第30話『裒戦、其三』
観客達がざわめく。スーツを脱いで戦うなど死にに行っていると言うような物。これには悲鳴すら巻き起こる。憐は急いで会場の選手が見える場所に向かうと、叫ぶ。
「雷!」
「……」
しかし、その声は悲しくも届かない。ナレーター達も冷静さを抑えきれないようであった。声を荒げ、疑問を叫ぶ。
『雷選手!何をしているのですか!?』
『スーツを脱いで行くなんて無茶です!死ぬ気ですか!?』
これを見た裒は笑いながら勝負を捨てたと見て、そして雷の所に向かう。雷はと言うと素手で走っていた。スーツは顔以外にパーツも無くなり、この状態で攻撃を食らえば死んでしまう程のものであった。ましてや攻撃特化のゴリアテであれば。
「勝負を捨てたか!」
「……あぁ」
黒い火を瞳に浮かべた雷は、勝ち目が無いというのに突っ込んだ。裒はただそれに反撃を浴びせ、壁に叩き付けるだけであった。口や目から血を吐き、耳からも血が出てくる。観客達からは悲鳴が上がる。それと同時にスーツを着ていない奴に本気で攻撃したことに対するブーイングも上がる。
「う……うがぁ……ッ!」
裒はそんな事を知らないと言うように、自分の勝ちを宣言するのであった。とここで裒の右腕パーツがぐちゃぐちゃに砕け散る。雷の最後の抵抗と言わんばかりに放った攻撃は、確かに奴に届いていたのである。
「……残念だが。私の勝ちだ」
「……」
憐は医療班を呼び、雷の元に走り出す。近くに行って脈を確認するが、一つも反応がない。まさか本当に死んでしまったのかと判断してしまう憐。しかしそんなことは無いと考え、すぐに医療キットを刺し緊急治療を行うのであった。
「医療班を呼べ!急げ!」
「大丈夫ですか!?大丈夫ですか!?」
医療班の人が声をかけるものの、彼の体はピクリとも動かない。死んでしまったようであった。急いで緊急搬送するが、それでも復帰は難しいと判断されてしまう。ナレーター達もこれには動揺を隠せない様子であった。特に男のナレーターは。
『……と、とりあえず……裒選手の勝ちです!……しかしアレは一体……』
『……正直、今居ても立っても居られないです。……しかし、私はナレーター。お客様に状況を伝えるのが務めです。……シード枠は裒選手となります』
裒は一人、まるで自慢するように観客達に歓声を浴びせようとさせる。しかし、この時点で裒に対する評価はマイナスレベルまでに下がっており、中には罵倒を浴びせる観客までいた。
「私の勝ちだ!どうした何か疑問でもあるか?」
しかし、実際に勝利したのは裒なのだ。これは揺るがない事実であるのだ。観客達も黙ってこの事実を受け入れる。そして雷が運ばれた病院に憐は向かう。
「……」
「雷!」
とここでなぜかネリンもやってくる。試合を見ていたからこそ、彼がヤバいと判断して走って来たのであった。
「雷さん!」
「……」
すぐに治療が開始されようとしたが、何と数分もしないうちに雷が出て来たのだ。意識はない状態であるが、それでも呼吸はしており、無事であるという事が理解できる。憐は無事な雷を見て少し冷静になり、ネリンは何があったのかを問う。
「その……どういう状況ですか?」
「それが……あれだけの血を吐いて、それに腹部にも尋常ではないダメージを負っているはずなのですが……なぜか……その……」
口籠る医者に対し、もはや脅迫するように掴みかかる憐。冷静さを再び失った憐であるが、ここである事を明かされる。それは明らかにおかしいものであった。何とか言葉を放りだした医師の口から出てきた物はこうであった。
「どうした!?早く言え!」
「……傷が、少ないのです。……明らかに。一時間もあればすぐに治ってしまうかと……」
それは普通であればありえない一言。考えても見てほしいのだが、明らかに内臓破裂程度のけがを負っているはずであるのに、その怪我はおおよそ一日程度で治る怪我であると言うのだ。これを聞いた二人は驚愕する。そりゃそうだろう。何を言っているのだと言わんばかりに質問をするが、医師も信じられないというように話している。
「……マジかよ?」
「本当です」
「……雷さん……」
ベッドで寝ている雷。二人は一旦椅子に座り、気になることを話していく。それはなぜネリンは雷と関わるのかという事であった。正直接点と言えばあの時聞いた、チンピラから助けて貰ったというアレがあるが、それだけではないと思っていた。
「……さて。気になることがあるんだ。一つ。なぜお前はアイツに関わるんだ?……救って貰ったからとかじゃないだろう」
それを聞かれたネリンは呟く。
「……私には両親がいません。……そして、頼れる人もいませんでした」
「……そうなのか?」
雷に前に話したアレ、里親に拾われる前は孤独で独りぼっちであった。仲間も友達もおらず、ただ一人で生きて来たのだ。そんなある日、彼女を救ったのが当時警備員をやっていた男であった。
「はい。……あの日、雷さんはスラム出身だと言ってくれたのです。……ここで気が付いたんです。雷さんも私も、ひとりぼっちだって」
互いに色々あったが、結局のところはどちらも独りぼっちなのである。心の底は空虚そのものなのだ。だからこそ二人は何か感じる節があるのかもしれない。
「……それが……お前が雷に付いてくる理由か?」
「……えぇ。ダメですかね?」
それを聞いた憐は二人が似ていると直感的に悟った。だからこそ二人はお似合いなのだろう。そう言うと憐は立ち上がり、自分の家に帰ろうとする。
「悪い訳ねぇよ。……さて。……俺は機体を治さねぇと」
「憐さん……」
憐は今回の件を自分のせいだと思っていた。機体を過信しないで行動していればこうはならなかっただろう。しかし過信した理由は大体自分のせいなのだ。だからこそ、自分はここにいてはいけないと思っていたのだ。
「……俺より、お前が近くにいてやった方がいい。……今回の結果は俺のせいだ。悪いのは俺なんだ」
「……憐さん……」
諦めたように話す憐。彼はやらかしをするとどちらかと言えば一人で抱え込んでしまうタイプの人間である。誰かに話すということが出来ない。他人のせいにすることも出来ない。一人で抱え込み、そして一人で解決してしまおうとするタイプの人間である。
「悪い。……トーナメントは明後日。……仕上げる時間がいる。……あいつに負ける訳にはいかないんだよ……!」
「……」
病室から去っていく憐の後姿を見ているしかないネリン。それとは別に、とあるビルでは裒の相方である男と、憐の父親の部下が話していた。相方はデータを意気揚々と見せつけると、それで金をふんだくろうとしていた。
「さぁあのデータは持ってきた!高く買ってもらおうか!」
「……ダメだな」
「は?」
疑問を呈する相方であるが、部下はこれだけのデータでは作れない。故にまだデータがいる、未完成品を持ってきたという事では金は払えない。そう判断したのだ。という訳でもう一度戦えと言う部下。
「……残念だがまだまだ足りない。……これでは何も作れない。もう一度戦いデータを貰ってこい」
舌打ちをした後で、若干腹が立ちながらもその命令に従う。裒曰くあの終わり方には納得がいってないようで、何故勝ったのにブーイングをされなくてはならないのかという事であった。
「分かったッスよ、裒の奴もあの終わり方は納得いかねぇって言ってたし、焚きつけりゃ戦うでしょあの二人」
ビルから出て来た相方を、裒が話しかける。裒の会社は昔に倒産しており、今はカメラ系の会社をやっているが、元々はGG用のスーツを作る会社の一つだったのである。しかし営業が振るわずに、救出合併され、無かった事にされてしまったのだ。
「……いいか?我らにとって再起するには金が要る。それも一千万程度の金ではない、億単位の金だ。……それを得る為に手段は選ぶな」
「……りょーかい了解!んじゃ明後日に向けてアレを更に強化しておきますかねぇ……!」
そしてこの二人も、明後日の戦いに向けて機体を強化するのであった。
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