に持ってレジの最後尾に並ぶ。

 一足先に会計を済ませていた風無さんには先に外で待っているように伝えた。

 それにしても袋一杯に漫画が入っていたけど、風無さんって思っている以上に少女漫画大好きなんだね。


「次の方どうぞ、って、嵐君じゃない。いつもご利用ありがとうね」


 この店の女店長は二カッと笑って俺を心から出迎えてくれる。

 この人は数少ない、俺に動じない人物だ。

 こっちに引っ越してすぐにこの店を利用したけど、当初従業員全員が俺を怖がってしまい、何度も店長を呼ぶものだから俺専属のレジ打ちのような立場になっていた。

 店長も最初は警戒していたようだが、利用していく内に店長たわいない話も交えるほどまで関係を築き上げ、近頃は従業員も俺に分け隔てなく接してくれるものだから、今ではこの本屋は俺への偏見が少ない心地よい場所となっている。


「今日は珍しく九十九君や漆葉君じゃない人と一緒だったね。しかも女の子」

「まぁ、なりゆきで」


 漆葉や九十九と一緒にここを利用する時があるため、二人の名前は店長に覚えられている。

 しかし、そのほかと一緒にいることはないため、女っ気のないはずの俺が女の子を連れて歩いていることがよほど気になっていたのだろう。


「それにあの子って、風無ちゃんよね」

「知ってるんですか?」

「あの子うちの常連さんなのよ」


 不思議なことではないか。

 この通りは風無さんの帰り道なんだし、寄るにはちょうどいいだろうし。


「風無さんも昔からよく使ってたんですか?」

「たしかにたまーに見るなー程度に利用してたけど、去年あたりから頻度は高くなったわね。ま、高校に上がったからかも。ノートや消しゴムとかを良く買いにきてくれるし」


 あー、風無さんは成績が良いもんな。きっと家に帰っても予習復習をしっかりしてるんだろうな。


「あ、すいません。喋り込んじゃって」

「いいよいいよ。どうせ嵐君くんの後ろに並ぶ勇気ある人はいないから」

「それは言い過ぎですよ」


 と言いつつも振り返ってみると、本当に誰もいないや。

 そういえばここを利用してから俺の背後に並んだ人を見た覚えがない。


「……そんなに俺って、怖いですか?」

「まぁ気にしないで。私は嵐君が来てくれるとありがたいよ。怖い人がいると万引きする人が減るし、新人の子に最初のレジ打ちを君にすると、後々のクレーマーに対して堂々とした態度で対応出来るから」

「気にしないでと言いながら俺をフル活用してるじゃないですか」

「あはは! ごめんごめん。お詫びと日ごろのお礼にノートをサービスしておくからさ」


 と言っていつの間にか袋に入れていた漫画と小説と一緒にノートを入れてくれた。


「いいんですか?」

「いいのいいの! 万引き数件されるよりは君にサービスしてた方が断然利益が出るんだから」

「なんかちょっと複雑ですが、ありがたくいただきます」

「またご利用お願いします」


 お金を払い、レジを離れるた瞬間、ずらっと人の列が出来上がったのも見てそっと涙を流しながら店を後にした。

 さて、風無さんは……あれ? 店の前にいない。先に帰ったのかな?


「離して!」


 風無さんの叫ぶ声が。どこからだ?

 辺りを見ると、少し先で他校の男女グループに囲まれている風無さんが。

 そしてグループに混じってもう一人、俺が知っている人物が立っていた。


「いいじゃん。一緒にカラオケ行こうよ」

「いい加減にして誠司君。昨日も一昨日も断ったはずです」

「えーいいじゃん一緒に遊ぼうよ。ほら、女の子も一緒だからさ」

「この子が誠司の彼女? いかにも真面目って子だね」

「あ、でも少女漫画好きなんだー! かわいー!」

「やめてください」


 逃げたくても周りを囲まれてしまい、逃げだせない。

 あれでは誘ってるのではなく、強制的に連れて行こうとしているようなものだ。


「風無さん!」

「嵐君!」


 目に見えて安堵した表情をする風無さん。

 さっきまではいつものように振る舞っていたけど、今の表情で内心怯えていたことが痛いほど伝わった。


「あー、誰かと思ったら嵐じゃないか」

「高森、風無さんが嫌がってるだろ」

「そんなわけないだろ。そう見えるのはお前が来たからだ」

「そうよ! この卑怯者!」


 一人の女子生徒の言葉に俺は深く心に突き刺さる。

 卑怯者? 俺が?


「しってるんだぞお前の噂。お前、色々と問題起こしてるそうじゃん。万引きや恐喝してんだろ。まさか誠司の女まで手を出してるなんて」


 何を言ってるんだこの男。言ってる意味が分からない。


「サイテー! 女の敵!」

「恥ずかしくないの?」


 言葉の刃が無慈悲に俺の心に突き刺していく。

 恐いと思われいるのは知ってる。そのせいで不良と思われているのも知ってる。

 だけど、恐喝や万引きなんて噂は聞いたことがなかった。

 そんな噂、一体どこから。

 一瞬高森と視線がぶつかると、高森の顔が酷く歪み、不気味な笑みを浮かべた。

 そういうことか。


「あなた達! 一体そんな噂どこから」

「えー、でもその現場見たって子がいるんだよ?」

「その子を連れてきて! 嵐君がそんなことするわけない!」

「そうは言っても知らない子だしー」


 飄々としている女子に苦い顔をする風無さん。


「そもそも私は誠司君の彼女じゃないです」

「え、そうなの?」

「まぁ、付き合おうって言っても中々OK貰えなくてね」

「なら付き合っちゃいなよ! 誠司君ってスポーツ万能、成績優秀、イケメンだし、結構お金持ちだよ! 周りからモテモテだし、絶対付き合った方がいいって!」

「美男美女でお似合いのカップルだよ! 決まり! 今日から二人はカップル!」

「勝手に決めないで!」

「でもよく考えてみなよ。あいつは万引きをするような奴だぞ? そんな奴と一緒にいたら純花の価値が下がる。俺と付き合おうよ。純花と釣り合うのは俺だけ。俺と釣り合うのも純花だけだ」


 風無さんの肩に高森の手が置かれたその時、破裂音に似た音が鳴った。

 呆然としている高森に毅然とした態度で言い放つ。


「これ以上私の好きな人を侮辱しないで。あなたはなにも分かってない。嵐君がどれだけ優しくて素敵な人なのか」

「好きな、人。こいつが、純花の? ……なんでだ! なんでこいつなんか!」


 納得がいかない高森が詰め寄るが、風無さんは冷静だった。


「誠司君、この先にある神社があるのは知ってますよね」

「あ、あぁ、もちろん」

「昔そこで不審者に連れて行かれそうになったの。そして、それは助けてくれたのはそこにいる嵐君。私はあの日から彼だけを思い続けてました。だから、あなたになびくことなんてありえません」

「神社? 不審者?」


 それを聞いた勝利を確信したようにほくそ笑み、逆に俺は血の気が引いた、

 風無さんは俺の言っていたことを信じていないんだ。

 あくまで俺が助けたことを主張する風無さんに高森は真実を告げる。


「ふふっ、純花。それは大きな勘違いだ。助けたのは俺だ」

「勘違いしてるのはそっちです。あなたは私を助けていません」

「いや、間違いなく助けたのは俺だ! 不審者に連れて行かれそうなところを俺が助けたんだ! 身を挺してな」


 再び風無さんに真実が告げられる。

 いくら風無さんが否定しようとも、それは変えることができない事実なんだ。


「ええ、覚えています」


 ……え?


「今、なんて言った?」

「はっきりと覚えていると言ってるんです」


 風無さんは力強くそう答える。

 これには高森だけでなく、俺も度肝を抜かれた。


「な……ならなんでこいつなんだ! 助けたのは俺だぞ!」


 高森の主張に風無さんは呆れてため息を漏らす。


「では、あの時のことをちゃんと整理しましょう。あの日私は不審者に連れて行かれそうになりました。そこに現れたのは誠司君です。ですが、子供の私達でどうこうできる問題ではありませんでした。私はあなたに捕まる前に逃げてほしかった。そして大人を呼んでほしかった。でもあなたはそれをしなかった。あなたは小さい時からプライドが高かったから、逃げることを恥だと思ったんでしょう。無謀にも立ち向かって、返り討ちに遭った。そこに警察官が来てくれたことで私達はそれ以上の被害を受けることはありませんでした」

「た、たしかに、無謀だったかもしれなかったけど、俺が足止めしたおかげでたまたま通りかかった警察官に助けられたんだ! つまり俺のおかげで助かったんだ!」

「ではもし、その偶然が偶然でなかったら?」

「は?」


 風無さん、もしかして……


「事件から数日後に警察官から教えてもらいました。『嵐陽太君という少年が教えてくれたおかげで、君達を守ることができた』と」


 知ってたんだ、風無さん。

 別に恩を着せようとも、正義感から出た咄嗟のことでもなかった。ただ無我夢中で大人に助けを求めただけ。

 だからてっきり知らないものかと思っていた。


「そ、そんな……俺はあいつに、助けられた……嘘だ! こんな奴に! そもそもこいつがやったのは助けを呼んだだけだろ! なんでそれだけで好きになるんだよ! 俺を好きになるのが普通だろ! 何で俺を好きにならないんだ!」


 拳を握りしめ、高森の腕が上がると、拳は風無さんに向かって放たれる。

 体に響く鈍い音が鳴る。

 しかし幸いにも風無さんは無傷のようだ。よかった。


「嵐君!!」


 驚きと悲しみの混じった顔を浮かべる風無さん。

 俺は口に広がる鉄の味を飲み込み、高森の胸倉を掴む。


「ぼ、暴力か? やっぱりな! 恐喝や万引きだって、本当はしてるんだろ!?」

「さっきのでよーくわかった。お前、風無さんのこと好きでもなんでもないだろ」

「は、はぁ? 何言ってるんだ、俺は小さいころ好きだったんだ! それをお前が!」

「小さい頃はそうだったかもしれないけど。今は違うだろ。お前が欲しいのは風無さんじゃなくて、風無さんを彼女にしたっていう実績だ。だから平気で言えるんだ。価値がどうこう釣り合いがどうこうってな! 好きな相手なら! そんなものさしで測る必要なんてないんだよ!」


 俺は渾身の頭突きを高森の額にかます。

 その衝撃で尻餅をつき、額を必死に押さえる高森を俺は見下ろし、間髪入れずに怒声を上げる。


「お前みたいな奴に風無さんを好きになる資格なんてねぇ!! 今度また風無さんに何かしてみろ!! 俺はお前を許さない!!」


 恐怖した高森達は脱兎のごとくその場から走り去っていった。

 初めてだな、こんなに怒ったの。

 それにこんな人通りのある場所で騒いだから注目を浴びちゃってるし、しかも同じ学校の生徒もいるな。

 これは明日、また、噂、に……なっ……て……

 緊張が解けたことで力がフッと抜けると、崩れるように道に倒れ、意識が遠のいていった。

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