第5話 嵐君、お付き合いしてください5
ありのまま起こったことを確認しようか。
風無さんをベッドに促したつもりが俺の肩を枕にされた。
こんなにも近い距離だから、柑橘系のいい香りがいやでも鼻腔をくすぐる。
「風無さん。ベッドに寝た方が」
「こちらの方が落ち着けそうなので」
俺は全然落ち着けない。
顔が熱くなったからか、鼻血の勢いが増してる気がする。
「風無さん。具合悪くないでしょ」
「バレましたか」
今までのやり取り見て、具合が悪いと信じれるほど俺は純粋じゃないんで。
「すいません。本当は嵐君がボールに当たって、どこかに運ばれていくのを目にして、居ても立っても居られなくてつい。初めて授業をすっぽかしてしまいました。風紀委員として恥ずかしいです」
落ち込んでいるらしく、目線が下を向いている。
「でも、俺を心配して来てくれたんだよね? すごく嬉しいよ」
「本当ですか!?」
頭を上げた風無さんの透き通った瞳に、動揺がうかがえる俺の顔が映った。
「私みたいな生真面目でつまらない女性が来てくれて嬉しいですか?」
「ま、まぁ……誰だって異性にここまで心配されたら、やっぱり嬉しいと思うよ」
「そうですか」
俺の答えを聞くと、椅子に座りなおす風無さん。
よくわからないけど、解放されたからよしとしよう。
「ところで、養護教諭の
「それなら風無さんと入れ替わりで出ていったよ。何か用事があったみたいで」
「そうですか……他にここを利用してる人もいないんですね」
「うん。そうみた━━」
あれ、ちょっと待って。
よくよく考えてみたら、これはなかなかまずい状況なのでは。
先生も他の利用者もいない保管室で、若い男女が二人きり。
ありきたりな恋愛ものだったら何も起こらないはずがない。
「嵐君」
「な、何かな?」
俺は当てていた氷の袋を膝に置いてから姿勢を正し、風無さんを注意深く観察する。
ベッドをずっと見ていたかと思えば、今度は俺の方へ。
「ベッドで横になってはどうでしょうか? そちらの方が楽かと」
「鼻血の時は横になっちゃダメだからこのままで大丈夫」
それにこのままベッドに行ったら何かを失いそうな気がする。
「そうですか。ではこのまま」
風無さんの手が俺の腕に触れ、甘えるようになぞりながら俺の手へと進めると、顔を俺の方へと近づけてくる。
「風無さん!? ちょっと待━━うぉっと!」
バランスを崩して椅子から落ち、尻餅をつく。
風無さんは椅子から立ち上がり、俺のそばで両手両膝をついて、少しずつ近寄ってくる。
「な、何を……」
「知っています。男子はこういうシチュエーションを好むんですよね。嵐君が望むなら私は」
俺が退いても風無さんはにじり寄り、俺を追い詰めていく。
壁際に追い込まれいよいよ後がなくなってしまった。
とうとう風無さんの手が俺の体に触れる。
「嵐君……」
瞳を潤ませた切ない顔を俺に近づける。
「か、風無さん。ダメだよ。恋人でもないのにこんなこと」
「私みたいな子とキスするのは、嫌ですか? やはり、私なんかよりも可愛い子が」
「そんなことない! 風無さんは充分可愛いよ。俺以外の男子だったら、喜んで受け入れ━━」
「嵐君じゃなきゃ意味ないんです」
俺の言葉を遮ってまで風無さんははっきりと言い切り、俺をジッと見つめる。
「嵐君。私はあなたが好きなんです」
愛おしそうに片手を俺の頬へ添える風無さん。
「昼休みからあなたのことで頭がいっぱいで、見えない時間は切なくて、胸が張り裂けそうでした。あなたは優しい人だから、私のために止めてくれているんでしょう。でも止められないんです」
言い終えると、少しずつ桜色の唇を寄せてくる。
「一度だけ、チャンスを、ください」
瞼を閉じ、唇を突き出す風無さん。
恋人でもないのにキスするわけにもいかない。
それはお互いにとってよくないことだと思うから。
頭で理解してる。なのに、体が動かない。
風無さんの強引な行動を止めることは簡単なはずなのにそれができない。
十センチ……八センチ……六センチ……四センチ……と、着実に距離が縮んでいく。
━━ガッチャン━━
扉のノブを捻る音。
それと同時に風無さんの体が離れる。
「あら、風無さん。あなたも具合が悪くなったの?」
用事を済ませたのか桜井先生が保健室に戻ってきた。
そして、一人だけ床に座る俺と凛と立っている風無さんをいぶかしげな目で見ている。
「嵐君はそこで何をしてるの」
「いや、そのー」
「私が立ちくらみで倒れそうなところを庇ってくれたんです」
「そうなの。女の子を助けるのは素敵なことよ。でも無理しちゃダメ。怪我してるんだから」
「す、すいません」
風無さんのフォローで誤魔化すことができ、俺は先生に一言謝ってから立ち上がる。
しかし同時に視界が揺らぐ。
体の平衡感覚が狂い、真っ直ぐ立てているのかも怪しい。
「嵐君? どうかし━━」
先生が言い終わる前に体が大きく揺れ、見えてる世界が回る。
冷たい床に倒れ、意識が霞む。
「嵐君! あ━━君!! ━━!!」
誰の声なのかも判断できないほど意識が混濁してしまい、俺はそのまま意識を手放した。
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