第3話 嵐君、お付き合いしてください3

「風無さん。どこへ行くの?」

「屋上です」

「なんで屋上に」

「それは着いてから教えます」


 風無さんは一瞥すらせずに階段を上がり、目的地の屋上の扉を開けた。

 生徒でも利用できるように解放された屋上だが誰一人として利用している生徒はいない。


「よかったです。誰もいないようで」


 しかし風無さんはこの状況にむしろ喜んでいるようで、近くのベンチに俺を座らせ、すぐ隣に座った。


「もうそろそろここに来た理由を教えてもらってもいいかな」

「決まっています。お昼を一緒に食べるためです」

「お昼?」

「そうです。私と嵐君は友人ですので、お昼は一緒に食べるのは普通のことかと」


 たしかに友人なら普通だけど。


「わざわざここにじゃなくても、教室でもよかったんじゃ」

「すいません。恥ずかしいながら友人はとても少ないのでこういうことに慣れていなくて」


 あぁ、俺とは違う理由で風無さんも中々喋りかけづらそうだもんね。


「でもよかったです。こんな風に誰かとお弁当を食べるのは、少し、憧れていた、と言いますか」


 照れてるのかな? 視線を少しそらしている。

 いつも真面目な風無さんでも結構可愛らしいところがあるようだ。

 まぁ、昨日の発言は予想外すぎるけど。


「それなら一緒に食べよっか」

「はい。そうしていただけると」


 二人一緒に弁当箱を開け、箸でおかずを突き始める。

 食事中は見たテレビや最近読んだ本。学校でのちょっとした笑い話をして会話に花を咲かせて昼休みを楽しんだ……といくわけもない。

 五分経ってもお互い口を開かず黙々とご飯を食べるだけで、ギスギスした食事をしていた。

 一緒に食べようとは言ったけど、風無さんのことなんにも知らないから話題を振ることができない。

 そもそも人が寄ってこなくて、友人の少ない俺がまともに話したことのない人と和気あいあいと会話できるほどのコミュニケーション能力を持ち合わせているはずがない。

 風無さんも食べる以外のアクションを起こさないし、どうしよう。


「風無さん」

「なんでしょうか?」

「あの、楽しい?」


 話すことがなく、ついこんなことを聞いてしまった。


「嵐君と一緒なのでとても楽しいです」

「そ、そう」


 眉ひとつ動いてないからイマイチ楽しんでるかわからない。


「友達と一緒にお弁当を食べるのってこんな感じなんですね」

「うーん、これはただ単に隣でご飯食べてるだけだから、友達じゃなくても」

「たしかにそうですね。ではここはひとつ友達らしいことをしましょう」


 風無さんは箸で自分のお弁当箱から卵焼きを掴むと、それを俺に差し出す。


「あーん」

「風無さん。それは友達同士ではしない」


 しかし俺の言葉を無視して箸を俺の口元へ。


「嘘です。私の周りは友人同士で食べさせあってました」

「それは女子同士でしょ!? 男子はそんなことしないよ」


 風無さんは箸を引っ込め、考え込んでいる。


「たしかに、男同士でやっているのは一組しか見たことがありませんね」


 その一組はおそらく友情を超えちゃってるよ。


「ですが、私は女性。嵐君は男性です。つまりどちらにも当てはまらないんですから、あーんをしても不思議ではないかと」

「そ、そういうのはその……恋人がするものだと、思う」


 恥ずかしくてもごもごとしゃべる俺。


「たしかによく学校のカップルがしていま━━ハッ!」


 何かに気がついたのか、目を見開いて前のめりで顔をグッと近づける風無さん。

 急に綺麗な顔と瞳が近づいてくるから心臓が跳ね上がった。


「つまり今すぐ私と付き合ってくれるということですか?」

「全然違うよ」


 明後日の方向に思考が働いている風無さん。

 勘違いだと分かると静かに座り直した。


「失礼しました。ですが、今日は友人と接してある程度私のことが分かったと思います」


 ごめん。全然わからない。


「つまり明日はその先の親友。明後日にはかれぴっぴ。そして明々後日にはかれぴとなってくれるのですから」

「そうはならないよ」


 そんなホップステップジャンプみたいに簡単に上がられるとこっちが困る。

 あと最近覚えたてなのかな。『彼ピッピ』と『彼ピ』の発音がちょっと違くて、そこが可愛ら━━て、そうじゃない。


「どうかしましたか?」

「いや! 何も!」


 裏声になりながら誤魔化してタコさんウインナーを頬張る。


「そうですか。では先ほどの続きを。あーん」


 え、嘘。続けるの?


「風無さん、それは━━」


 また止めようとしたが、先ほどまで無表情だった風無さんは心なしか眉が垂れ下がり、不安そうな目をしている気がする。

 それを目の当たりにした俺は制止する言葉を飲み込んだ。

 そして風無さんの卵焼きを食べる。


「どうですか?」

「うん。おいしい」


 嘘です。緊張して全然味がわからない。


「それはよかったです。では」


 箸を置き、こっちに顔を向けると目を閉じながら口を開ける。

 突然の風無さんの行動に訳もわからずにいると、閉じていた目が開き、口を開けるのを止める風無さん。


「嵐君。何をしているのですか」

「何って……むしろ風無さんが何してるの?」

「私はしたのですから当然嵐君もするべきです」

「しないよ!」


 思わず大声を出すが、驚いた様子もなく風無さんは淡々と話を続ける。


「どうしてですか?」

「だから男は友達とそんなことしないんだって!」

「別にいいじゃないですか。ここには私と嵐君しかいません。誰も見ていませんし、恥ずかしがる必要はないと思います」


 たしかにそうだけど。見ていなくてもあーんはさすがに恥ずかしい。


「それに私の卵焼きは食べられてしまいました。私の大好物で最後の楽しみにと取っておきたかった卵焼きをです」


 あれは風無さんが選んで渡してきた卵焼きだったよね。

 しかし風無さんはジーッと俺を見つめる。

 仕方ない。俺の弁当箱の卵焼きを箸で掴み、風無さんに突き出す。


「あ、あー──」

「あーん」


 すぐさま卵焼きを口に含み、しばらくモグモグさせる風無さん。


「風無さん。味はどう?」


 念のため味の確認をする。

 家族に作ったり、九十九と漆葉に横取りされる以外で誰かに食べさせたのなんて一度もないので、味が悪くないか少し不安ではあった。

 風無さんの反応を注意深く観察するが、まだ口をモグモグさせて飲み込もうとしない。

 そしてようやくゴクリと喉が動いたかと思うと、カッと目を開いた。


「嵐君。これのお弁当はお義母様が作ったものですか?」


 少し発言に違和感があったが、気にせず否定する。


「両親は今海外にいるから自分で作ってるけど」

「ならこの卵焼きは嵐君が作ったものですね」

「そうだけど……もしかして美味しくなかった?」


 自分用とはいえ誰かの口に入って「美味しい」と言ってくれた方がいいに決まっているけど、風無さんはどうなんだろう。


「……美味しいです」


 その言葉が聞けて、そっと胸をなでおろす。


「よかった。不味いって言われたらどうしようかと思った」

「これを不味いなんて言えません……ところで嵐君。話が変わりますがいいですか?」

「別にいいよ」

「腕折っていいですか?」

「い──」


 間違えて許可しそうだったので、ぎゅっと口をつぐむ。

 よくない! 今腕折るって言ったよね!? なんで!?


「ダメだよ! そもそもなんで!?」

「昨日買った本に『まずは胃袋を掴む』と書いてあったので実践したのに、まさか逆に胃袋を掴まれると思わなくてつい」


 なんの本かは聞かないでおこう。


「それが腕を折るのとどういう関係が」

「腕を折れば嵐君は料理できなくなるので必然的に私のお弁当を食べることになりますし」


 風無さんの思考が恐ろしいよ。


「しかしこれは想定外です。こうなったら色々とお世話して私がいなくては生きていけない身体にするしか方法はないみたいですね」


 おそらく心の声なんだろうけど、ブツブツ言ってることが全部聞こえちゃってますよ。

 風無さんなしじゃ生きていけない身体って、風無さんは俺に何をするつもりなんだ。

 見た目は正直好みだけど、思考が危ない。

 あの時の告白の返事は自分の本心をそのまま伝えたけど、断ったのは正解だったのかも。


「風無さん。昼休みが終わりそうだよ。早く食べないと」

「あら、もうそんな時間でしたか」


 声かけで我にかえる風無さんと俺はまだ半分ぐらい残っている弁当を食べる。

 それにしても知れば知るほど風無さんという人物がわからない。

 真面目な風紀委員として知られてるし、俺もそう思っていた。

 でも実際は同一人物と思えない発言が多々あった。

 どちらが本当の風無さんなんだろう。

 横目で盗み見るが、無表情で箸をくわえている。

 結局しゃべることがないからまた無言の食事になっちゃったな。

 もう一度風無さんの様子をうかがうが、俺はあることに気がついた。

 風無さんが箸をくわえたまま微動だにしていない。


「風無さん。どうしたの?」


 体を前に出して目を合わせようとしたが、風無さんは箸を口から離して口元を押さえると、頬を赤く染め視線を俺から遠ざける。

 目の前には先ほどまでの凛々しい女性ではなく、いたいけな少女が座っていた。


「改めて考えますと、これって……間接、キス、ですよね」


 風無さんは初めて目に見えて恥ずかしそうな仕草をさらす。

 同時に俺は気がついてしまった。

 今使っている箸はさっき風無さんの唇に触れていたもの。風無さんの箸はその逆。

 一度気にしてしまったらもう顔の温度が上昇することは止められない。

 風無さんの顔が見れず、顔をそらしていると予鈴が校舎全体に響いた。


「もう授業の時間なので私は戻りますね。食事、楽しかったです」


 さっさと弁当を片付けて足早に教室に戻っていく風無さん。

 一人残された俺は呆然としながらも、焼きついて離れない風無さんのあの顔を何度も浮かばせていた。

 風無さんのあんな表情がたまに見られるのなら付き合ってもいいな。


「断ったのは間違い、だったのかな」


 自分の判断が揺らぐ中、校舎に再び鐘の音が響き渡る。

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