第7話 嵐君、お付き合いしてください7

 強引ではあったが無事にヤマチュウスーパーについた。


「さ、嵐君。早速買い物をしましょう。何を買うんですか?」

「え、その……とりあえず、卵かな」


 おもむろに近くのカゴを持つ。


「ではいきましょう。なくなる前に」


 また俺の手を掴み、足早に卵コーナーへ。

 金属の棚には『一パック98円!! お一人様一パックまで』とポップが張られ、卵十個入りのパックが二パックが置かれている。

 売り切れ寸前のところだったけど、なんとか買えそうだ。

 一つカゴの中に入れると、風無さんも同じく卵を入れた。


「風無さんも買うの?」

「いえ、これは嵐君のです。今日は嵐君の買い物のお手伝いですから」


 たしかに頭数が増えるからたくさん買えてお得だけど。


「まだ買うものがあるんですよね。付き合います」

「あ、ありがとう」


 その後も購入に制限のある特売品を買い、お目当てのものはすべてそろった。

 チラッと横に並ぶ風無さんを盗み見る。

 同じタイミングで風無さんもこっちを見たため目が合ってしまい、恥ずかしくなってすぐにそらした。


「どうかしました?」

「いや、風無さんは買い物しなくてもいいのかなーって」

「お構いなく」


 そう言ってくれるけど、用事もなく付き合わせてしまったのは申し訳ない。

 何かお礼がしたいけど、女子にお礼って何をすればいいのだろう。


「嵐さん。聞いてますか?」

「え?」

「ですから、他に買うものはないんですか?」

「う、うん。大丈夫」


 カゴを持ってレジに並び、会計を済ませてすぐさま袋に詰め込んで外に出る。

 外は少し薄暗く、時間を確認すると十八時を過ぎていた。


「結構遅い時間になっちゃってごめん」

「いえ、私が望んだことですから」

「ありがとう。俺はこっちだけど、風無さんは?」


 そう尋ねると一瞬躊躇うそぶりを見せ、小さく指をさした方角は俺の帰り道とは異なっていた。


「ここでさよならですね。それではまた明日」


 名残惜しそうに俺を見つめてから立ち去ろうとした風無さんの腕を俺は掴んでしまった。


「あ、ごめん!」


 すぐ掴んだ手をほどく。

 風無さんも突然の俺の行動に目を丸くしている。


「そ、その……暗くなってきたし、俺が送るよ。遅くなったのも俺の買い物に付き合ったせいだし」

「いいのですか?」

「風無さんがよければ」

「では━━いえ、大丈夫です。一人で帰れます」


 誘ってみたものの、風無さんに断れてしまった。

 しかし、風無さんはさらにこう続ける。


「そのかわりと言ってはなんですが、連絡先を交換していただけないでしょうか」

「連絡先?」

「嵐君のことですから、私が無事に帰れたか心配するでしょう。だったら私が帰宅と同時に連絡をすればすぐに安心できますよね」


 まぁ、たしかにそうしてくれるとモヤモヤせずにすむ。


「いいよ。交換しよっか」


 お互いスマホを取り出し、電話番号とメールアドレス、それとコミュニケーションアプリの『トーク』も友達登録した。


「よしこれでオッケー。風無さんの方も大丈夫?」


 風無さんの方は顔を向けると、彼女はスマホの画面を見ながら微笑んでいた。

 美人さんだけあって、笑った顔も綺麗だ。


「はい、ありがとうございます。ではこれで失礼します。また明日」


 いつもの無表情に戻って挨拶をすませ、スタスタと帰っていった風無さん。

 俺も荷物を持ってすぐに家に帰り、すぐに夕飯の準備を始めた。


「ただいまー。ご飯出来てる?」


 そう言って美月さんが帰ってきたのは十九時半ごろ。

 おかげで充分余裕を持って料理を作ることが出来た。


「出来てるよー」

「じゃあさっさく……」


 並べた料理に手をつけようとしている美月さんの手を叩く。


「痛! なにすんのよー」

「まずスーツを脱いで片付けてください。それからお風呂も沸かしてありますから入っちゃってください。ご飯はその後です」

「むーっ、お母さんみたいなこと言うのね」

「そりゃそうですよ。炊事洗濯の師匠は婆ちゃんですから」


 たまに来る婆ちゃんによく料理など教えてもらい、電話で聞きながら教わったりもした。

 そのおかげで小さい時から一人でこなすことが出来たわけだ。

 でもなんで母さんと美月さんは料理が上手くないのだろうか。


「わかったわよ。ちゃんと陽太の言う通りにしますよ。そのかわり、今日は美味しんでしょうね?」

「今日『も』美味しいですよ」

「すごい自信ね」


 美月さんは自分の部屋へと向かう。

 その間にフライパンなども洗っておこう。

 鼻歌交じりに洗い物を始めるが、俺の頭の片隅には未だに連絡のないスマホのことがあった。

 帰ってから連絡するとのことだから、すぐに来るものだと思っていたけど、一度も通知がない。

 もしかして何か事故に巻き込まれた!?

 いや、風無さんは美人だから悪い男に連れ去られて……

 悪い想像ばかりが頭に浮かび、膨らんでいく。

 やはり一緒に帰るべきだったと後悔していると、台所に置いてあるスマホが音響かせ振動している。

 慌てて確認すると、画面には『風無さん』の文字が浮かび上がっていた。


「風無さん!? 大丈夫? ちゃんと帰れた?」


 通話するやいなや「もしもし」よりも先に風無さんの安否を確認してしまった。

 少し間をおいてからだったが、「ええ」と短く答えてくれたので胸をなでおろす。


「よかった。でも帰ってから大分時間が経ってるけど、もしかして今帰ってきたの?」

「いえ、もう家にはついていたのですが、その……やっぱり、なんでもありません。忘れてください」


 何かを隠しているようだけど、無事ならそれでいい。


「問題がなくて安心したよ。じゃあ、また明日」

「ま、待ってください!」


 通話を切ろうとしたが、風無さんはまだ何か伝えたいようだ。


「どうしたの?」

「その、また後で電話しても、よろしいですか?」


 風無さんはおずおずと聞いてくる。

 明日は休日だ。時間は気にしなくてもいい。

 電話越しなら風無さんも変な気は起こさないだろうし、何より風無さんを知るチャンスだ。



「いいよ。今は長電話は難しいから後で。いつでもしていいから」

「っ! ……あ、ありがとうございます失礼します」


 一方的に切られてしまった。


「さてと、もうそろそろ美月さんが戻ってくるからご飯をよそ━━」


 茶碗に手を伸ばそうとしていたが、風無さんとのやりとりを思い出し、今更ながら気づいてしまった。

 俺……夜中に女子と電話で話したことなんてない。

 さっきは風無さんが心配でそんなこと気にしなかったけど、今度は風無さんとたわいないお喋りをするんだ。

 そう考え始めると、途端に緊張してきた。


「お風呂入った! さ、ご飯ご飯! ……って、どうしたの? 顔を赤くして。暑いの?」

「な、なんでもないよ! 気にしないで! はいご飯!」


 よそったご飯を俺と美月さんの席に置く。


「ちょ、米多すぎ!」

「そ、そうかな? いつも通りだよ」

「なわけないでしょ! いつからうちは昔話盛りを始めたのよ」


 笑って誤魔化しそのまま食事を始める。

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