2話 ミドル
ヌアル平原は、染み入るような緑の芝生に、どこまでも透き通った青い空、白や黄色や紫の小さな花々の咲き誇る、のどかで美しい場所だ。
その平原に足を踏み入れたあたりで、アルドはいったん足を止めた。
「ワットたち、どこまで行ったんだ? 手遅れになるまえに早く探さないと!」
サイラスが、腰の刀の柄に手を置きながら辺りを見回す。
「子どもの足でござるから、そう遠くまでは行っていないでござろう。それにしても、じつに勇敢な子どもたちであるな。バルオキーは将来安泰ではござらぬか?」
「勇敢というか軽はずみというか、なんとも言えないけどな。でも、たしかに、強い魔物に怯まないところは勇気があるかもしれないな」
アルドが苦笑して、お約束とばかりにリィカを振り返る。
「リィカ、いつものやつをお願いできるか?」
「ハイ、アルドさん。お任せくだサイ」
リィカがうなずき、自慢のツインテールをぐるぐると回転させる。
「生体レーダーオン、広域でサーチを開始シマス」
ピピピ、ピピピ、とリィカが目を黄色に点滅させて周囲のリサーチを始める。
「――生体反応、アリ。西の方角に、三つの生命体を観測しまシタ!」
「よかった、生体反応があったわね。子どもたちはたぶん無事だわ」
アルテナが冷静に言って、フィーネが、よかったあ、と胸を撫でおろす。
ヘレナが前方に目を凝らした。
「どちらにしろ、急いだほうが良さそうね。子どもたちだけで敵う相手ではないわ」
「そうだな、急ごう!」
ヘレナの言葉を聞いて駆けだそうとしたアルドを、ギルドナが、すっと片手をあげて制止した。
「――アルド、ひとつ提案があるんだが」
「なんだよ、ギルドナ? 早くしないと子どもたちが……!」
「そう焦るな。これから、俺たちは間違いなく子どもたちを魔物から助ける救出劇になると思うんだが、ひとつ、提案があってな」
「提案?」
エイミが首を傾げる。
ギルドナは、そんなエイミに軽くうなずいた。
「ああ。あの子どもたちは、戦隊ヒーローに憧れていただろう?」
「それは、そうでござるな。あの子どもたちは、己らのことをバルオキー・レンジャーと申していたでござるからな。して、それがなにか?」
サイラスがギルドナに問いかけると、ギルドナは不敵だけれどどこか楽しげに笑んだ。
「なに、ちょっとした思いつきなんだが、どうせ子どもたちの助けに入るのならば、ひと工夫して、俺たちであの子どもたちに戦隊ヒーローがどういうものなのか、手本を見せてやろうと思ってな」
「あ、ちょっとそれ、面白そうね!」
エイミがにやりと笑い、アルドも納得したふうにうなずく。
「なるほど。子どもたちのピンチに駆けつける正義のヒーローか! なんだかかっこいいかもしれないな」
仲間のみんなが賛同したところで、アルテナがすっと手を挙げる。
「それで、配役はどうするの、ギルドナ兄さん?」
「ふむ。配役はさっき村で提案したとおり、レッドがアルド、ブルーが俺、イエローがエイミ、ピンクがリィカ、グリーンをサイラスとし、戦隊名は、時空戦隊バルオキー・レンジャーでいく。それで、それぞれの隊員の決め台詞なんだが――」
「決め台詞っ!?」
ギルドナの何気ない一言に、アルドが驚いて思わず口を挟む。
ギルドナは、なにかおかしいことがあるかとばかりにアルドを見返した。
「戦隊ヒーローといえば、登場したときの決め台詞が必要だろうが。アルド、おまえ本当にヒーローごっこをやったことがあるのか?」
「えええっ、あることはあるけど、ギルドナは本格的だったんだな……」
ううむ、とアルドは額に人差し指を添えて眉根を寄せる。
サイラスが、ケロケロ、と喉を鳴らした。
「それで、決め台詞はなににするでござるか? 拙者、これでも演技は得意でござるよ」
「それは助かる。では、俺が即席で考えた台詞なんだが――」
ギルドナを取り囲んで、アルドたちは自分たちの登場シーンをリハーサルする。
時空戦隊バルオキー・レンジャーの活躍が、もうすぐそこまで迫っていた。
ヌアル平原を駆け抜けるアルドたちの前に、幾度となく魔物たちが立ちふさがる。
「ガルルルルっ!」
まず現れたのは、小柄な黄色い肢体に、木でできた粗末な棍棒を持った二体のゴブリンだった。
ギルドナが大剣を抜き払う。
「ふん、雑魚どもが……! スキルなど使わなくても通常攻撃で十分だ。いくぞ、アルド!」
ギルドナが先陣を切ってゴブリン一体を一刀両断し、それに続いてアルドがもう一体を横なぎに切り倒す。
ゴブリン二体があっけなく倒されたところで、リィカの電子音が響いた。
「――アルドさん、後方からも二体のゴブリンを観測しまシタ! こちらで対応シマス!」
「頼む!」
まるでアルドたちを挟み撃ちするかのように、後方からもゴブリン二体が出現する。
けれども、後方で待機していたエイミが、待ってましたとばかりに腰を低くして拳を構えた。
「この拳で打ち砕いてやるわ! 行くわよ!」
地を蹴ったエイミが、疾風のごとくゴブリンの懐に飛び込み、顔面に痛快な一撃をめり込ませる。その体勢のまま地面に片手をついて、足を回転させてもう一匹のゴブリンの横面を蹴り飛ばした。
ゴブリン二体は、自分たちになにがあったのかもわからないほどの速度で、エイミによって打ち倒される。
「……あら、私の出番がまるでなかったわね」
エイミと同じように後方に待機していたヘレナは、あっという間にゴブリンを倒したエイミに、さすがね、と称賛の言葉を向ける。
「このくらい軽い軽い! ヘレナに怪我がなくてよかったわ」
エイミが、手をぱんぱんと払いながら、ヘレナに笑いかける。
魔物を掃討していつもの静けさを取り戻す平原の中、エイミはアルドを振り返った。
「オーケー、アルド、次行きましょ!」
「……なんというか、エイミって本当に鬼のような強さだよな……」
アルドがぽつりと言って、そのつぶやきを拾ったエイミが、また目の笑っていない笑顔でぼきぼきと指を鳴らす。
「……アぁルぅドぉ、なにか言ったかしら?」
「うわっ!? な、なにも言ってません、ノデ!」
「……アルドさん、困ったからって、ワタシの口調を真似ないでくだサイ」
リィカが至極真面目な顔でツッコミを入れて、フィーネがぷくっと頬を膨らませる。
「もう、お兄ちゃんたち、今はお話ししてる場合じゃないでしょ!」
フィーネのとなりにいたアルテナも、そうよ、と同意する。
「フィーネの言うとおりよ。子どもたちになにかあってからじゃ遅いんだから!」
「ふむ、そうだな。アルド、フィーネとアルテナに謝るがいい」
ギルドナがしれっとした顔で言って、アルドが心外とばかりに後ろにのけ反る。
「ええっ!? ギルドナだって話してたじゃないか! なんで俺ばっかり!」
「お兄ちゃん、もう、早くしてってば!」
フィーネがぷんすこと両方の頬を可愛らしく膨らませて、アルドはがっくりとうなだれる。
「ス、スミマセン……」
そんなこんなで、一行が魔物を都度蹴散らしながらヌアル平原の奥地へと足を進めると、もどかしいほどに魔物たちに行く手を阻まれた。
「キャキャキャ!」
今度アルドたちがエンカウントしたのは、ゴブリンと同じく小柄だけれど、植物に似た緑色の葉っぱのようなものを頭に乗せた、プラームゴブリンという魔物だった。
プラームゴブリンは、右手に短剣を、左手に木製の丸盾を装備していて、粗末な木の棍棒を装備していただけのゴブリンよりは手強い。
そのプラームゴブリン二体を前に、今度はアルテナとサイラスが前に出た。
「次は私が仕留めるわ。魔獣王女を甘く見ないで!」
アルテナが、綺麗な亜麻色の髪をひとつに編んだおさげを揺らしながら、自分の背丈ほどもある自慢の弓を構える。
「アルテナ、援護を頼むでござる!」
サイラスが刀を抜いて居合の姿勢を取りながら、たたたたっとプラームゴブリンに向かって駆け出した。
「わかったわ! 行くわよ、ええいっ!」
アルテナが矢を番えてそれを放つと、彗星のごとく真っ直ぐに飛んだ矢じりが、プラームゴブリン二体の黄色の目玉を貫く。
そこへ、敵の懐に飛び込んだサイラスが、鞘に収めてあった刀を敵の眼前で抜き放ち、その動作で敵を横なぎに払った。そうして間髪入れずに、二の太刀で振りかぶった刀を思いっきり振り下ろして敵二体を見事に真っ二つにする。
「さすがサイラス、あいかわらず綺麗な太刀筋だな」
アルドは、ぱちぱちぱちと笑顔でサイラスに拍手を送る。
ギルドナは、アルテナに歩み寄って、その頭にぽんと手を乗せた。
「アルテナ、強くなったな。さすがは俺の妹、魔獣王女の名にふさわしいな」
「ありがとう、ギルドナ兄さん。そうはいっても、まだまだ兄さんには敵わないわ」
兄に頭を撫でられて、アルテナはくすぐったそうに、嬉しそうに笑っている。
サイラスが、刀の柄をちゃきっと鳴らした。
「アルド、まだ気を抜くのは早いでござる。新手がやって来たでござるよ!」
「新手っ!?」
アルドが振り仰いだ先、小柄で青い肢体に木の棍棒を振り上げたハイゴブリンが、四体ほどの大人数で現れる。
ギルドナが、チッ、と舌打ちした。
「数が多いな。雑魚どもがいくら束になったところで、俺に倒されることに変わりはないがな」
アルテナも、自分の弓を構え直して好戦的に笑んだ。
「……さあ、誰から潰そうか!」
アルドが、そんな仲間たちを鼓舞するように振り返った。
「みんな、連戦になるけど踏ん張ってくれ! なるべく早く倒して、一刻も早く子どもたちのところに駆けつけよう!」
アルテナが、その場にたたずんで静かに目を閉じると、自分の胸に片手を当てた。そうして美しい歌声を響かせる。
「みんな、ここが踏ん張りどころよ、頑張って! ――天使の唄!」
アルテナのスキルが発動して、味方全体に物理耐性と治癒がかかる。
「サンキュー、アルテナ! なにがあっても、わたしは絶対に負けない!」
アルテナにすばやくお礼を言って、エイミが魔物たちの輪に飛び込んでいく。
エイミはハイゴブリンにアッパーをお見舞いして、次々にゴブリンたちを宙に打ち上げていく。
空中に浮きあがったハイゴブリンたちに向かって、アルテナが端から的当てのごとく矢を放って当てていった。
「さあ、そろそろ仕留めるぞ! ――ディストーション!」
ギルドナが大剣を振り上げてスキルを発動すると、ハイゴブリンたちの腕力に知性、物理耐性といった多くのステータスが一気に下降する。
ギルドナはそのまま大剣を眼前に構えると、宙から落下を始めたハイゴブリンたちに目を細めて狙いを定め、その大剣を縁どるように炎をまとわせた。
「とっととくたばれ! ――カラミティ!」
ギルドナが炎の剣を振り下ろすと、その斬撃が炎の太刀となってハイゴブリンたちを真っ二つに切り裂いた。
「キキィ……!」
二つに分断されてぼとぼととハイゴブリンたちの肉塊が草の上に落ちる。
それは炎によって真っ黒黒に焦がされて、やがて消滅してなくなっていった。
「よし、なんとかなったな。ギルドナやアルテナがいてくれて助かったよ」
「なに、大したことではない」
にこっと笑ってお礼を言うアルドに、ギルドナは真っ直ぐに褒められたからか、少し照れた様子でそっぽを向く。
そんな兄の姿を、アルテナはくすくすと嬉しそうに笑って見守っていた。
「……――ギルドナ兄さん、アルドに会えてよかったわね」
アルテナがいたずらっぽく笑って言うと、ギルドナがバツが悪そうな顔をする。
「ふん、そんなことは言われなくてもわかっている。俺は、人間族がアルドだからついていこうと思ったんだ。あいつではない他の奴だったら、切り捨てているさ」
ギルドナはそう言い残すと、マントをひるがえしてアルドのほうへと歩いていく。
ツンデレここに極まれりって感じね、とアルテナはギルドナの背中を見守りながら小さく笑った。そうして、今のやりとりを近くで聞いていたフィーネにこそっと話しかける。
「ねえフィーネ、お互い、兄の扱いには苦労するわよね」
フィーネは、アルドやギルドナに聞こえないように、ささやくような声で同意する。
「そうそう。お兄ちゃんって、いつまでも子どもみたいなんだもんね。わたしたち妹がしっかりしなくちゃねっ」
ふふふ、と兄を持つフィーネとアルテナはこっそり笑いあった。
そのやりとりには気づいていない様子で、アルドがリィカに顔を向ける。
「リィカ、生体反応はどうだ? そろそろ近そうか?」
リィカがツインテールをくるっと回す。
「ハイ。あとわずかな距離だと思われマス。急ぎまショウ、アルドさん」
アルドや仲間たちが、リィカの言葉に一様にうなずいた。
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