第6話 嵐君、お付き合いしてください6

「━━い、━━らし……おい、起きろ嵐」


 俺を呼ぶ声が聞こえる。

 瞼ゆっくり上げると、真っ白な天井と視界の端で九十九と漆葉が顔をのぞいていた。

 一体どれだけ時間が経ったんだろう?


「お、気がついたか」


 目覚めたことで安堵した様子の二人。


「九十九、漆葉……」

「何があったか覚えてる?」

「ええっと……体育でボールが当たって、鼻血を出して、それで保健室に行って」


 風無さんに迫られたけど、それは口には出さない。


「急に視界が歪んで……それからは何も」

「貧血やら疲れやら緊張やらが重なって倒れたらしいぞ」


 九十九からそう説明を受け、俺はゆっくりと体を起こす。


「もういいの?」

「うん。もう大丈━━」


 ふと、右手に温もりが残っていることに気がついた。

 布団で暖められた感じではなく、誰かがずっとにぎっていたような心地よい暖かさ。


「なぁ、俺の手握ってた?」

「はぁ? そんなきもち悪いことするわけないだろ」

「僕達はしてないけど」

「けど?」

「僕達と入れ替わりで風無さんが出ていったよ」


 じゃあこの温もりはもしかして、風無さんがずっと……。

 いや、俺の勘違いかもしれない。そう思っているのに顔が熱くなる。


「もしかして何かあったの!? 風無さんと何があったの!?」


 俺の表情の変化に気がついた漆葉が詰め寄ってくると、それを九十九が抑え込む。


「体調悪い奴に質問責めすんな」


 九十九は漆葉を椅子に座らせ落ち着かせる。


「風無は相当お前に夢中なんだな」

「あ、あはは」


 返答がしづらく苦笑いを浮かべる。


「でもどうして俺なんかを好きになったんだろう」


 つぶやくように言葉を発すると、九十九は目を皿のように丸くさせた。


「お前それまだ聞いてなかったのか!?」

「え、う、うん」

「それが一番重大なことだろ! 『お互いを知ってから付き合った方がいい』とかいてるくせにそこを聞かなくてどうすんだよ! 俺が言うのもなんだが、それは聞けよ! 好きになった理由次第ではお互いを知る知らないの以前に断る場合があるだろうが!」


 キレ気味の九十九の圧にやられ、俺はベッドの上で退く。


「うるさいわよ。ここは保健室なんだから、元気な子はさっさと出る」


 騒がしさに耐えきれなくなった桜井先生がこちらにやってくると、九十九達を鋭く睨む。


「嵐が大丈夫なことも確認しましたし、部活に行きますよ。じゃあな嵐」

「あ、僕も帰るね」


 そう言って二人が保健室を出ると、今度は俺を見下げて微笑む桜井先生。


「どう? 体調は」

「ええ、まぁ」

「少し前まで風無さんもいたんだけど、あの子達と入れ替わりで出てっちゃったの。せっかく起きるなら、目の前に彼女がいた方が嬉しいのにね」

「かっ!?」


 思わず変な声を出すと、不思議そうにしている桜井先生。

 どうやら俺と風無さんさんの関係を勘違いしているようだ。


「ち、違いますよ!」

「え、そうなの? 授業にも戻らないで、ずっとあなたの手を握って起きるのを待ってたからてっきり」


 やっぱり風無さんが。


「一体あなた達はどういう━━やっぱりやめましょう。あんまりそういうこと聞いちゃダメよね」


 絶対関係を聞かれるだろうと、なんと答えるか考えていたが、桜井先生は聞くのをやめてくれた。


「それでどうする? まだ寝てく?」

「はい、できれば」

「わかったわ。でも、時間になっても帰れなさそうなら言ってね。私が送ってくから」

「ありがとうございます」


 お言葉に甘えてまた瞼を閉じる。

 すると急に眠気を感じ、再び意識を手放す。

 次に起きた時には一時間が経っており、起きた俺はベッドから立ち上がって大きく伸びをした。


「どう?」

「ええ、おかげさまで楽になりました。ありがとうございました」


 椅子に座ったまま体を向けてる桜井先生にお礼を言って、俺は保健室を後にした。

 昇降口に向かう途中、手に寂しさを覚える。

 なぜ寂しさを感じるのか。


「あ、カバン」


 そうだったカバンは教室だ。九十九達も持ってきてくれてもいいのにな。

 心の中で少し愚痴をこぼしながら教室に向かうため階段を上る。


「全然人がいないな」


 部活をやっている人を除けばこの時間まで残ってく人は中々いない。

 勉強をしてく人もいるだろうけど、広い図書室のあるこの高校で教室で勉強する人は、テスト一週間前以外ほとんどいない。

 当然俺のクラスも誰もいないだろう。

 でもそっちの方が好都合だ。

 俺がいると変に怖がらせてしまうから。

 教室目の前にしてそんな考えを働かせ、扉を開ける。


「よかった、誰も━━」


 いないと思っていたが、誰かいる。

 後ろ姿でわからないが、髪の長い女子生徒がいた。

 しかも俺の席の前で。

 呆然と立ち尽くしていると、扉の音に反応した女子生徒がこちらに振り向く。


「嵐君……もう大丈夫なんですか?」


 少し安堵したように見える風無さん。

 なんでこんな時間までここに。


「どうしたの? 委員会でもあった?」


 居残ってそうな理由を尋ねてみるが、風無さんは首を横に振った。


「一緒に帰ろうと思って嵐君を待ってたの」

「え、一緒に!?」


 そのためにわざわざこんな時間まで!?


「えぇ、ダメですか?」


 保健室のことが頭をよぎるが、帰ろうとは思ってたから一応首を横に振る。


「いいよ、別に」

「よかったです。それでは帰りましょうか」


 先に教室を出ていく風無さんの後を追う。

 昇降口で靴に履き替え、とりあえず正門まで歩いた。

 そういえば風無さんの家はどの方角なんだろう。

 まさか正門から違うってことないよね。


「えっと、俺はこっちなんだけど、風無さんは?」

「私も帰り道はそっちです」


 よかった。いきなり解散ってわけではないようだ。

 同じ道を一緒に歩き始めるが、会話がない。

 保健室のインパクトが強すぎて、今更ながら風無さんの顔をまともに見れない。


「そ、そういえば、なんで教室にいたの? 保健室で待っていたらよかったのに」

「保健室に残る理由がそれではいけないと思ったので、授業が終わってからここで待つことにしました。念のためこのクラスの生徒がいなくなってから入りましたから安心してください」


 と言う風無さんだけど、風無さんが授業が終わるまでいたこと知ってるんだけどなー。

 それを隠すってことは多分恥ずかしいのかな?

 あえて聞くわけにもいかないので、黙っているけど、また無言の時間になってしまった。どうしよう。


「……すいません」

「え?」


 急に謝りだす風無さん。


「保健室でのこと。嵐君が喜んでくれるならと思っての行動でしたが、どうかしていました」

「あー、あれね」


 たしかに男子なら喜んで飛びつきそうなシチュエーションではあったけど。

 もしかして今までの不可解な行動は、全部俺を喜ばせようとして空回りした結果なのでは。


「次は気をつけようね」


 当たり障りのないように答える。

 そしてふと九十九の言葉を思い出した。

 ここで聞くべきだろうか。いやでも、なんだか聞きづらいな。

 でも気になるし。


「嵐君」

「は、はい!」

「どうかしたんですか? よかったら私に話してください」

「なんでもないよ! なんでも」


 つい口からそんな言葉が出てしまい、余計に聞きづらくなってしまった。


「そうですか。ならいいんです。ですが、何かあったら言ってください。私達は『友人』なんですから」


 友人の部分をやけに強調する風無さん。

 きっと自分に言い聞かせているのだろう。


「……あ」


 急に立ち止まった風無さんは何かに気がついた様子。

 視線の先を見るが、何か特別なものが置いているわけでもなかった。


「どうかした?」

「いえ……」


 風無さんの考えてることがわからず、再び俺は歩く。


「待ってください」


 だがすぐに風無さんが俺を呼び止めた。

 やっぱり何かあったのか?


「嵐君。少し歩くのが早いと思います」

「え? でもさっきもこれぐらいだったよ?」

「いえ、早いです。友人とは言え、女性の歩幅に合わせた方が女性のウケがいいですよ」

「そ、そうなんだ」


 言われた通りに歩幅を合わせることに。

 風無さんが隣に来るのを待ち、一緒のスピードで歩き始める。


「……風無さん」

「なんでしょう」

「遅くない?」

「気のせいです」

「でも、つま先とかかとがくっつくぐらいの歩幅だよ?」

「気のせいです」


 執拗に「気のせい」ということにしたい風無さん。

 この後夕飯の準備をしないといけない

 しかも今日はスーパーの特売日。保健室で休んだせいで時間もギリギリ。

 最悪特売は逃すとしても、元々冷蔵庫の中身はほぼ空。

 このスピードでは美月さんが帰って来る前に買い物を済ませて、夕飯を作り終えることはできないだろう。

 風無さんの意図はわからないけど、これ以上は時間に間に合わなくなる。

 申し訳ないが、先に帰らせてもらおう。


「ごめん風無さん。先に帰るね。また明日学校で」


 小走りで帰ろうとした。

 しかし、後ろに引っ張られてしまい前に進めない。

 振り返ると、俺の制服の端を風無さんが両手でギュッと掴んでいた。


「ま、待ってください」

「いや、でも」

「そんなに急がなくてもいいじゃないですか。たまにはゆっくり時間をかけて帰るのもいいと思いますよ」


 どうしてもゆっくり帰らせようとしている風無さん。


「そうはいかないよ。この後スーパーにいかないと」

「スーパー?」

「今日特売日なんだ。早くしないとなくなっちゃう」


 たしか今日は卵が安かったはず。売り切れてなければいいけど。


「でしたら、私も行きます」


 え、なんで?


「特売ということは大体購入に制限があるはずです。なら頭数を増やして買った方がいいと思います」

「そ、それは……」


 魅力的なお誘いだ。でもいいのだろうか?


「風無さんはいいの?」

「お構いなく。それで、スーパーということはこの辺ですと、ヤマチュウスーパーのことですよね。時間が惜しいですし、制服のまま行きましょう」


 俺の腕を掴み、スタスタとヤマチュウスーパーへ向かう風無さん。

 俺はまたされるがままに連れていかれるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る