時空戦隊バルオキー・レンジャー
山崎つかさ
1話 オープニング
「ふう、やっぱりバルオキーは落ち着くな!」
AD300年。
時空を超える長い長い旅のある日――。
久しぶりにバルオキーに立ち寄ったアルドは、故郷の懐かしい空気を肺いっぱいに吸い込んで、大きく腕を伸ばしていた。
そんなアルドの後方を歩いていた仲間たち――エイミ、リィカ、サイラス、ヘレナ、ギルドナ、フィーネ、アルテナ――も、アルドの言葉に同意するようにうなずく。
「この村って、未来の時代と違って空気が澄んでておいしいのよね」
エイミが明るく笑って言うと、
「魔獣の村コニウムも、この村に負けず劣らず気持ちの落ち着く村だがな」
ギルドナが、張り合うように腕を組む。
アルドは、そんなギルドナに笑顔を向けた。
「そうだな。コニウムも素朴で良い村だよな。やっぱりオレには、こういう田舎の村の空気が肌に合ってるよ」
アルドの素直な言葉に、仲間のみんなが笑顔を浮かべた――そのときだった。
「……アルドさん、前方から生体反応アリ、デス! コチラに向かってきマス!」
リィカが足を止めて、石だたみの街路の先に目を光らせる。
何がやってくるんだ――そう、アルドたちが身構えたとき、
「アルド兄ちゃ――ん! おかえりなさい!」
バルオキーで暮らす元気な子どもたち三人組が、大きく手を振りながらこちらに向かって駆け寄ってきたのだ。
知っている子どもたちのお出迎えに、アルドは満面の笑顔で手を振り返す。
「ああ、ワットにみんな、久しぶりだな! 元気そうでなによりだよ」
子どもたちは男の子ふたり、女の子ひとりの三人組で、男の子のひとりはワットという名で、アルドが前に海の写真を届けた男の子だった。
ワットが、アルドの声かけに自慢げに鼻を鳴らす。
「そりゃそうだよ! バルオキー警備隊のアルド兄ちゃんたちが留守のときは、僕たちがこの村を守るんだって決めたからね」
もうひとりの男の子が、ワットに同意する。
「そうそう、村を守るヒーローはいつだって元気でいなくちゃいけないんだ!」
「そうよ! なんてったって、わたしたち、ちびっこ戦隊バルオキー・レンジャーなんだから!」
女の子がおませさんなふうに言って、子どもたち三人が、シャキーンっとファイティングポーズを決めてみせる。
さながら戦隊モノのヒーローごっこを感じさせる三人に、アルドはぽかんとした。
「バ、バルオキー・レンジャー……? なんなんだ、それ?」
ワットが、ええっ、と大仰にのけ反る。
「アルド兄ちゃん、戦隊ヒーローのこと知らないの!? いま、僕たちの間で流行ってるヒーローごっこだよ!」
女の子がワットの言葉を続ける。
「戦隊ヒーローのメンバーはね、レッドとブルーとイエローとピンク、それからグリーンの五人組のレンジャーで、悪者をやっつける正義のヒーローなの!」
「それで、おいらたちはバルオキーを守るヒーローだから、ちびっこ戦隊バルオキー・レンジャーなんだ!」
男の子が胸を張って言い、子どもたちが、ねー、と顔を見合わせている。
(ヒーローごっこか。オレも昔、ダルニスとやったなあ……)
アルドは小さいころを思いだしながら、子どもたちに笑いかける。
「そうか。おまえたちバルオキー・レンジャーがいれば、オレが留守にしてても安心だな」
「うん! バルオキーのことは僕たちにまっかせてよ、アルド兄ちゃん!」
アルドがワットの頭を大きな手で撫でると、ワットがくすぐったそうに鼻を掻く。
「……ヒーローごっこ遊びか」
誰に言うでもなくぽつりとギルドナが呟いて、アルドは意外そうにギルドナを見る。
「もしかして、ギルドナもアルテナたちとヒーローごっこ遊びとかしたりしたのか?」
「……そうだな。そんな思い出も、あったかもしれない」
「へええ。ギルドナの小さいころってあんまり想像できないから、意外だったな」
クールなギルドナもヒーローごっことかしたのか、とアルドがにこやかに笑っている。
ギルドナは、面白そうに形の良い唇の端を持ち上げた。
「もし、この面子で戦隊メンバーを組むとしたら、さしずめ、レッドがアルド、ブルーが俺、イエローがエイミ、ピンクがリィカ、グリーンがサイラス、といったところだろうな」
ギルドナの面白い提案に、リィカが自慢のピンク色のツインテールをぐるりと回す。
「いいデスネ! ワタシのように、キュートでラブリーな見た目の人型アンドロイドは、ヒロインのピンクにふさわしいデス、ノデ!」
リィカの台詞に、エイミが楽しそうに声を立てて笑った。
「リィカ、それ自分で言っちゃう? それと、わたしがイエローっていうのは、ちょっと納得かも。だって、イエローって怪力ってイメージじゃない?」
アルドが、あはは、と笑った。
「だったら、イエローってカレー好きなんじゃなかったか? あと大食い――」
「……アルドぉ? あとで見てなさいよ?」
エイミが目の笑っていない笑顔で、ばし、ばし、と両手の拳をぶつけて、アルドが震え上がる。
サイラスが、ふむふむと顎にカエルの水かき――ならぬ片手を当てる。
「ふむ、なかなかイメージに合った配役でござるな。それで拙者、僭越ながら戦隊の名前を考えてみたのでござるが、時空戦隊バルオキー・レンジャーといったところでどうでござろうか?」
「時空戦隊、かっこいい! お兄ちゃんたちにぴったりだね!」
フィーネが両手の指を合わせて嬉しそうに笑む。
ヘレナも、ふよふよと浮遊しながら納得したふうにうなずいた。
「時空戦隊、いいわね。時空を超える私たちによく似合っていると思うわ」
アルテナが、ふふふ、と上品に笑う。
「私たちは本当に世界を救うヒーローなんだし、本格的に戦隊ヒーローを名乗ってもいいのかもしれないわ。ね、ギルドナ兄さん」
「フッ……、そうだな」
ギルドナが不敵に微笑んだところで、ワットが、いいこと思いついた、と飛び跳ねた。
「ねえ、アルド兄ちゃんたちも一緒にバルオキー・レンジャーごっこやろうよ! 今日一日、僕らでバルオキーの平和を守るんだ!」
「えええっ!? いや、でもなあ……」
オレたちは世界を救う旅の途中で……、とアルドがもごもごすると、エイミがそんなアルドの背中をばしんっと叩いた。
「いいじゃない! アルドって、もともとバルオキー警備隊なんでしょ? だったら、一日くらい初心に帰って、バルオキー・レンジャーとして村の平和を守るヒーローをやっても罰は当たらないわよ」
そうだそうだ、と他の仲間たちもエイミに同意する。
アルドは、そうかなあ、と後ろ頭を掻きつつ、ふと懐かしそうに村の様子を眺めた。
(バルオキーの平和、か……)
正直、今までは世界を救う過酷な旅に追われていて、息をつく暇もなかった。
たまには旅をお休みして、原点に返ってもみてもいいのかもしれない。
(そうだよな……。オレの旅は、バルオキーの警備隊から始まったんだもんな)
もう遠い昔のことのような、あっという間のことだったような、不思議な感じがする。
よし、とアルドは腹をくくると、ワットたちの背丈に合わせて背を屈めた。
「わかった、いいぞ。オレたちも今日一日、バルオキー・レンジャーに参加させてもらうよ。一緒に村の平和を守ろうな」
「わーいっ! アルド兄ちゃんは、今からアルド隊員ね!」
ワットたちが嬉しそうに飛び跳ねて、それをアルドたちが微笑ましく見ていた――そのときだった。
「大変だ―――っ! 誰か、腕の立つ者はいないか―――っ!!」
「な、何事だっ!?」
アルドが表情を引き締めた先、村で暮らしているひとりのおやじが、血相を変えて村に飛び込んできた。
そうしてアルドを目に入れるなり、おやじはさらに全速力で駆け寄ってくる。
「アルド!! ちょうどよかった! 帰ってきてたんだな!」
よっぽど急いで来たのだろう、おやじは、はあ、はあ、と肩で息をしている。
アルドは真剣な表情でおやじに向き合った。
「おやじさん、何があったんだ? オレでよければ力になるよ」
「ありがとうな、アルド。……じつは、さっきまで俺ぁヌアル平原で薬草を集めてたんだが、そんときに普段はいねぇような強い魔物を見かけてな。あの魔物、野放しにしておいたら、ヌアル平原を越えて村を襲いにくるかもしれねぇ。こりゃ早いとこなんとかしねぇとと思って急いで村に帰ってきたら、ちょうどおまえの姿が見えたんだよ」
おやじは額の汗をぬぐいながら、早口でまくし立てる。
アルドは、神妙な面持ちで腕を組んだ。
「強い魔物、か……」
そんな魔物が村の近くに出現しているのならば、被害が出る前に退治しなければならない。
アルドは真剣な顔つきで仲間たちを振り返る。
「みんな、バルオキーのために力を貸してもらってもいいか?」
そう言うと、仲間たちはもちろんだとばかりにうなずいてくれた。
仲間たちの代表として、エイミがアルドの肩を叩く。
「アルド、水臭いわね。わたしたちは仲間なんだから、手を貸して当然でしょ。あなたのお人好しなんて、今に始まったことじゃないんだから」
ね、とエイミは弾けるように笑う。
サイラスも、自慢の腰の刀に手を乗せた。
「拙者の刀がアルドの故郷を救うために役立つのなら、これ以上のことはないでござるよ。アルド、存分に拙者の力を役立ててほしいでござる」
「エイミ、サイラス……! みんな、ありがとう」
アルドは仲間たちに満面の笑みでお礼を言ってから、おやじに向き直る。
「おやじさん、オレたちがヌアル平原まで行って、その魔物を退治してくるよ。村を守るのが、バルオキー警備隊の仕事だからな」
「おお、ありがとな、アルド、それから旅の仲間のみなさん」
おやじがみんなに頭を下げたその背後で、ワットたちがひそひそと内緒話を始める。
「なあ、聞いたか、今の!」
「聞いた聞いた!」
ワットが、アルドたちに見つからないように、ぐっと拳を握る。
「今こそ、僕たちバルオキー・レンジャーの出番じゃないか?」
「うんうん! バルオキーを守るのが、バルオキー・レンジャーの役目だもん!」
女の子が、両手の拳を握って、うんうんと目を輝かせる。
「よーしっ!」
ワットが片方の拳を突き上げた。
「バルオキー・レンジャー出撃! ヌアル平原の魔物を撃破せよ!」
ワットたちが、わあわあと声をあげながら、全速力で村の外へと駆け出していく。
それに気づいたアルドは、唖然としながら子どもたちの小さくなっていく背中に向かって片手を伸ばした。
「あ、お、おい、ワット、みんな、ちょっと待っ……!」
慌てて制止したけれども、子どもたちは聞く耳持たずに走って行ってしまう。
その姿を目で追いながら、ギルドナが頭を抱えた。
「……まずいな。あの子どもたち、自分たちだけでヌアル平原の魔物を相手にする気か?」
おやじが真っ青になって慌てふためく。
「おいおいおい、子どもたちだけでなんとかなる魔物じゃねぇぞ! アルド、頼む、子どもたちを助けてくれ……!」
おやじの必死の懇願に、アルドや仲間たちは神妙にうなずく。
「わかった! 子どもたちのことはオレたちに任せてくれ。――みんな、行くぞ!」
アルドは仲間たちを鼓舞すると、子どもたちを追って全力で地を蹴った。
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