第8話 嵐君、お付き合いしてください8

 今日すべき家事が全部終わった俺は自室に戻って風無さんの電話を持つことに。

 待つこと一時間。

 ベッドの上とはいえ、ずーっと正座しながら目の前のスマホを眺めるのも辛くなってきた。

 いつでも取れるようにと待機する前にトイレも済ませたし、水分補給もした。

 待っている時間で何を話すかを頭の中で整理もしたし完璧。

 あとは風無さんの電話さえきてくれればいいんだけど。

 もうちょっと待ってみようとさらに一時間。

 時計が十時を超えたところで、足がしびれてきた。

 本当にどうしたのだろう? こうなったら俺から電話を……出来るわけない。

 ……今日は電話はないようだ。きっと何か手が離せないような事情が出来たのだろう。

 まぁ俺が女子と楽しく電話でお話なんて出来るわけもないし、これはこれでよかったのかもしれない。

 それなら月曜に提出する課題に手をつけ──


 ──ピピピピッ! ……ピピピピッ!──


 ベッドに背を向けた途端になるスマホ。

 焦って通話をタップして耳に当てる。


「もしもし! 嵐陽太のスマホです!」


 緊張で上ずりながら必死に声を出し、整理した内容を思い出そうとしていると、


『……いや、知ってるけど。なんか気持ち悪いぞ』


 聞き慣れた男の声がスマホから聞こえた。


「な……なんだ、九十九かよ」

『一体誰だったらそんな対応になるんだよ』

「そんなことよりこんな時間にどうしたんだ?」


 風無さん……とは言えるはずもないから話をそらすことに。


『ああ……なんだ。風無とはどうなったかと思って』

「どうなったって、あの後俺はすぐに帰ったんだぞ?」


 嘘です。一緒にスーパーで買い物しました。


『そりゃそうだな。でも、早いうちにあのことは聞いとけよ』

「あのこと?」


 スマホの向こうからとてつもなく大きなため息をつかれた。


『好きになった理由だよ!』


 あー、そういえばそうだった。今日九十九に言われてたっけけど結局聞きづらくて後回しにしちゃって忘れてた。


「ああもちろん忘れてないぜ! ちゃんと聞くよ!」

『本当だろうな……まぁ、当人のことだから部外者は黙ってるべきなんだろうけど、友人が変な女に引っかかるの嫌だからな。漆葉じゃないけど、どうしても気になってしょうがねぇ』


 友人として少なからず心配してるのだろうか。

 でもそれをちゃんと伝えるのはむず痒いらしく、聞こえてる声が少し気恥ずかしそうだ。


「大丈夫だ。その時はお前らに相談するから」

『……そっか、ならいいんだ。悪かったなこんな時間に。また時間が合えばどこかに遊びに行こうぜ!』

「わかったわかった。じゃあな」


 通話を切り、真っ暗な画面を見つめる。

 九十九は本当にいい奴だ。俺なんかを友人と認めてくれるんだから。

 それだけで充分なのに心配まで。本当に俺にはもったいない。

 気を取り直し、スマホをベッドに投げ課題に──


 ──ピピピピッ! ……ピピピピッ!──


 って、またかよ。

 何だ? 何か言い忘れたのか?

 すぐさま通話にタッチする。


「どうしたんだ? 忘れごとか?」

『……いえ、決して嵐君への電話を忘れてたわけじゃないの。ただ、少し心の準備が』


 九十九じゃない!? しかも今度は聞き覚えのある女性の声。


「か、かかかか、風無さん!?」

『ええ、風無ですけど何か?』

「いや別に! 全然電話がこないから今日はしないのかなーって思ってたから」


 笑って誤魔化すと、風無さんから返事がない。

 少ししてから「そう……」と短く帰ってきたけど、もしかして気分を害してしまったのかな?


「風無さん? もしかして機嫌悪くした?」

『どうしてそう思うんですか?』

「な、なんとなく」

『そうですか』


 再び沈黙。

 目の前に本人がいない分少しだけ気が楽だけど、やっぱり居心地が悪い。


『……正直に言いますと、とても喜んでいます』

「え?」


 素っ頓狂な声が出てしまった。


『嵐君は電話のことをちゃんと覚えてくれてたからです。今まで待っててくれたのですよね?』

「え、あ、その……まぁ」


 見透かしたような指摘に言葉を詰まらせる。


『ありがとうございます。こんな時間まで待っていただいて』

「き、気にしないで! それよりも話をしようよ。元々そういうことだったんだし」

『そうでしたね』

「それじゃあ━━あっ……」

『どうかしました?』


 しまった。九十九を挟んだせいで何を話すか頭の中から綺麗さっぱり抜けてしまった。


「その……何を話すか忘れちゃって」


 正直に話すと、スマホからクスッと可愛らしい笑い声がし、すぐに咳払いが続く。


『そこまで真剣に考えてくれていたのですね。ありがとうございます。でもどうしましょう。私もさほど話すことを考えていませんでした』

「ならわざわざ電話しなくても……」

『どうしても嵐君の声が聞きたくて』


 不意にそんなことを言われてしまいドキッとした。


『どうしましたか? もしかして彼女にしたくなりましたか? それならすぐにでも手続きを』

「ち、違うよ! それに手続きって何!?」


 冗談なのか本気なのかわからない発言に動揺していると、ふと九十九の言葉が蘇る。

 そうだ。風無さんに聞かないと。


「風無さん。聞きたいことがあるんだけど」

『なんでしょうか?』


 一瞬聞くことを躊躇うが、勇気を出して聞くことに。


「どうして俺なの?」

『それはどういうことでしょうか?』

「だって俺と風無さんって接点なんてなかったはずだよね? それなのになんで俺なんかを好きになるんだろうって」

『……やっぱり、覚えていないんですね』


 風無さんの声が沈む。

 その変化に気付きはしたものの俺はどうすることも出来なかった。

 覚えていないとはどういうことなのか。俺は以前に風無さんと会っていたってことなのか。


『私ははっきりと覚えているのに。私達が小学1年生の時、嵐君が私を助けてくれたことを』

「俺が!?」


 全然覚えてないや。そもそも小学生あたりの記憶もあやふやだ。

 風無さんみたいな子を助けた覚えも会った記憶もない。

 だから俺はとりあえず謝ることに。


「ご、ごめん」

『いえ、いいんです。こうしてあなたに会えたのですし、今はそれだけで充分です。でももし申し訳ないと思ってしまうなら、一つだけ私のわがままを聞いていただけないかしら』

「……付き合う以外なら」

『さすがに私もそこまで言わないです。ただ、明日私と一緒に出かけてくれませんか』

「なんだ、それぐらいならいいよ」

『では明日の十時に駅で待ち合わせでどうでしょうか?』

「うん、大丈夫」

『ありがとうございます。明日楽しみにしています』

「あれ? もういいの?」


 わざわざ電話していいかを聞いたぐらいだから一時間以上話すんだろうと勝手に思っていた。

 でも実際は十分も経っていない。

 そもそも話す内容がなかったから当然なんだけど。


『はい。明日遅れないように今の内に十分な睡眠をとらないといけませんから』


 そんな大げさな。もう少し遅くとも起きられると思うんだけど、そこは個人の自由か。


「じゃあまた明日。おやすみなさい」

『おやすみなさい』


 通話を切ってベッドに手足を広げる。

 初めての女子との通話。

 緊張は当然したけど、思っていたよりも普通に会話出来たんじゃないかな。

 と言っても、お喋りにはあまりにも短い気はしたけど。

 もう終わったことだしよしとしよう。それよりも明日の準備をしないと。

 念のため前もって準備を──


「ん? 明日風無さんと出かけるんだよな。風無さんと二人で」


 若い男女が出かけるなんてまるでデートみたいだなー……デートじゃん!


「いや待つんだ俺。デートは恋人同士でするものだから! でも、男女が二人っきりならデートって言われてもおかしくないのか? この場合はどっちなんだ!」

「ちょっとうるさいわよ!」


 ベッドでバタバタしてたのが響いていたのか、はたまた俺の声が大きかったのか、その両方か。

 晩酌で酔っぱらっている美月さんが鬼の形相で部屋にやってきた。


「あ、ごめんなさい」

「ゆるさーん!」


 すぐに謝ったが、機嫌を直してくれそうにない。

 でもこういう機嫌が斜めな美月さんの対処方法は知っている。というよりも大体こういう時の美月さんはわざと機嫌を悪くして”あるもの”を要求しているんだけどね。


「わかったよ。晩酌のおつまみ作ってあげるから」

「え、作ってくれるの!? やったー! コンビニのスルメじゃ味気なくって。いやー悪いね! あ、豚の角煮でいいから」


 その要求は「~でいいから」の範疇を超えてるんだけどね。

 幸い圧力鍋も材料も揃ってはいる。きっと前もって冷蔵庫を確認してたんだろうけど。


「わかったよ、まったく。三十分以上かかるけど我慢してよ」

「だいじょーぶ! 私のお酒のストックはまだまだあるから!」


 お酒の心配なんて一ミリたりともしてない。


「じゃあ作ってくるから」

「はーい」


 美月さんは自室に戻り、俺はキッチンがある一階に降りて冷蔵庫から食材を取り出す。

 こんな夜遅くから美月さんのために角煮を作ることになったけど、料理をしているからか、不思議と明日の緊張感は和らいだ。

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