第10話 嵐君、お付き合いしてください10

 なんてことになるかもしれない!

 さすがに妄想が過ぎるかもしれないけど。

 少し前までの風無さんならまだしも、最近の風無さんの行動から考えると何も起きないわけがない。


「風無君。座らないと他のお客さんに迷惑なりますよ」


 妄想にふけて俺をよそに先に座っていた風無さんがポンポンと空いたスペースを叩いて催促している。

 今更回れ右するわけにもいかない。

 なるべく縮こまって触れないように座り、心を落ち着かせる。

 どうってことない。ただの俺の妄想だ。

 仮に風無さんがそんなことをしようとするとしても、もっとも場が盛り上がるシーンの直前でトイレと称して席を立とう。

 見どころを見逃してしまうのは残念ではあるけど、仕方がない。

 ゆっくりとシートに腰を下ろす。


「映画楽しみだね」

「そうですね」


 ……あの、風無さん?

 なんですでに手を握ってるの?

 いきなりクライマックスなの!? まだ映画泥棒が捕まっただけだよ!?

 俺を見ないで! 唇を寄せてこないで!


「風無さん、一旦外出ようか」


 風無さんの手を引いて一度外へ。

 人目につかないもの陰に着き、俺は振り替える。


「風無さん、さっきのは何?」

「さっき、というのは?」

「それは……その、さっき顔を近づけてきたよね」

「ああ、さっきキスしようとしたことですか」


 平然と言われてしまい、こっちの方が顔が熱くなる。


「映画でいい雰囲気になった時はキスのチャンスと愛読書に書いてあったので」

「本編始まってなかったんだけど」

「今朝の運勢で攻めるが吉だと出てたので」


 本と占いに従った結果があの整合性のない唐突な行動だというわけなのか。


「お願いだから大人しく映画見ようよ。ね?」

「……そうですね」


 意外と素直に聞いてくれた。


「今日中に嵐君と恋仲になる予定でしたが、嵐君がそう言うなら仕方ありません。今回は大人しく映画を見ます」


 俺の知らないところで人生にかかわってくる予定を組まれてる。


「そうと決まればすぐに戻りましょう。もう本編が始まってるかもしれませんから」


 と多少(?)アクシンデントはあったけどようやく映画に集中できる。

 あまりこの手のジャンルは積極的に見ようとはしてこなかったが思っていたよりも面白く、片手で数えられるほどしか飲み物に口をつけていないはずなのに、いつのまにか飲み物が薄くなっていた。

 あっという間に数時間が過ぎ、スタッフロールへ。

 周りは次々と立ち上がっていくが、俺達は明るくなるまでその場から動かなかった。


「とてもいい映画でしたね。特に告白するシーンは忘れたくても忘れられないほどの名シーンでした」


 映画館を出てから映画の感想を述べる風無さんはあいも変わらず無表情。

 一方の俺は、


「嵐君はどうでしたか? と聞いてはみますが、どうやら楽しんでいたようですね」

ひかりつとむ。想いが通じでよがっだな!」


 目や鼻から液体が垂れ流し状態のグシャグシャな顔を自前のハンカチで拭うが、すぐにダメになってしまい、ティッシュで代用する。

 感動する俺の横を通り過ぎていく人々は例外なく奇妙なものを見る目を向けていたけど、そんなことどうでもいいほど俺は感動していた。


「嵐君は感受性が強いのね」

「そう、かな?」


 ようやく落ち着いたのでティッシュをポケットにしまう。


「えぇ。映画の登場人物にそこまで感情的になれるなんて。やっぱり嵐君は素敵な人ね」


 熱のこもった視線を感じ、顔をそらす。

 ちゃんと話さないと。

 風無さんのためにも、俺のためにも。


「そ、そろそろお昼にしない? この時間なら席も空き始めてるだろうし」


 無理矢理話をそらしてお昼に誘う。

 席に着けば落ち着いて話もできるだろう。

 そうすれば風無さんの勘違いを正すことができる。


「そうですね。ポップコーンだけではお腹は膨れませんでしたし」


 風無さんからの同意も得られた。

 さっそく飲食店が並ぶエリアに行き、パスタの店に入る。

 まだ人が多いが、予想通り席は空いていたためすぐに案内された。

 話をする前にまずは注文をと、メニューを開く。


「嵐君は決まりましたか?」

「俺はカルボナーラにしようかな」

「では私はボロネーゼにします」


 お互い決まったところですぐに注文。

 料理が来るまで少しの間待つことに。

 話を切り出すならこのタイミングでか?

 いやでもどう切り出す?

 手始めに先ほどの映画から話を始めてそれとなく話をすることにしようと話し始める。

 が、結局本題に入る前に料理が来てしまい、会話が中断されてしまった。

 どうしようかと考えながらカルボナーラに手をつける。

 チーズと生クリーム、そして卵の濃厚な味が口の中で広がる。

 一回家でカルボナーラに挑戦してみようかな。

 今度ネットで調べて食材を━━って、違う! それよりも風無さんのことだろ!


「どうかしましたか? 難しい顔をしていますが」

「え、いやその。今度カルボナーラを家で挑戦しようかなって」


 なんでここでカルボナーラのことを話してしまうだ。

 せっかく風無さんが尋ねてくれたんだから、そこで記憶違いじゃないか聞けばよかったのに。


「そうですか。ところで嵐君。一つだけお願いがあります」

「なに?」

「はしたないですが、カルボナーラを一口いただけませんか?」

「そんなことか。別にいいよ」

「では」


 それを言うと風無さんを目を閉じて口を開いている。

 この光景、最近も見た覚えがある。

 その最近というのが昨日のことなんだけど。


「なにしてるの?」


 もうわかってるけど、一応聞いておく。


「『あーん』待ちですが」


 ですよねー。


「や、やらないとダメなの?」

「あいにく私のフォークはボロネーゼの味がついてしまっているので。予備のフォークもないので仕方ありません」


 もっともらしいことを言ってるが、単に俺に食べさせてほしいだけだ。


「なら俺のフォークを使っていいよ」


 そういって差し出すが、フォークを見つめる風無さんは少し不機嫌そうに見えた。


「先ほどの映画で私は嵐君の言うことを聞きました。今度は嵐君が言うことを聞いてもいいんじゃないでしょうか?」

「そ、それは……」


 映画館でのやり取りを引っ張り出されてしまい困惑。


「それに昨日すでに『あーん』をしたじゃないですか。ならば一度も二度も変わりません」


 たしかにしたけども。あれもなし崩しだったような。


「というわけですので」


 再び『あーん』の体勢の風無さん。

 仕方なくカルボナーラを差し出す。


「とっても濃くて美味しいです」

「そ、そう。よかった」


 何故だろうか。妙に色っぽい。


「ではお返しにボロネーゼをあげます」

「それはつまり」

「あーん」


 相手が風無さんならそうなるよね。

 どうせ俺が抵抗しようとしても結局なし崩しでしてしまうのなら素直に受けよう。

 周りの視線に耐えながらボロネーゼをいただく。

 前回と同じく味がわからない。


「美味しいですか?」

「う、うん」

「そうですか」


 その後各々のパスタに手を伸ばそうとしたが、お互いが口をつけたフォークに気を取られ、硬直してしまう。


「……新しいのもらおうか」

「そうですね」


 店に悪いと思いながら新しいフォークで食事を進める。

 食事を終えるとすぐ店員にコーヒーを注文。

 やってきたコーヒをすすって一息ついた。


「風無さんはブラック飲めるんだね」

「嵐君はブラック飲めないみたいですね」

「あはは、ブラック苦手で」


 苦笑いを浮かべてミルクたっぷりのコーヒーに口をつける。


「甘いのが好きなんですよね。たまに嵐君がパンを持ってる場面に遭遇しますが、毎回菓子パンでしたし」

「よく覚えてるね」

「記憶力はいいですから」


 とても重要な部分を記憶違いしているんですけどね。


「……ところで嵐君。私に何か話したいことがあるんじゃないですか?」


 急に核心を突いてくる風無さんに心臓が大きく飛び跳ねる。


「な、なんのことかなー」


 嫌な汗を流しながらも平静を装う。

 が、風無さんにはそんなのは通用しないようだ。


「映画館に入る前からたまに意識が散漫していました。それに先ほどだって何か言いたそうにチラチラと私を見ていましたし」


 最初からバレていたのか。

 なら話は早い。

 風無さんのためにも誤解は解かなければならない。


「風無さん、その……」


 風無さんを助けたのは僕じゃないんだ。


「……嵐君?」

「その……」


 助けたのは別の男の子なんだ。


「どうしたんですか?」


 頭では言いたいことはわかってるはずなのに肝心なところで声が出ない。

 言葉を発しよとすると、心の奥がざわっとしてしまう。

 もしかして俺は……躊躇っているのか?

 勘違いとはいえ、九十九や漆葉以外で怯えや偏見など持たずに接してくれる同年代の子が現れた。

 少し個性の強い子ではあるけど、こうして話しかけてくれることを嬉しく思ったのも事実。

 じゃあこの勘違いを正してしまえばどうなる。

 きっと俺のことなど興味をなくして目の前から消えてしまう。


「あの……その……」

「純花? 純花じゃん!」


 言い淀んでいる俺の横を通りがかった男性が風無さんの名前を呼ぶ。

 顔を向けるとそこには俺達と同い年ぐらいの爽やかな青年が立っていた。


誠司せいじ君。久しぶりね」

「久しぶり! 中学卒業して以来だね」


 互いを下の名前で呼び合う仲の二人に俺は置いてけぼりを食らう。


「誠司何してるんだよ」


 さらに連れらしき二人が登場し、さらに居心地が悪くなる。


「いや、知り合いがいてさ。この子なんだけど」

「うっわ! めっちゃ可愛いな!」

「まさかお前の彼女か!?」

「そんなんじゃねぇよ」


 笑顔であしらうが、満更でもなさそうだ。


「後で行くから先に座っててくれ」


 二人は誠司という青年を残し、店の奥へと進む。


「本当、久しぶりだね純花」

「そうね」


 自然に風無さんの隣に座ると、俺など視界からシャットアウトしているのか、一瞥すらしてくれない。


「なぁ純花。こうして久々に会えたのも何かの縁だ。卒業式の返事きかせてくれないか?」

「あなたもしつこいのね。何度聞いても答えはノーよ。私は好きな人がいるって言ってるでしょ」

「それは何度も聞いた。でも嘘なんだろ? 同じ中学の奴で純花に告白された奴はいなかったぞ」

「嘘じゃないわよ」

「ならそいつと付き合ってるのか?」

「……失礼。少しお手洗いに行ってくるわ」


 風無さんが席を外したことで、必然的に面識のない人と二人っきりという状況になる。

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