第4話 嵐君、お付き合いしてください4
昼休み後すぐの授業に少し遅れたものの、授業はしっかりと受けたが、周りの視線がとても痛く、さらに俺を遠ざけるようになった気がする。
今まで無遅刻無欠席だったのに、たった一回だけでこんなことになるなんて。目頭が熱くなるよ。
でもそんなことよりも屋上での風無さんの顔が頭から離れず、何度も何度も繰り返し映像が流れた。
「嵐、何してんだよ」
九十九の声で俺の思考が正常に働き始め、ようやく自分が授業が始まってから虚空を眺めていたことに気がついた。
そして五時限目の授業はとうに終わっていたことにも。
「次体育だろ。さっさと着替えようぜ」
すでに着替えが終わった九十九がまだ机に座る俺を見下ろしていた。
「あ、次体育だっけ」
「どうした? 真面目に授業受けてるお前が授業中ボーッとして。さては風無のことだな」
「もしかして何か面白い展開があったの!?」
ひょっこりと現れた漆葉は興奮気味に聞いてくる。
趣味で書いているラノベの題材にしようとしているようだ。
「いや、面白いことは何も」
「それを決めるのは聞き手の僕だよ! さぁ! 話して!」
新聞部のごとくメモを取り出し、ペンを構えている。
根掘り葉掘り聞くつもりなのだろうか。
「漆葉、そこまでにしとけ」
猫のように首根っこを掴まれた漆葉ぶすっとした表情で九十九を睨む。
「えー、こんな展開は現実じゃお目にかかれないのに」
「次は体育だ。また今度にしろ」
「ちぇー」
しぶしぶ引き下がって体操服に着替える漆葉。
「お前も着替えろ。他はもう行ったぞ」
周りを見れば俺達以外誰もいない。
「うわっ、誰もいない」
「だからさっさと着替えろよ。もう時間ギリギリなんだからな」
九十九に急かされ、慌てて体操服に着替えてグラウンドに向かう。
グラウンドにはクラスメイトの男子達が全員揃っており、俺達が最後のようだ。
俺達が着いたと同時に鐘が鳴り、体育教師が笛を鳴らす。
「よーし、授業を始めるぞ。今日からソフトボールをする。まずは二人組みを作ってキャッチボールだ」
二人組か。
俺達のクラスって男子の人数は奇数だったよな。それってつまり。
一斉に俺から距離を取ると、即座に二人組みになるクラスメイト達。
俺はポツンと一人取り残されるわけで。
「先生。嵐が余ってるんで、俺達三人でやっていいですか?」
「そうか。それは仕方ない」
九十九が先生に申し出て俺と九十九、さらに漆葉でキャッチボールをすることに。
結果はわかっていたけど、もう少し希望ぐらい見させてほしいものだ。
「嵐、顔が濡れてるけど、もう汗かいたの?」
と漆葉が尋ねる。
「うん、心の汗をかいた」
「バカなこと言ってないでさっさと始めるぞ」
九十九から学校のグローブを受け取り、みんなから離れた校舎側でキャッチボールを始める。
「なんで俺って、こんなに怖がられるのかな」
九十九に向かってボールを放り投げる。
「そりゃ、目つきが悪過ぎだから」
「それに僕達以外と喋らない」
九十九から漆葉。漆葉から俺へボールが回る。
「目つきが悪いのは元々。喋らないのは、そもそもみんな話しかけてこないから」
またボールを九十九へ。
「それ抜きでも、お前人見知りだろ」
「そうだね。僕が初めて話した時、緊張してたのかメンチ切りながら低い声で話してたし」
そんなつもりなかったんだけどな、と思いながら漆葉のボールをキャッチ。
「でもやっぱりおかしいよ。みんな怖がり過ぎだよ」
「自分の目をちゃんと見ろ」
「幼少期に荒んだ生活を送ってきたんじゃないかと思うぐらいに目が腐ってるよ」
ボールは受け止めれたのに、現実を受け止めきれず、膝から崩れ落ちる。
「そんなのわかってるよ、毎日見てるんだから」
「根は不良とは程遠いのにな」
「やっぱり目の印象が強すぎるんだよ。一人ぐらい墓に埋めてそうだもん」
漆葉、可愛らしい顔してさっきからキツイ言い方してくるよね。
「ほら、ボール投げろよ」
九十九がボールを要求してくるので、立ち上がって投げるモーションをしようとした。
その瞬間、ぞわりと背中に寒気を感じる。
「どうしたんだよ。キョロキョロして」
「いや、なんか視線を感じて」
「まさか。気のせいだろ。むしろ背けられる方だろお前は」
そうなんだけど、まだ視線を感じてるのもたしかだ。
いつからだろうか。体育の時間、しかもグラウンドにいる時だけこうして視線を感じてしまう。
九十九の言う通り、気のせい……と昨日までだったらそれで済ませていたけど。
「……まさか」
視線を校舎に向ける。
そして、風無さんのクラスを注視していると一番後ろの席の窓際からこちらをガン見している風無さんと視線がぶつかった。
口から悲鳴に似た何かが出そうだったが、グッとこらえて飲み込む。
「おい!」
思った通り。あの視線は風無さんだった。
「ちょっと!」
まさか毎回見てたの? そう思うと、ちょっと━━いや、大分怖いな。
「「嵐!」」
さっきから二人ともうるさいな。聞こえてるって。
振り向くと同時に目の前に白い玉が迫っていた。
そしてそれは顔面に直撃、当たった反動で尻餅をつく。
「大丈夫か!?」
「平気?」
二人は駆け寄ってくるから「平気だ」と言おうとしたが、鼻から熱い何かがツーっと垂れると、白い体操服に真っ赤な水玉模様を浮かばせた。
「鼻血が出てんじゃねぇか!」
「ど、どうしよう」
慌てる二人と対照的に冷静にポケットからティッシュを取り出す。
いつも持ち歩いててよかった。
「嵐! 大丈夫か!?」
先生も駆けつけて、さらに大騒ぎに。
「一体何があった」
「あいつらが投げたボールがそのまま嵐に」
九十九の説明を聞く限り、どうやら他のグループの暴投が俺に当たったらしい。
そのグループの二人はビクビクと体を震えさせて俺を見ている。
おそらく俺が何が仕返しすると思っているのだろう。
安心させるべきだな。
「気にしないで。俺は平気だから」
二人に微笑むと、一目散に逃げられた。
「俺が保健室に連れていきます」
「そうしてくれるか」
九十九は俺の腕を肩にかけ、保健室まで俺を補助する。
「……嵐、さっきの笑顔、控えめに言って恐ろしかったぞ」
「え、安心させるつもりだったのに」
「血を流した状態であんな笑顔見せられたら誰だって逃げるよ」
ズバッと言われてしまい、俺の心に傷がつく。
「そんなになのか」
「お前の行動はいつも裏目に出るんだから、余計な気を起こすな。ほら、保健室だ」
扉を開け、中に入る。
血と混じって消毒液の香りがほのかにする清潔感のある白い部屋。
丸椅子に座る養護教諭が俺達の来訪に冷静に対応する。
「どうしたの?」
「ソフトボールが顔に当たって、鼻血を出して」
俺の代わりに九十九が答えると、先ほどまで座っていた椅子に俺を座らせ、引き出しからガーゼを取り出す。
「これでしばらく当てて、下を向いて。絶対上は向いちゃダメよ」
真っ赤なティッシュを真っ白なガーゼと交換して俯く。
「連れてきてくれてありがとう。もう授業に戻りなさい」
「はい」
九十九は一人保健室を出る。
「これも鼻に当てて。痛くなったら離していいから」
そう言われ、氷の入った袋を手渡された。
「ごめんなさい。これから用事で少し離れるの。鼻血だけなら問題ないとは思うけど、何かあったら内線で職員室に連絡してね」
と、俺を置いて保健室を後にした。
一人ぼっちになって少し寂しいさを感じながら、鼻血が止まるのを待っていると保健室の扉が開く。
何か忘れ物でもしたのかな?
「あら、嵐君」
「風無さん!?」
先生と思っていたら風無さんが登場したので、驚いてしまった。
「そこまで驚かれると、少し悲しいです」
「あ、ごめん。風無さんはどうしたの? 具合でも悪いの?」
「ええ、保健室に来るまで具合が悪かったんですが、今治りました」
訳がわからないよ。
「せっかくここに来たのですから私が嵐君の手助けをしましょう」
「えーっと、手助けは別にいらないかな。それに体調が戻ったなら教室に戻るべきなんじゃ」
「……やっぱり少し具合が悪いみたいです」
体調が悪いのか悪くないのかどっちなの?
「少しここで休ませてもらいますね」
俺に言っても意味ないけど、と思いながら風無さんの動向を見守る。
保健室のベッドまで歩いていくと、ベッド付近に置いてあった丸椅子を持ち、それを俺のそばに置いて座った。
肩が触れているが、風無さんは動こうとはしない。
「あの、風無さん」
「なんでしょうか」
「体調が悪いんだよね」
「ええ、そうです」
「だったら、楽な体勢になった方がいいと思うよ」
やんわりとベッドに促す。
「たしかにそうですね。お気遣いありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
ベッドで寝てくれるかと思ったが、風無さんは俺に体を預け、コテっと頭を肩に乗せてきた。
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