4話 エンディング
「――というわけで、ヌアル平原の強い魔物はオレたちが退治したから安心してくれ」
バルオキーに帰ってきたアルドたちは、自分たちの帰りを心配そうに待っていてくれたおやじに事情と経緯を説明した。
子どもたちの怪我ひとつない元気な姿に、おやじは心底安心したようだった。
バルオキーの雲一つない空の下で、おやじがアルドに頭を下げる。
「ありがとうな、アルド。おまえたちのおかげで、この村も子どもたちも助かった。やっぱりおまえは頼りになるなあ」
ははは、と明るく声を立てて笑うおやじに、アルドは照れ臭そうに後ろ頭をかいた。
「オレひとりの力じゃないよ。仲間が、みんながいてくれたから、村も子どもたちも守ることができたんだ」
「ほお。いい仲間たちと出会えたみてぇだな、アルド」
おやじは、アルドの後方にいるギルドナたちに目をやる。
「これからのことなんだが、よかったらみんなで酒場へでも行って、労いの打ち上げでもやらないか。アルドだってそう頻繁にはバルオキーに帰ってこれねぇだろ。たまになんだから、村のみんなを集めて食事でもしようぜ」
「いいな! ありがとう、おやじさん。みんな、それでいいかな?」
アルドが仲間たちを振り向くと、みんな二つ返事でうなずいた。
「あったりまえじゃない! だから、水臭いこと言わないでって言ってるのよ、アルド。たまの帰省なんだから、この際、バルオキーに泊まっていきましょ」
エイミが笑顔で言い、
「わーい! おじいちゃんとも長くお話しできそうだね。わたし、おじいちゃんに旅のお話したくさん聞いてほしいんだ!」
フィーネが嬉しそうに両手の指を合わせる。
サイラスが、ケロケロ、と喉を鳴らした。
「拙者、戦いのあとでお腹が空いたでござる。バルオキーの郷土料理、楽しみでござるな」
「決まりだな。じゃあ、こっちだ」
おやじが手招きして、仲間たちや子どもたちが連れたって村の酒場へと向かっていく。
そんな仲間たちを見守りながら、最後にアルドが歩き出そうとしたところで、残っていたワットがアルドを見上げた。
「……なあ、アルド兄ちゃん」
「ん? なんだ?」
アルドは足を留めて、ワットに向き直った。
ワットは、少し悔しそうに歯を食いしばりながら、言う。
「……僕、ヌアル平原であの強い魔物を前にしたとき、足がすくんで動けなかったんだ。僕、大きくなったら、アルド兄ちゃんやダルニス兄ちゃんみたいに、バルオキー警備隊に入って村を守りたいと思ってたのに……」
「ワット……」
ワットは、下で拳を握りながら、必死でアルドを見上げる。
「なあ、アルド兄ちゃん、どうしたら僕、強くなれるのかな? どうしたら、強い魔物が出ても、村や村のみんなを守るために、アルド兄ちゃんみたいに戦えるのかな!?」
ワットの真剣な様子に、アルドはちゃんと答えなければと、腕を組む。
「そう……だな。ヌアル平原で魔物に襲われたとき、ワットは、他の子どもたちを守ろうとしただろ?」
「うん……」
「その気持ちだよ。自分の力で誰かを守りたい、誰かを救いたい、その気持ちがあれば、おまえはどんどん強くなれるって、オレは思うよ。力は誰かを傷つけるためじゃない、誰かを守るためにあるんだ。そのことを忘れなければ、正しい方向に進んでいけるよ」
誰かを救いたい――自分は、エデンを救いたいのだ。
孤独に押しつぶされそうになっているエデンを……――守るために。
「力は、誰かを守るためのもの……」
その言葉を大切に胸に刻むように、ワットはつぶやく。
アルドも、それをもう一度自分の胸に刻み込んだ。
(そうだな。力は、誰かを守るためのもの……。オーガベインの力も、俺についてきてくれた仲間たちの力も、大切にしなきゃいけないな)
自分と出会ってくれた、たくさんの仲間たちの顔を思い浮かべる。
みんなそれぞれに抱えていることがあり、それに向かってみんなが進んでいく中で、縁あって自分の仲間になってくれたのだ。
彼らのことを守りたい――アルドは、あらためてそう思った。
アルドは、ワットの背丈に背をかがめて、彼の頭にそっと手を乗せる。
「ワット、戦う力をつけて強くなることも大事だけど、それ以上に、仲間や友だちのことを大切にするんだぞ。仲間や友だちこそが、自分の一番の力になってくれるんだからな」
お互いに助け合って生きていく――。
たとえ最初はわかり合えなかったとしても、いつか足並みがそろうときがくるかもしれない。魔獣族のギルドナと、人間族の自分が仲間としてわかり合えたように。
ワットは、頭に乗せられたアルドの手にくすぐったそうにしながら、笑った。
「わかったよ、アルド兄ちゃん。僕、友だちを大事にするね。友だちが困っているときは助けに行って、僕が困ったときは友だちに助けてもらう。そうやって、お互いがお互いの力になれたらいいよね!」
えへへ、と嬉しそうに言うワットに、アルドは表情をほころばせた。
「そのとおり。自分が誰かの力になっていれば、きっと誰かも自分の力になってくれる。そうやって、誰もが優しくなれる世界になるといいな」
「そうだね。アルド兄ちゃんが優しいから、きっとたくさんの人がアルド兄ちゃんの力になりたくて、兄ちゃんのところに集まってきてくれるんだね」
ワットがアルドに笑いかけて、たたたっと走り出す。
「アルド兄ちゃ―――ん! 僕たちもみんなのところにごはん食べに行こう!」
早く早く、とワットがアルドに手招きする。
「わかった、すぐに行く!」
アルドは、酒場を目指して走っていくワットの小さくなっていく背中を眺めながら、いまワットに言われた言葉を反芻していた。
「オレが優しいから、か……」
自分ではそういうことはよくわからないけれど、困っている人がいたら放っておけない性分なのだ。
そうだからか、手あたり次第にいろいろなことに首を突っ込んでしまうので、自分は事件に巻き込まれてばかりで――どちらかというと慎重なギルドナやエイミには注意されてばかりだ。
それでもギルドナもエイミも、他の仲間たちも、自分のためにたくさん力を貸してくれる。いつだって、自分のそばにいてくれるのだ。
「旅の仲間になってくれたみんなに、感謝しないとな」
アルドは、仲間ひとりひとりの顔を思い浮かべながら、ゆっくりと歩き出す。
自分たちの進む旅路は、まだ遠く遠く先へと続いているのだ。
――バルオキー村の酒場。
祝勝会と称して催された立食パーティは、いつの間にか、村のみんなを集めてのアルドおかえりなさい会となっていた。
酒場のマスターが用意してくれた自慢の料理の数々――塩漬け肉を練り粉のパンで挟んだものや、鳥肉とじゃがいものミルクシチュー、蒸した魚をたっぷりのバターで炒めたものや、シロップ漬けにした果実、ドライフルーツなどなど、酒場のテーブルに乗りきらないほどの料理がみんなを出迎えてくれた。
パーティには、黒縁眼鏡におかっぱ頭をした女の子のアシュティアや、村に住んでいる娘や若者、それから、アルドの家に住み着いている黄色の体をした魔獣のモベチャとその相方の緑色の体をしたぺポリもちゃっかり参加している。
わいわいがやがやと、酒場はいつも以上の賑わいを見せていた。
大勢のバルオキーの人たちに囲まれているアルドを少し離れたところから見守っていたギルドナは、となりで酒場の壁に寄りかかって立っているアルテナを横目に見る。
「アルドは、たくさんの人間に好かれているようだな。あのどこまでもお人好しの性格ならば納得だがな」
フッ、と笑うギルドナに、アルテナもくすくすと小さく笑う。
「だって、私たちもアルドに感化されたひとりだものね」
「言えてるわ。私だってそうだもの」
飲み物のグラスを片手に歩み寄ってきたヘレナが、アルテナの言葉にうなずく。
「魔獣族のギルドナとアルテナも、そして合成人間の私も仲間にしてしまうのが、アルドの良いところなのよね。彼と一緒に行動していると、本当に、すべての種族がわかり合える日が来るんじゃないかと思えるわ」
ヘレナが、たくさんの人びとに話しかけられて笑顔を返しているアルドを見つめながら、しみじみと言った。
そこへ、昼間ワットと行動していた男の子が、オレンジジュースを両手で持ちながら、ギルドナとアルテナの前にちょこちょことやってくる。
「……あ、あの、魔獣族のお兄さん、お姉さん」
「ん、どうした?」
思いのほかギルドナが優しい声音で話しかけて、アルテナとヘレナは内心びっくりしてお互いの顔を見合わせる。そうしてそんなギルドナの横顔を見やった。
強面のギルドナにびくびくしていた男の子は、ギルドナの優しい様子に、ふっと緊張を解いて明るい声で続ける。
「あ、あの、おいら、最近、魔獣の子と仲良しになったんだ」
「ほう……?」
ギルドナが少しだけ目を見開く。
男の子は、必死にうなずいた。
「それで、実際話をしてみたら、魔獣の子も、おいら達も、ちっとも変わらないんだ。フィーネ姉ちゃんの言うとおりだったんだよ」
「フィーネの?」
今度はアルテナが目をぱちぱちする。
「アルテナ、呼んだ?」
そこへ、自分の名前が聞こえたのか、フィーネが小走りでやってくる。
アルテナは、そんなフィーネに親友に向ける優しい笑顔を浮かべた。
「ええ。この男の子が、フィーネのおかげで、魔獣の子も人間の子もどこも変わらないってことに気づいてくれたみたい。だから嬉しくなっちゃって」
「そうだったんだ!」
ふふふ、と嬉しそうに頬を上気させて笑うアルテナに、フィーネもにこりと笑う。
「そうだよね。魔獣族も人間族もなにも変わらない。もっと言えば、合成人間のヘレナたちだって、この世界に生きるわたしたちとなにも変わらないんだと思う。みんなが、自分たちが天下をとるんだーっていがみ合わないで、お互いに手を取り合って、この世界を守っていけたらいいよね」
フィーネが穏やかに笑って、アルテナもギルドナも、ヘレナも心がじんわりと温かくなって、表情がほころんだ。
ギルドナが、あいかわらず人に囲まれているアルドを、どこか眩しそうに見つめる。
「あいつが俺たちの中心にいてくれるかぎり、いつか、魔獣族と人間族、そして合成人間が共存できる世界が訪れるかもしれないな。俺はいつだって、そんなあいつの力になってやりたいと思う」
「あはは、ギルドナ兄さん、アルドのことをとても信頼しているのね!」
アルテナが嬉しそうに言い、ギルドナは少し気恥しそうに目をそらす。
「あ、あたりまえだ! アルドだから、俺はあいつの旅についていこうと思ったんだからな。あいつならば、きっと俺の理想を叶えてくれると思ったからだ」
魔獣王という立場として、あいつについていきたいと思ったんだ――ギルドナは、口には出さないけれども、心の中でそう思う。
いつかアルドに面と向かって伝えられればいいが、なかなか正面切って言うには恥ずかしくて、伝えるのはだいぶ先になりそうだった。
「おーい、ギルドナ!」
噂をすればなんとやらで、アルドがにこやかにギルドナに向かって手を振ってくる。
「なんだ、アルド」
「これからマスターの得意料理のバルオキー風リゾットの試食会をやるんだけど、ギルドナの感想も聞かせてもらえないか? マスターが、魔獣族の意見も聞かせてほしいって」
「フッ、そんなことならお安い御用だ。先に言っておくが、俺はグルメだぞ」
「ああ、たしかにギルドナってグルメそうね……。ちゃぶ台ひっくり返してそうだし」
試食会に参加しているエイミが、納得したふうに、うんうんとしみじみ首を縦に振る。
「ちゃぶ台……。俺は食べ物は粗末にはしないぞ、エイミ」
ギルドナがぶつぶつと言いながら、エイミのとなりに腰かける。
もう幾度となく一緒に食卓を囲んだ仲だからか、みんなで一緒に食事をとることが癖になっていた。
マスターが用意したバルオキー風リゾットは、ラクニバ産の真っ赤なマトマをふんだんに使った、マトマの旨みたっぷりのとろとろリゾットだ。
「アルドくん、できたよ。バルオキー風リゾット、どうぞみなさん召し上がれ」
マスターがみんなのテーブルに、小分けにしたリゾットをことりと置いていく。
ふんわりと白い煙を上げているリゾットは、こんがりと溶けたチーズの香りがふわっと香る、見ているだけで口の端からよだれが垂れてきそうなものだった。
「うわあ、すごく美味しそう……! こんなに美味しそうな料理なら、何杯も食べられちゃいそうね!」
エイミがリゾットを見て目を輝かせると、またアルドが余計な一言を言う。
「ああ、大食いのエイミだったら、一口でいけそうだよな!」
その途端、エイミの笑顔にぴしっとひびが入った。
「ア~ル~ド~? 誰が大食いですって!?」
「しまった、口がすべった……!」
酒場の中を逃げ惑うアルドと、拳を突き上げてそれを追いかけまわすエイミに、パーティに集まっていた村びとたちや、仲間たちから温かい笑いが起きる。
ギルドナは、そんなアルドとエイミのドタバタ劇を背景に、至極落ち着いた上品な仕草でリゾットにスプーンを入れ、それを掬って口の中へと運んだ。
魔獣族の王族たるもの、常に優雅さと気品を忘れてはならないのだ。
「……ああ、旨いな」
優しい味だ。
口の中に温かさが広がって、体だけでなく、心まで温めてくれるようだった。
あのお人好しのアルドが生まれ育った、バルオキーの村を表すかのように、素朴でおだやかな味をしている。
いつのまにかすっかり日が落ちて、酒場の窓からはほの暗い外の景色と星空が覗いていた。
ギルドナはことりとスプーンを置くと、ふと、その窓から見える星空に思いを馳せる。
(……今ごろ、コニウムにも同じ星空が広がっているんだろうな)
魔獣族と人間族――。
種族は違えど、この空は同じように魔獣族と人間族の上に広がっている。
空には種族の垣根などない。
空は、誰をも平等に見下ろしているのだ。
(――……いつか本当に、この世界に住むたくさんの種族が、おたがいを守り、助け合える日がくるといい……)
魔獣王として一度道を間違えてしまった自分が、今度こそ正しい道を進めるように。
もう二度と、同胞たちに傷を負わせることがないように。
(アルドと一緒にいれば、間違うこともないだろう)
彼は自分が見込んだ男だ。
彼の優しさと強さ、その正義感と信念は、きっとこの世界に住む皆を正しい方向へと導いてくれるだろう。
(……きっと、本人はそうとは気づかずに、どこまでも真っ直ぐに進んでいくんだろうけどな)
自分は、彼の背中を守り、彼と一緒に歩んでいこう。
魔獣族と人間族が、わかり合えるその日まで。
種族の垣根を越えて、たくさんの仲間たちに愛されるアルドを見ていると――皆が手を取り合える世界が来る日は、そう遠くはないようにギルドナには思えた。
――Quest Complete.
おわり
時空戦隊バルオキー・レンジャー 山崎つかさ @yamazakitsukasa
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