第17話 嵐君、お付き合いしてください17

 昼休み、約束と言う名の一方的な決まりごとを真面目に果たすために屋上へ。

 当然風無さんはいるわけで、定位置になったベンチに座った。


「こんにちは嵐君。今日も来てくれて嬉しいです。さぁ、今日も親睦を深めましょう」

「う、うん……そうだね」


 一昨日で風無さんの言葉で悩みは解消されたし、風無さんを感心した。

 だけど、今朝の九十九からの話で風無さんの異常なまでの執着心も垣間見え、心情は複雑。

 愛想笑いでとりあえず誤魔化す。


「……ところで嵐君。今朝と同じようなことを聞いて申し訳ないのですが、体調はどうですか?」


 弁当に箸をつけて少ししてから、風無さんが当たり障りのない話を切り出す。


「おかげさまで元気いっぱいだよ」

「そうですか。つまりベストコンディションですか?」

「そうだね」

「つまり出荷OKということですね」

「ん、ん゛っ! ごめんまだ喉の調子が」


 まだ本調子ではない演技をしてみるが、風無さんはじーっと俺を観察している。


「……嘘ですね。嵐君は嘘をつくと右の眉毛が動きます」

「えっ!?」


 慌てて眉毛を隠す。


「嘘です。でも、その反応はやっぱり嘘だったんですね」


 しまった、俺がマヌケだとバレてしまった。


「あの、あの約束はそのー……美月さんの冗談みたいな」

「えぇ、わかっています。さすがに嵐さん、もとい美月さんも本気で言ったわけではないと思います」


 あ、よかった。そこはちゃんとわかっててくれたんだ。


「えぇ、期待なんかしていませんでした。ですが万が一にも本気だった場合、いつか親に紹介するべきか、結婚の日程、嫁入りか婿入りか、子供の名前をどうするかなど相談しなければといけないと思い、ここ数日まともに寝られませんでした」


 期待してたんだね。

 俺が約束したわけじゃないのに、こっちが申し訳ない気持ちになる。

 だからなのか、俺は思わず口にしてしまった。


「あのー、こうして元気になったのも風無さんのおかげだから、何かお礼がしたいな」

「そんな。大したことしたわけじゃありませんから」


 同級生にトラウマを植え付けてでも聞き出してすることが『当然のこと』なのだろうか。


「それでもやっぱりお礼がしたいんだ。欲しいものとかない?」

「では七号の指輪を」

「ごめん、ちょっとハードル下げてほしいかな」


 金銭的にも意味的にも。


「冗談ですよ。指輪は将来ちゃんとした場面で受け取ると決めていますので」

「そ、そうなんだー。でも風無さんなら絶対渡してくれる人が現れるよ」

「嵐君以外誰がいるんですか?」


 名指しかー。

 しかも、将来絶対そうなると信じて疑ってない澄んだ目で俺を見てるし。


「そ、そそ、それで、他に何かない?」

「他にですか」


 顎に手を当て考えている風無さん。

 時間にして一分程度思考すると、風無は口を開いた。


「では、今日一緒に帰っていただけませんか?」

「え、それだけ?」


 一度願いを却下したとはいえ、まさかそんなことでいいとは思ってもいなかった。


「ええ、この機会にケリをつけたいと思っていたので」


 前言撤回。

 ケリをつけるってまさか、今の関係をステップアップさせるつもり?

 たしか今の関係は『親友(風無さん談)』だったはず。

 つまりその先って、前にも言っていたけど『恋人』という関係ってことだよね。


「あー、ごめん。叶えてあげたいんだけど、今日は用事が━━」


 と、咄嗟に嘘の予定を組もうとしたその時、俺の袖が小さくクイッと二回引っ張られた。


「私と帰るのは……嫌、ですか?」




 結局俺はこうして風無さんと現在進行系で帰っているわけで。

 はぁー、俺って懇願されると弱いといえばいいのか、現金なやつといえばいいのか。

 あの時の無表情ではあるが、上目遣いの風無さんの姿を見た俺は自然と首を横に振っていた。

 ただでさえ美人の風無さんに、こうも可愛らしい仕草をされたら俺じゃなくても、全男子が断ることなんてできやしない。


「嵐君、さっきから黙っていますが、つまらないのですか?」

「いや、そうじゃないんだけど」

「では親友らしく何かお話をしましょう」


 よかった。まだ『親友』止まりなんだ。

 と、安堵している横で風無さんは一つ咳払いをした。


「ご趣味は」

「それはお見合いの席の会話だね」

「冗談です。しかし改めて考えると、嵐君がどんな趣味で、何が好きかなどは聞いたことないですね」

「たしかにそうだね。甘いものが好きなことは知っていたみたいだったけど」

「ええ、あと苦手な食べ物はキノコで、趣味は読書と料理と裁縫、得意科目が数学で、苦手科目は歴史、犬よりも猫派ぐらいしか知りません」


 どうやってその情報を手に入れたの?


「よ……よく知ってるねー」


 作り笑いを浮かべながら内心風無さんという人物に恐怖に似た何かを感じ取っていた。


「いえ、見ていればわかります」


 見てるぐらいで犬派か猫派かなんて分からないよ。


「では次は嵐君に私の好きなものを当てていただきましょうか」

「え、風無さんの?」


 ちょっとしたクイズが始まってしまった。

 しかし風無さんの好きなものか……と言っても、風無さんを風紀委員の取り締まり以外で意識し始めたのはここ最近だしな。

 何かヒントはないかと風無さんを頭からつま先までじっくりと観察する。

 すると、身をよじらせ、身を守るように手を回した。


「そんなにジロジロ見ないでください。嵐君のエッチ」

「ちがっ! これはそのっ!」

「見るならベッドの中にしてください」

「うん、その反応も違うね」


 と、冷静に対処したとことで再度考えてみる。

 うーん、風無さんか……風紀委員の姿しか知らないからなー。

 風無さんと出かけはしたけど、風無さんのことは何一つ知らないままだ。


「うーん……あ、眼鏡!」

「真面目に考えてるんですか?」


 はいごめんなさい。さすがにおかしいですね。

 眼鏡をかけてるから眼鏡好きだなんて安直すぎる考えだった。

 でも本当にわからない。

 色々と答えを出してみるが、その度風無さんは『違います』と帰ってくる。

 答えが十を迎えたところで俺は白旗を掲げる。


「降参だよ。答えを教えて」

「残念です。答えですが……」


 俺の前で立ち止まった風無さんは俺の目をまっすぐと捉える。


「嵐君です」


 薄々そうじゃないかと思ってあえて言わなかったんだけど、やっぱりそうきたか。

 いや、別に『俺でしょ?』って答えて、『え、まぁ、たしかに好きなんですけど、そういう意図では……』とか反応されて気まずくなるのが嫌だったわけではないから。

 って、誰に言い訳してるんだろ。


「あ、あはは、俺かー」

「えぇ。仮に好物を横取りされようが、大切な宝物を取られようが、私は我慢できます。しかし、嵐君が誰かに取られるのはだけは絶対に嫌です」


 風無さんの愛が重い。俺じゃあ支えきれないよ。


「そ、そうなんだー」


 それだけ言って再びを歩き始める。

 このやり取りのせいで話しかけづらくなってしまい、黙々と帰り道をただ歩くだけになってしまった。


「……あっ」


 しばらくして声を漏らした風無さんは立ち止まる。

 視線の先には何もない。

 ……あれ? ここってたしか前回の。


「風無さん?」

「失礼しました。さ、行きましょうか」


 話しかけると我に帰った風無さん。

 やっぱりそうだ。前回もここで様子がおかしくなったんだ。


 なるべく風無さんに合わせて歩いているけど、さっきまで歩くスピードと全然違い、牛歩のように遅い。


「風無さん。もしかして、わざとゆっくり歩いてる?」

「そ、そんことあるわけありません」

「でも、コロコロ押して歩いてるおばあちゃんよりも遅いよ?」


 後方からやってきたおばあちゃんを見送りながら指摘してみた。

 実際そのぐらい今の俺たちの歩く速さは鈍足なわけで。


「もしかして、この辺で風無さんと俺の帰り道が違うの?」

「……はい」


 あ、そこ正直に答えるんだ。えらい。


「その……少しでも一緒に帰りたくて」


 観念したのか、俯きながら聞いてもないのに白状を始める風無さん。


「それで、風無さんの帰り道はどっちなの?」


 尋ねると指を前に向けた。

 俺の帰り道はこの信号を右に曲がる。

 このまままっすぐなら俺とはここに別れることになるな。

 でも、たしかこの道って……


「風無さん。この後用事ってある?」

「え、いえ、ありませんが」


 ならちょうどいいや。

 俺は信号が青になるのを待つ。

 ただし、まっすぐ進むための信号機の前でだ。


「嵐君。あなたの帰り道は」

「ちょっと本屋に行きたくてさ。よかったら風無さんも一緒に行く?」


 そう、この先には大きめの本屋がある。

 最近新しい小説や漫画が欲しいと思っていたところだ。


「その……嵐君さえよければ」

「決まりだね」


 信号が青になったと同時に風無さんといっしょに横断歩道を渡った。

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