第2話 嵐君、お付き合いしてください2
時間が経って今は昼休み。
九十九のクリームパンとイチゴミルクが来るのをワクワクしながら待っていると、視界の端で俺に近寄ってくる人影が。
顔だけ動かし、確認する。
小柄で、あどけなさが残る顔立ちをした男子生徒。
中学生にも見えるが、俺と同い年の
九十九と同じく俺を避けない数少ない友人。
ただ九十九のようにまったく気にしないタイプではなく、「その目つきラノベの主人公みたい!」とオタクの漆葉が寄ってきたのが馴れ初め。
そんなことを言う漆葉の下の名前は
初めて聞いたときは少し驚いたが、当の本人は「主人公みたいでカッコイイでしょ!」と名前に誇りを持っているようだった。
「嵐、嬉しいことでもあった?」
顔に出ていたのかそう尋ねる漆葉。
「九十九のクリームパンとイチゴミルクを待ってる。早く来ないかなー」
「喜ぶのはいいけど、クラスのみんな嵐のニヤついた顔見て怯えてるよ」
漆葉の忠告を受け、クラスメイト達の顔色をうかがう。
誰も俺と視線を合わせてくれない。
「う、そんなに怖いのか?」
「僕は平気だけど、不良が不気味に笑ってたら嵐ならどうする?」
「怖いから見て見ぬ振りする」
「今のクラスメイトのみんながそんな状態」
クラスメイトは俺のことは不良って認識なのか。
「買ってきたぞー。漆葉も一緒か」
俺に例のものを渡し、机の向きを百八十度変えて俺の席とくっつける。
「僕も混ざって食べていい?」
「いちいち聞く仲でもないだろ」
漆葉は嬉しそうに近くの椅子を借りて近くに座る。
クリームパンとイチゴミルクは食後のデザートにと鞄にしまい、代わりに弁当箱を引っ張り出して机の上に広げた。
漆葉も親手製のサンドイッチを広げ、九十九は購買の惣菜パンの封を切る。
「嵐、今朝は遅かったけどどうしたの?」
「ちょっと風無さんに捕まって」
「あー、また」
納得した様子でサンドイッチを小さく齧る。
「僕は一度も注意されたことないなー」
「あの真面目な『鉄仮面の風無』だ。お前を不良と思って突っかかってるんじゃないか?」
九十九は大きな口で焼きそばパンにかぶりついてそう言う。
風無純花。この
成績優秀で真面目。風紀委員に属し、彼女のおかげで風紀が乱れずにすんでいるとの噂も絶えない。
常に無表情で業務をこなすことから『鉄仮面の風無』『氷の女帝』などと呼ばれている。
九十九の言う通り、あの真面目な風無さんなら勘違いしているかもしれない。
だとしたら早々にその勘違いを訂正しなければ。
深い溜息と共におかずを口に運ぶ。
「そんな深いため息吐くなよ。幸せ逃げるぞー」
美月さんと同じことを言う九十九に、さらにため息が重なる。
「そうとうまいってるみたいだね」
九十九よりかは心配してくれる漆葉だが、
「大丈夫! ラノベの展開的に嵐だったらその内学校一の美少女に告白されるから! 」
慰めの言葉が現実的じゃないから一切俺の心を癒してくれない。
「漆葉の言葉を肯定してるわけじゃないが、お前にもその内いいことあるって」
「本当にそう思うか?」
「思う思う」
と投げやりな態度の九十九
「あ、そうだ嵐。前に貸したラノベなんだけど」
その後はたわいない話をして昼食を楽しみ、午後の授業を迎えた。
何度か睡魔に襲われそうになったが、爆睡していた九十九が注意されたおかげで眠気が飛び、なんとか眠らずに授業を終えることができた。
「んじゃ、俺は陸上があるから」
九十九は鞄を持って部活に励みにいく。
漆葉は漫画の新刊を一刻も早く買いたいということでホームルーム終了後、誰より先に教室を出ていった。
俺も今日は暇だったからついていこうと思ったんだけど、その時にはすでに姿が見当たらなかった。
仕方なく一人寂しく帰ろうと、昇降口まで階段を下り、自分の名前が書かれた靴箱の扉を開ける。
同時に何かがひらひらと宙を舞いながら足元に落ちていった。
「なんだ?」
それを拾い上げてようやく気が付いたが、手紙のようだ。
封筒には「嵐陽太様」と書かれているが、差出人の名前がない。
警戒しながら恐る恐る封を開け、中身を取り出す。
淡いピンク色の紙に女子特有のキレイな文字が列を乱すことなく並んでいる。
余計に頭の中が混乱したが、まずは読むことにしよう。
『嵐君へ
お話したいことがあります。今日の放課後、旧校舎裏で待っています』
手紙にも送り主の名前は書いていない。
そして俺は万に一つの可能性をこの手紙から感じた。
これはいわゆるラブレターというものなんじゃないか?
いや、もしそうだとしてもこれは入れ間違いかもしれない。だけど俺と同姓同名、漢字まで一緒の人物がこの学校にいただろうか。
ではこの手紙は俺宛ということになる。
それで最も可能性が高いのは……
「いたずらか、罰ゲームか」
そもそもラブレター自体今時しないだろう。
無視してもいいだろうが、罰ゲームだとしてもさせられている子を放っておくのはかわいそうだ。
さっさと済ませて、罰ゲームを終らせてあげよう。
靴に履き替え、手紙に書かれた旧校舎裏へ歩く。
旧校舎は二階建ての小さな木造校舎で昔は使われてたらしいが、今の校舎が建ってからは一切使われず、もの置き場として現在は利用されている。
すぐに取り壊せばいいのに、学校の歴史として残してるとか。どうでもいいけど。
と、いつの間にか旧校舎に着いていた。
いつ見てもボロボロの校舎だ。
台風を経験しているはずなのによく耐えてるものだとたまに感心している。でもやっぱり人はいないな。
それで、この裏だったよな。
回り込んで裏に向かう。
こっそり顔を覗き、人がいないか確認する。
校舎の陰で薄暗いが、人の陰は見当たらない。
「やっぱいたずらかな」
隠れる必要がないことが分かり、体を物陰から出し、奥へと進んで念のため待ってみる。
だが待ってもやはり人はこない。
「帰るか」
ご丁寧に待っていた自分に呆れながら踵を返して帰ろうとした。
視線の先にいた人物に目を丸くする。
黒いおさげに黒縁眼鏡。その奥の鋭く大きな目でジッと俺を見つめていた。
「風無さん!?」
なぜここに風無さんがいるんだ。
はっ! 待てよ。
ここは人が来ない旧校舎裏。隠れてよからぬことをするには絶好のスポットといえる。
真面目な風無さんがここまで巡回しに来るのも不思議ではない。
だとしたら今とてもまずい状況なのではないか。
おそらく風無さんは俺を不良と勘違いしている。
そんな人物が人気のない校舎裏で一人何かしていたら勘違いが加速するのは間違いない。
「あ、ち、違うから! 別にここでタバコ吸ってたわけじゃないから! 誰かのいたずらでここに呼びだされて」
自分で言うのもなんだけど、より一層怪しさが増しているような。
しかし風無さんは無表情で俺に近寄ってくる。
「本当なんだ! 風無さんが考えてるようなやましいことは──」
「嵐君」
風無さんは俺の言葉を遮って呼ぶ。
気が気ではないが俺は黙って風無さんと視線をぶつける。
真剣な眼差しで風無さんは続けてこう言った。
「私と付き合ってください」
というわけで冒頭に戻るわけだけど。
「あの、風無さん」
「付き合うのですから下の名前で
なんですかその口が甘ったるくなりそうなニックネームは。
「あ、でも、ヒーくんが」
ヒーくんやめて。
「呼びたければ『すみすみ』でも『スーちゃん』でもどちらでも結構です」
「呼ばないよ、そんな呼び方をする仲でもないんだし」
「な、なんですって……」
なんか落ち込んでるように見えるけど、そんな呼ばれ方をされたかったの?
「……そういうことですか」
今度は一人納得した様子だけど。俺には全然わからない。
「さすがヒーくん」
ヒーくんやめて。
「私達のこれからの関係を見据えて今の内に呼び慣れておきたいってことですね。少々恥ずかしいですが仕方ないですね」
頭の中で疑問符が飛び交う中、風無さんは数度深呼吸をする。
「『あ』・『な』・『た』」
「うん、ちょっと待とうね風無さん」
首を傾げながら可愛らしく呼ぶけど、これ以上はさすがにと思い風無さんを止める。
「どうしたのかしらあなた。せめて下の名前で呼んでください」
「あの、『あなた』はやめて」
「では、『ダーリン』」
「ごめん。俺の説明不足だったね。いつもの呼び方でお願いします」
「恋人なのに距離を感じて寂しいじゃないですかダーリン」
だからダーリンやめて。
これは話が先行しているせいで勘違いしているのか。
まずはその勘違いを訂正させてもらう。
「風無さん。俺まだ返事してないよ」
「そうでしたね。うっかりしてました」
姿勢を正し、返事を待っている。
心なしか期待した目をしているような気がして心が痛いがハッキリ言おう。
「あの、ごめんなさい」
「なんで謝ってるんですか? 早く返事をしてください」
あれー? ちゃんと返事したよね?
「だから、風無さんとは付き合えない」
「そうですか」
やっと俺の返事が届いたようだ。
「では婚約ならしてくれるんですね」
「なんでそうなるのかな」
思ったことが反射的に口から出ていった。
付き合うことが出来ないのになぜ婚約はできると思ったのだろうか。
「では同棲」
「しないよ」
「結婚」
「しないよ」
「だったらなんだったらしてくれるんですか! 今朝昇降口で『彼女が欲しい』と言ってたじゃありませんか!」
えー! 要求のハードルをどんどん上げられてる俺が怒られるの!? しかもあの時の独り言聞こえてたの!?
「風無さん落ち着いて」
「落ち着いてますよ。私は冷静です」
見た目は冷静そうに見えるけど、俺の中では「私の体を好きに使っていいです」と言う人を冷静な人とは呼ばないです。
「それで、なんでお付き合いしてもらえないんですか嵐君」
呼び方はちゃんと戻すんだね。
「そもそも風無さんと俺って、まともに会話したことないよね」
「そうですね。この高校に入学してから一度もまともに話したことはありませんね。ですから少しでもお話したく、つい風紀委員の仕事といって何度も嵐君の足を止めさせてしまいました」
あれってそういうことだったの!?
っと、驚いてる場合じゃない。話を続けないと。
「そうなんだ。でも俺は風無さんのこと知らないから急に付き合ってと言われても」
正直な気持ちを伝えると風無さんは顎に手を添えて考え始める。
「分かりました。現段階で嵐君とお付き合いはできないのですね」
ようやく分かってくれたようだ。
「でしたら、まずは友人として接していこうと思います」
「はい?」
友人? なんで?
「嵐君は言いました。私がどういう人か分からないから付き合わない。ならまずは私のことを知ってもらった方がいいかと、そしてその後私とお付き合いを」
「ちょっと待ってね。友人はいいけど、だからといって必ず付き合うわけでは──」
「あらもうこんな時間。今日は用事があるのでこれで失礼します。明日からよろしくお願いします」
俺の言葉を遮り、一礼してから足早に去っていく。
一人残された俺は何がなんやらわからず立ち尽くしたままだった。
翌日、一人で解決できる問題ではないと判断した俺は昼休みの時間に、九十九達に相談することにした。
「それで昨日風無さんに付き合ってほしいって」
「ふーん、ほーん」
九十九は興味なさげにパンを齧ってスマホをいじっている。
「聞いてるのか九十九」
ようやく聞く気になったのか、だるそうにパンを口から離し俺に目を向ける。
「こういうのは俺じゃなくて漆葉に聞いてみればいいだろ。経験はなくてもこの手のラノベ読んでるだろうから」
「いや、あれはフィクションだし、そもそも」
九十九と共に隣の漆葉に視線を移す。
「ラノベ展開キタアアアアァァァァ! これはもうリアル二次元といっても過言じゃないよ! あっ! 今書いてるラノベの参考にしないと!」
「漆葉がまともな状態じゃない」
九十九は俺に視線を戻す。
「付き合えばいいじゃねえか。お前彼女出来そうにないし」
「そ、そんなことないし」
弱弱しく反発するが、九十九は大きくため息を吐く。
「その目つきの悪さじゃ女は怖がるぞ」
「うっ」
痛いところを突かれ言葉が詰まった。
「それなのに、なぁ」
何か言いたげに九十九はまだ手をつけていない俺の弁当に視線を落とす。
「女子顔負けの女子力を持ってるんだよな」
「そうか? 普通じゃないか? ほら見てくれよ。今日は卵焼きが綺麗に焼けたんだ。それにベーコンのアスパラ巻きも作ってきた。あ、タコさんウインナー食べるか?」
「女子か!」
叫んだ九十九は座り直して、再度パンに齧りついた。
「料理、裁縫できて、気配りもできる。普通なら良物件なのになー」
「それはつまりちゃんと話せば俺にも彼女が!?」
「バカ。目つきのせいで寄り付きもしないんじゃ会話以前の問題だろ」
それもそうだな。
落胆しながら箸を持つ。
「でも彼女欲しいなら尚更付き合えばいいんじゃんかよ」
「そうだけど。やっぱりちゃんとお互い知ってからの方がいいと思う。もしかしたら猫かぶってるだけかもしれないし」
実際風無さんがあんなことを平然と言える人とは思わなかったし。
しかも校舎裏で会話してる最中ほぼ無表情だったから言葉とのギャップがものすごかった。
「何より付き合ってから落胆されたくない」
「付き合うことにそこまで考える必要ないだろ。それにしてもまさかあの鉄仮面の風無がねぇ」
そこは自分でも驚いてる。
毛嫌いしてるならまだわかるけど、まさかその逆で、異性として好きなんて。
「お前も妙な奴に好かれたもんだな」
「まぁ、悪い人ではないのだろうけど」
箸の先でタコさんウインナーを転がす。
「それよりお前、重大なこと聞いてな━━」
九十九が何かを言おうとしたが、後方の扉が勢いよく開くと音がしたために会話が中断される。
驚いて振り返り、扉を開けた人物を視界に入れた途端に心臓が跳ね上がった。
「嵐君はいるかしら」
悩みの種である風無さんが、なぜか俺を探している。
クラスメイト達はざわつき始めるがお構いなしに教室に入った。
真っ直ぐ向けられていた視線が横に向けられ、食事をしている俺を捉えると、迷わず近寄ってくる。
「こんにちわ嵐君」
「こ、こんにちわ」
見下ろされながらではあるがとりあえず挨拶は交わした。
なんで風無さんがここに来たのか見当がつかず、おどおどしていると、風無さんは俺の腕を掴んでそのまま立ち上がらせる。
「嵐君借りますね」
「どうぞご自由に」
「ちょっと!」
助ける気のない九十九は連れ去られる俺に手を振って見送り、漆葉に関しては何かを期待しているようだった。
一方の俺はこれから何が起きるのか不安と弁当を抱きながら、されるがままにどこかへ連れていかれる。
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