第22話『表、裏』
「さて。まず見ていなさい」
そう言うと太陽は近くに木に手を当てる。そしてちょっと力を入れると、その木はバラバラに砕ける。それだけならまぁいいとして、何とその砕けた木は皮だけだったのだ、中の生木には一切の傷が付いていない。
「はぁ……」
「フン!」
物質の表面にだけ打撃を与え、そして外部だけを破壊する技、通称『表』である。岩を砕いてみると、薄く砕けた石の皮が剥がれ落ちる。
「……うわぁ……」
「これが表」
石を見せつけるように投げる太陽。そして続いて隣にある物に手を当て、思い切り力を加える太陽。
「そして……ッ!」
「おぉう……」
すると今度は木が倒れる。倒れた木を見てみると、何と内部がぐちゃぐちゃになっており、まるで白アリに食われたのかな?というくらいのモノになってしまっていた。
「これが裏だ」
これは流石に原理が分からない。太陽はそれを回収し、薪にする。燃える火の前で二人は会話を始める。何せよくわからないのだ。この原理が。
「何と言いますか……凄いですね、どういう原理ですか?」
「……分からん。……考えれば多分できぬだろうな」
出来るのだが知らない。と言うか考えれば出来なくなってしまうようになるかもしれない。そう言う訳の分からぬ物であるがゆえに、深く考えないことにしたのであった。
「そうですか……」
「さて。まずはやってみることじゃな!」
「了解です」
そして修行を始めた雷、彼が考えたことは二つくらいあり、何が問題なのかと言うと、まず原理がよくわかっていない以上、どうすればいいのか分からないという事。そしてもう一つが腕の負担がヤバいという事であった。とにかく腕が痛い。既に何回かは折れ掛けているかもしれない。これを軽々打っているのだ。困惑するのも無理はない。
「……相変わらずよくわかんないですね……」
「何、問題はない。よーし続けろ!」
そして何だかんだと行いながら、結局三時間ほど修行をした雷は、とりあえず負荷無く放てるようになったのであった。
「……さて。問題なくできているな」
「そうですか……しかし、気になるんですけど。この技って表と裏しかないんですか?」
船での戦いでは、よくわからない技も沢山放っていたはずであるが、それはどうしたんだろうか?という疑問が浮かぶ。それに対して太陽は怒りながらこう答えるのであった。
「馬鹿もん!これらは基礎の基礎じゃ!これを覚えなければまずどうすることも出来んわ!……お主の体に負担がかかるからな」
「……そんなにですか?」
既に結構な負荷がかかっているはずであるが、それ以上の負荷が平然とかかるようであった。正直これ以上の負荷がかかるのかと困惑する雷。太陽は懐かしむように話すのであった。
「あぁ。初めてすぐはわしの腕もボロボロになってなぁ……っと!昔話に耽っている場合ではない!続けろ!」
「了解」
そして雷は最終的に、太陽とほとんど大差ないくらいの裏表を使えるようになったのであった。辺りは暗くなり、もうすっかり夜になってしまった。太陽も大丈夫だと伝える。
「……もういいじゃろう」
「……これで裏と表が完璧に出来るようになりましたか……」
相変わらずよくわからない技であったが、出来るようになったというのであればそうなのであろう。正直疑問点は拭えない感じであったが、それでも大丈夫と言われてしまってはどうしようもない。ここで太陽の方が疑問を問う。
「あぁ。……しかし、一つ聞きたいんじゃが……お主流石に覚えるのが早くないか?」
「……?」
「普通は一か月くらいかかるぞ、わしのこの技はな」
一応師範代として過ごしていた時代があるのだ、表と裏を完全に覚えるのに普通は一か月くらいかかるのである。しかし雷はそれを物の六時間程度で覚えきったのだ。もはや本当に人間かすら疑問になってくる。
「そうなんですか?」
「……本当に人間か?」
「人間ですよ。……多分」
多分というのは、スラムにいた頃から正直本当に人間かどうか分かっていなかったからであり、ハッキリ言って彼に自分が人間であるという自信は無い。そして憐の元に帰って来るのであった。機体を完成させたはいいのだが、これから登録しなきゃならないし、何だかんだで書く書類も多いのだ。
「よーしあと三日だ!さて、やる事が多いんだよこれから……うん」
「そうか……でどうする?」
忙しそうにしている憐は、雷に今回のトーナメントに誰が出るのかを確認してほしいという指令を投げかける。
「あぁお前はちょっとどんな奴が参加するのか見てきてくれ。……ちなみに今回参加するのはナンバー4の奴だからな」
「よし分かった!」
そして家を出て街にやって来た雷。辺りは電光掲示板何かの煌びやかな光が覆い、夜である事を忘れてしまうそうなほどに賑わっていた。雷はただ一人その町を歩いていたのであった。
「……さて。そうは行ったモノの……どうするかなぁ……?」
「……」
「何か見られてるし……」
一応言っておくと、雷はあのジャックを退けたことによっていい意味でも悪い意味でも有名になっていた。そんな彼をどう蹴落としてやろうかと考える奴は多い。そんな中、気さくに話しかける影一つ。
「やあ雷」
「……J?」
そこにいたのは顔を黒い包帯で隠した変人であった。しかし雷はその声に聞き覚えがあった。そう、以前戦ったことのある奴であると感じたので聞いてみることにした。
「おっと、『ジュナ』だよ、俺は」
Jの本名はジュナというようであった。それはともかくそのジュナに対して雷は話しかける。恐らくこいつもあの大会に出るはずであったから。
「……お前もあの大会に?」
「そりゃね!……あ、そうそう……知ってる?今回のトーナメントに、猫が出ないって噂」
「……何?」
猫が出ない。その情報は辺りをザワつかせるのには十分な威力の爆弾であった。今大会は猫が勝つと誰もが思っていた。しかしそれが出ないというのだ、つまりは今大会、マジで大番狂わせがあるかもしれないということである。
「いやー……何とね!元々は普通のトーナメント形式だったんだけど……今回猫が出ないせいで変則的なルールになっちゃったんだよ!……まぁそう言う感じ。……ちなみに今君は大分有名だからね……狙われるよ……間違いなく!」
「……そうか」
なぜ出ないんだろうと疑問が浮かぶが、今それをどうにかすることは出来ない。という訳で雷はその疑問を片隅に置いて、とりあえず出ないという情報だけを確定させることにしたのであった。
「じゃあね!大会で会おうか!」
「……」
そしてジュナはどこかに帰っていく。雷はそれを見ているしか出来なかった。とそんな半放心状態の雷にネリンが話しかけて来た。現在彼女はパトロール中である。
「雷さん!」
「おぉ……どうしたネリン?」
「今は色々と怪しいので……パトロールです!」
ビシッと言うような音が鳴るほど見事な敬礼。一応スーツを着ているとはいえ、市販品の安いスーツ。正直滅茶苦茶強い奴ならスーツは素手で砕けるので、ハッキリ言って物足りないと言えるだろう。とここで聞いていなかったことを聞くことにした雷。
「成程。……そういや気になったことがあるんだけどさ、お前って家族いるの?」
「え?……あぁ……一応いるんですよね……ただ、お父さんに『本当はお前の娘ではない!』と言われまして……まぁいませんね」
何だか複雑な事情があるのだなぁと思ったが、それを気にしない事にした雷。気にしたところでどうしようもない事は分かっているからである。
「……そうか……」
「そうです!っと、ちょっと怪しい人にパトロールしてきます!」
そしてまた彼女は暗闇に消えていく。彼女も頑張っているのだと思い、何だか自分がよくわからなくなってきた雷なのであった。
「……頑張ってるなぁ……あいつも」
そして雷も一人、夜の街に消えていくのであった。
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