3話 クライマックス


 そうして、ヌアル平原の奥地まで進んだあたりだった。


「うわぁあああっ、で、出た―――っ!!」


「グオオオオオッ!」


 ワットのものと思われる悲鳴と、それに続いて魔物の雄たけびが響き渡ったのだ。


 雄たけびはアルドたちのいる場所がびりびりと震撼するほど大きく、この先に強い魔物がいるのだと想像させるものだった。


 アルドはギルドナや仲間たちを振り返る。


「マズい……! ワットたち、おやじの言ってた魔物と遭遇したのかもしれない! みんな、急ぐぞ!」


「アルド! 子どもたちの助けに入るときは手筈どおりに行くぞ!」


 先頭で駆けだしたアルドの代わりに、エイミがギルドナのとなりを駆け抜けざまに可愛らしく片目をウインクする。


「オッケー、わかってるわ! 時空戦隊バルオキー・レンジャーの登場、でしょ!」


 サイラスも駆け出しながら、楽しそうに、くくく、と笑った。


「拙者、なんだかわくわくしてきたでござる。普通に助けに入るよりも、ちょっとオツでござるからな!」


「正義のヒーローの登場は、いつだってキマっているものデス、ノデ!」


 リィカがツインテールをくるくると何度も回しながら走り出す。


 そうして平原の少し開けた場所に出たところで――アルドたちは、おやじの言っていた強い魔物に子どもたちが襲われそうになっている場面に出くわした。


 魔物は、通称、森の番人と呼ばれる巨大な鬼で、筋肉ムキムキの臙脂色の巨体に、口には鋭い牙がずらりと並んだアベトスだった。


 丸太のように太い腕をしたごつごつの手には、頑丈そうな巨石でできた槌を持っている。


 あの凶悪な槌をあの巨体で振り下ろされたら、子どもたちはひとたまりもないだろう。


 ワットではないもうひとりの男の子が、森の番人を前にして、震える足で踏ん張る。


「お、おびえるな、隊員! お、おいらたちは、バルオキー・レンジャーなんだ! 正義のヒーローなんだぞ! 魔物なんか、こ、怖くないやいっ!」


 男の子が涙と鼻水で震える声で鼓舞したけれど、女の子が一歩、二歩と森の番人から後ずさる。


「そ、そんなこと言ったって、あんな強そうな魔物、わたしたちでやっつけられるわけないよお! 早く逃げなきゃやられちゃうよッ……!」


「グオオオオオオッ!」


 怯えている三人を威嚇するように、森の番人が再度雄たけびをあげる。


「ひ、ひいっ……!」


 男の子が、恐怖で青ざめたままその場から動けなくなる。


 あまりの怖さに、金縛りにあってしまったのかもしれない。


「か、か、体が、動かなっ……」


 そのとき――


 そんな男の子と、後ずさりしている女の子を見やって、ワットがふたりを庇うようにひとりで森の番人の前に立ちはだかった。


「魔物め、この僕が相手だ……! ど、どこからでも、かかってこい!」


「ワットっ……!」


 男の子と女の子が、自分たちの前に両腕を広げて立ったワットの背中に向かって叫ぶ。


「グオオオオオッ!」


 森の番人が、自分の前に立ちふさがったワットめがけて、巨大な石の槌を大きく振りかぶった。ワットが痛みに耐えようとしてか、ぐっと固く目を閉じる。けれども、けっしてその場から逃げようとはしなかった。


「ワット、逃げて……!! 誰かっ、お願い! 助けてっ……、助けてヒーロ――――っ!!」


 女の子が、泣きながら両手で顔を覆って泣き叫んだ――そのとき!


「――魔物よ、そこまでだッ!」


 どこからか、アルドの勇ましい声が場内の森の番人と子どもたちの間に割って入った。


「だ、誰っ!?」


「グオッ!?」


 ワットを含んだ子どもたちが声のしたほうをきょろきょろと探し、森の番人も、邪魔が入ったとばかりに不愉快な顔でワットに振り下ろそうとしていた槌をいったん下ろす。


 子どもたちと森の番人の視線の先、ヌアル平原の小高い丘の上に、きらきらと輝く太陽の光をその背に背負った五人の戦士たちの姿があった。


 逆光で顔ははっきりわからないが、五人の戦士は、全員仁王立ちをしていて両手を腰に当てている。


「みんな、行くぞッ! とうッ!」


 その五人の中央に立っている人物からアルドの声がしたかと思うと、五人はその場で飛び上がり、一回転ジャンプをして子どもたちと森の番人との間に華麗に降り立った。


「アルド兄ちゃんっ……!?」


 ワットの驚きと希望に満ち溢れた言葉に、アルドは子どもたちに背を向けたままちらりと振り返ると、あとは任せろとばかりに、にっと笑ってみせた。


 アルドは、その場で足を広げて立ちながら、片手をシャキーンっと空に掲げる。


「――みんなに愛される主人公、世界を救う時空の戦士、バルオキー・レッド見参!」


 アルドは、ギルドナが即席で考えた決め台詞をここぞとばかりに言い放つ。


 続いて、アルドの向かって左側に立っていたギルドナが片手をしゅぱっと上げた。


「――人呼んで魔王とはこの俺のこと、泣く子も黙る魔獣王、バルオキー・ブルー!」


 次に、アルドの向かって右側に立っていたエイミが片手を突き上げる。


「――貰ったプレゼントは筋トレ用具と武器ばかり、イシャール堂の看板娘、バルオキー・イエロー! ……って、ほんとなんなのよこのセリフ!」


 憤慨しているエイミの向かって右側、リィカがツインテールをくるくると回す。


「――ラブリーでキュートな人型アンドロイド、女子力バツグン、バルオキー・ピンク、デス、ノデ!」


 最後に、ギルドナの向かって左側にいたサイラスが、腰を低くして刀に手をかけた。


「――カエル姿の孤高の剣士、推定年齢37歳、バルオキー・グリーン、推参でござる!」


 五人全員が決め台詞を完璧に決める。


 そうしてアルドが左右のみんなに目配せをすると、全員がシャキーンっと片手をあげてファイティングポーズをとった。


 五人が声をそろえて、ヌアル平原全体に響き渡るほど勇猛な声で言う。


「時空戦隊バルオキー・レンジャー、ここに見・参っ!」


 それに合わせて、背後の草むらの陰に待機していたフィーネとアルテナとヘレナが、小道具を使ってアルドたちの背後でちゅどーんっと小規模な爆発を起こした。


 もくもくと煙が立ち上る中、ファイティングポーズを決めた五人の凛々しくもどこかダサくて笑える姿が際立つ。


「バルオキー・レンジャー!?」


 女の子がぽかんと口を開けた。


「す、すごい、すごいっ、本物のバルオキー・レンジャーだ! 正義のヒーローが僕たちを助けに来てくれたんだ!」


 ワットが歓声を上げながら、「ありがとう、アルド兄ちゃん!」と涙ぐむ。


 アルドならぬバルオキー・レッドは、ワットの言葉に振り向かずにうなずくと、仲間たちに号令をかけた。


「みんな、行くぞっ! 子どもたちを助けるんだ……!」


 バルオキー・グリーンのサイラスが刀を抜き払った。


「応ッ、でござる!」


「最初っから飛ばすわよ!」


 バルオキー・イエローのエイミが拳を打ち鳴らす。


「制圧させていただきマス!」


 バルオキー・ピンクのリィカが目を赤く光らせる。


「泣いて謝るなら今のうちだぞ」


 バルオキー・ブルーのギルドナが、自慢の大剣をずしんと床に突き刺した。


 突然乱入したバルオキー・レンジャーに、森の番人は、グルルル、と奥歯を噛みしめて怒りから体中を震わせる。


 そうしてアルドたちを睨むように見据えると、ターゲットを子どもたちから完全にアルドたちに切り替えた。


 アルドは長剣を抜き払い、電光石火のごとく先陣を切っていく。


「まずはオレから行くぞ! うぉおおおおお、竜神斬!」


 剣を大きく振り上げて、アルドが森の番人の肩から腰にかけてを斜めに切り裂く。


「グオオオオッ!」


 森の番人が悲鳴をあげて、痛みに混乱しながらめちゃくちゃに石の槌を振り回した。


「わっ、とっ! 危ないじゃないっ……!」


 振り下ろされる石の槌を、右へ左へと華麗に跳んでかわしながら、エイミが森の番人の正面に降り立つ。


「……いくわよッ! トリプルダウン!」


 エイミは右ストレートと左ストレートを森の番人の両頬にお見舞いすると、仕上げとばかりに、地面に両手をついてバク転でのキックを森の番人の顎にお見舞いした。


「グウウウウッ!」


 森の番人は苦しそうに後ろにのけ反ると、体勢を崩してふらりと後ろに傾ぐ。


 けれども、すぐに体勢を立て直した森の番人は、反撃でその巨体からは想像もできないほど軽やかにジャンプした。


 そうして森の番人は、アルドたちを飛び越えて、後方にいた子どもたちの前に立ちはだかる。


「ワット、みんなっ……!」


 アルドが、しまった、と奥歯を噛みしめながら振り返る。


 突然眼前に現れて、自分たちの視界にぬっと黒い影を落とす森の番人に、子どもたちは、ひっ、と喉を鳴らしながら震え上がった。


「大丈夫よ、みんな! ここは私に任せて! ――精霊武舞!」


 アルテナが子どもたちの前に飛び出して、天に向かって弓を引き絞ると、光をまとった四本の矢が森の巨人に降り注いだ。


「ギャオオオオッ!」


 森の番人が、矢の攻撃を受けた箇所を押さえながら、痛みにのたうち回る。


「ここは拙者の出番でござるな! 水面斬り!」


 サイラスが振りかぶった刀が水の羽衣をまとい、それを痛みで我を忘れている森の番人に向かって思いきり振り下ろした。


「グガアアアアッ!」


 森の番人は平原を震撼させるほどの悲鳴をあげて、後ろに大きくよろける。


 そのあいだに、フィーネが怯えている子どもたちを優しく抱きしめたり励ましたりしながら、安全なほうへと連れて行った。


「みんな、こっちだよッ……! 怪我はない?」


 子どもたちが、森の番人から逃げようとしたときに浅い擦り傷や切り傷を負っていたので、フィーネが子どもたちの怪我に手をかざして回復させている。


 大きくのけぞって体が開いた森の番人を見据えて、ヘレナが片手を向けた。


「アルド、敵の物理攻撃を下げるわ! そこを仕留めて! ――ブラックホール!」


 ヘレナの技で森の番人の物理耐性が下がったところで、アルドが近くにいたギルドナに声を投げかける。


「ギルドナ、決めるぞ!」


「任せておけ、アルド!」


 アルドとギルドナが、それぞれの得物を構える。


 そうして――


「うおおおおおっ、エックス斬り・改っ!!」


 アルドの長剣が、ギルドナの大剣が宙を切り裂く。


 ふたりが、目にも留まらぬ速さで森の番人に切りかかり、クロスしてその後方へと抜けたところで――森の番人の肢体が、アルドの太刀筋とギルドナの太刀筋によって大きなエックス字に切り裂かれた。


 アルドとギルドナが、キンっ、とそれぞれの剣を鞘に収めたと同時に、それを待っていたかのように、森の番人が鮮血を吹き出しながら後方へと仰向けに倒れ込む。


 ずずーんっ、と地を震撼させて倒れた森の番人は、断末魔の声をあげる暇もないまま、息絶えてその体を消滅させた。


「……ふう、なんとか倒せたな」


 額の汗を拭いながら、アルドがほっとして言う。


「ふん、まあ、アルドと俺の敵ではあるまい」


 ギルドナが、にやりとアルドに笑いかける。


 フィーネに守られていたワットたちが、わっとアルドたちに駆け寄った。


「……怖かったっ、怖かったよぉ……!」


 男の子がアルドに抱きつきながら泣きじゃくり、


「アルド兄ちゃん、かっこよかった! 助けてくれてありがとう!」


 ワットが言って、女の子がぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねながら言う。


「お兄ちゃんもお姉ちゃんもすっごく強かった! いいなあ、わたしもお兄ちゃんやお姉ちゃんみたいに強くなりたい!」


 両手の拳を握って言う女の子に、エイミが女の子の肩にそっと手を乗せる。


「その気持ちがあれば、きっとすぐに強くなれるわ! ふふっ、将来が楽しみね!」


「……エイミには似ないほうがいいと思うけどな」


 ぼそ、とアルドが言うと、もうお約束とばかりにエイミが目が笑っていない笑顔で、ばしん、ばしん、と両手の拳をぶつける。


「ア~ル~ド~、あなた、まだわかってないみたいね? 一発殴ってあげましょうか?」


「い、いいえ、遠慮しておきます……!」


 冷や汗を浮かべるアルドに、子どもたちや仲間たちから明るい笑いが漏れる。


 アルドはそんな子どもたちと仲間たちに目配せすると、よし、と腰に手を当てた。


「じゃあ、最後にみんなであれをやらないか?」


「あれ?」


 聞き返すフィーネに、アルドは満面の笑顔でうなずく。


「ああ、バルオキー・レンジャーの決めポーズをやっておこう」


「あら、いいわね、それ!」


 エイミが、賛成、とばかりに手を叩いた。


 アルドが子どもたちや仲間たちの顔を見回す。


 そうしてみんながうなずいたことを確認すると、アルドは片手をシャキーンっと空に伸ばした。


「――時空戦隊バルオキー・レンジャー、ここに見・参っ!」


 ちゅど~んっ、とみんなの背後で、フィーネとアルテナとヘレナが起こした小規模な爆発が起こる。


 もくもくと浮かび上がる煙の前で、片手をあげてファイティングポーズを取ったアルドやワットたちバルオキー・レンジャーたちの雄姿が刻まれた。

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