第6話『出会った天災』


雷を連れた男の先生が、その合わせたい奴の所に向かっていく。その部屋は厳重に封鎖されており、中からえげつない音がいくつも聞こえてきた。鉄がぶつかる音や、何かを叩いている音、ジェット噴射のバーナーの音まで、凄いうるさい場所であった。


「憐!いるか!?」


男の先生がそう言い、ドアを叩き話しかけるが、それを開けることなく中にいる誰かが叫び散らす。雷はそれを聞いて自分と同じくらいの年齢である事を、声だけで察したのであった。


「いるわ!……んだよこっちは機体作りで忙しいってんのに!」


「君に合わせたい子がいてね!ちょっと話だけでも聞いてはくれないか!」


そう言われると、部屋の中にいた彼はドアを少しだけ開け、雷の姿を見るとドアを全開にして彼らを部屋の中に入るように指示する。


「……入れよ」


「誰?」


この誰?という質問であるが、これは名前ではなくどういう人物なのかを問う質問であった。しかし先生はそれを、名前を聞いたと勘違いして再び名前を言ってくるのであった。


「……先程説明した通り、『ほおりれん』だ。……今度は何を作ってるんだ……?」


先生が気になったのは一つ、そう彼が今作っているものであった。それはほぼ全身にジェット機が付けられており、清々しいほどに速度特化機体である事だけが分かった。とは言え一応なんだ?と聞いておくのが筋。故に彼は聞いた。ところがそれが彼、憐の逆鱗に触れた。


「見て分かんねぇか?俺の親父が作ろうとした機体の一つ!その名も『ネール』だ!……どうだ!?」


どうだと聞く憐であるが、正直先生からすればまーた訳の分からない物を作っているというだけの事であり、誰も使えない物を作るせいで誰からも認められないのを彼は知らない。


「いやぁ……君は分かるか?」


一応使える使えない以前の問題である雷は、率直な感想を述べる。贔屓も、罵倒も、何もない。ただ率直に、そして愚直にこれが何なのかを述べた。


「……速度に特化した機体だな?ブースターが馬鹿みたいについてやがる……誰が使いこなせるんだよそれ」


呆れと、自分なら使いこなせるかもしれないという自信からのセリフ。しかし当然その言葉のまま受け取った憐はブチ切れる。彼は親父を馬鹿にされるのが一番嫌いであり、ひいてはこの機体を貶されることが一番ムカつくのであった。


「はっきり言いやがったなこの野郎!ただの速度特化じゃねぇよ!どっちかって言えば高速戦闘特化型じゃボケ!……ってか誰だよそいつ」


声を荒げそう言う彼であったが、それを言い終わった後に、先生以外の人間が入ってきている事に今更気が付く。先程入ると言っておいたはずであるのだが、まるでそれを聞いていなかったのか、そんな感じのセリフでもあった。


「今更だな?」


先生がそう言い、雷は答える。自分の名前を相手に伝えるように、そして彼に覚えさせるように。


「俺は雷。ンでお前が……憐だっけか?」


「あぁそうだ。……何でこんな奴を連れて来た?あぁ?」


名前を聞いたので、その後雷を指さしてやや半ギレになりながらも先生に対して質問する。先生は彼についての答えを淡々と述べていく。


「彼ははっきり言って天才的だ。君の無茶苦茶な機体を使いこなせるかもしれない。……だから連れてきた」


しかしその答えに対して、憐はもっとキレた。どこの誰かもよくわからない奴に、自分の機体が使いこなせる訳がないと判断し、雷に向けてとっととここから帰るように話しかける。


「うるせぇ!俺に仲間なんていらねぇんだよ……!そもそも、そんなよくわからん奴に俺の機体を使いこなせると思えねぇ。……とっとと帰んな!」


そう言われた彼であったが、ここでよくわからない奴呼ばわりされたことに腹を立てる雷。自分には雷という立派な名前があるのに、よくわからん奴呼ばわりされてはとことん腹が立つ。当然の如くキレ返し、逆にその機体を使ってやろうと考える。それを使うことが出来れば、彼は認められると思っていたからであった。


「誰が帰るか!そこまで言われちゃぁもうこっちも引き下がる気はねぇよ!オラその滅茶苦茶機体とやらを貸してみろよ!」


当然そう言われてはこちらも引き下がれない。二人は一触即発状態になり、二人は互いに気に食わないと言う事だけが一致する。そして遂に憐は雷にそのスーツを一着投げ渡すのであった。


「そこまで言うってんなら使わせてやるよ!ほら持って行け!」


渡されたそれは、外見はエンジンを模ったような物で、更にはスイッチの部分はまるでロケットの発射ボタンを模したようなものであり、明らかに早くてヤバいぞと言っていた。


「名前は!?」


雷は名前にはうるさかった。特に自分がそうであったが故に、自分の周りにある物の名前は何が何でも聞かなければいけないと思うようになってしまった。そんな彼であったが、憐は初めて機体の名前を聞かれ、正直戸惑っていた。


「あぁ?!……『エンド』だよ。……いいからもう行けよ」


機体を貰った後の帰り道、先生は雷に謝っていた。正直あれだけ口論になるとは思ってもいなかったからである。とは言えよくスラム時代で口喧嘩は日常茶飯事だったので、この程度の事は特に気にも留めていなかった。まぁ単純に彼が図太いというのもあるが。


「……すまなかった」


「いえ、俺は構いませんよ。それよりあいつは何なんですか?人のことをよくわからん奴呼ばわりして……俺は雷っていう名前はあるんですよ!」


そんな口喧嘩よりも、自分自身をよくわからん奴呼ばわりしたのにムカついていた。そう言う物なのか?と思うが、くどいほど言うが彼は名前という物を特別な物だと判断していたからであった。スラムの史上最悪の時代であった時には彼の名前は無かったのだから。


「そこなのか?君のキレるところはそこなのか?……まぁいい、簡単に言えば彼は天才であるのだが……それ故に作る機体が凡人の物ではないのだ。前に作った機体は、力が強すぎる故に自壊しかねないとか言う欠陥品でねぇ……だからこそ、彼はあの場所に半場閉じ込められているような物なのだ」


先生は少しため息をつきながら、どちらかと言えば同情するようにその言葉を喋っていく。誰にも理解されず、そして使うことが出来ない機体を作る彼は、当然だが誰にもいい表情はされなかった。彼は親父の残した機体を作ることだけに固執しているのである。


「へー……まぁこれ使うからさ、……ちょっと他の奴ら退かしてくれない?」


しかし雷はそんな事情は知った事ではないので、早速その機体を使ってみることにした。一応人が邪魔になるかもしれないので、練習場から全員を外に出すように言う。先生はチェック表を見て一人が残っていたが、問題ないだろうと判断して彼に誰もいないという。


「既に済んでいる」


本当はいるのだが。そんな事を知らない雷は貰った機体を着ると、とりあえず一回飛んでみることにした。


「仕事が早いね。……さーて……」


と彼が床を蹴って見ると、彼の体は明らかに早すぎる速度で飛んでいく。その速度は制御不可能レベルまで加速し、それを窓越しに見ていた他の奴らはそれに驚く。雷も驚いていた。そりゃそうだろう。一回蹴っただけなのにこれだけの加速力であるのだから。


「はぁッ?!」


「なんだ今のは!?」

とここで窓越しに見ていた奴の一人が叫ぶ。そう、彼の飛んでいく先に誰かがいるのだ。これはこれは不味いと雷が思う暇もなく、既にすぐ近くに迫っていた。


「不味いぞ!誰かがいる!」


それはネリンであった。彼女はまだ上手くスーツを使いこなせなかったので、残って練習していたのであった。当然彼が飛んでいる事にも気が付かない。


「うぅ……上手く飛べません……ちょっと休憩にしましょうか……」


もはやすぐにでも激突してしまうレベルになってしまうところで、雷はあの先生に対してキレそうになっていた。誰もいないと言っていたくせにいるではないか。これはもう嘘つきである。文句も不満も出るわ出るわ。


「誰かいるじゃねぇかよ……!ふざけんな……!」


とここで遂にネリンも彼に気が付く。だが彼女はまだ上手く飛べないのだ。避けることも出来ないし、そもそも落ち着いた判断が出来ない。その場に立ち尽くしてしまう。


「え!?雷!?」


雷は彼女が咄嗟の判断が出来ていない事に気が付く。それ故に彼は今の状況を考え、そして行動しようとした。つまりはどうにかして避けるということであった。


「あっちが避けるのは無理らしい……!だったら俺が制御すればいい話だろうが……!」


彼は地面にアンカーを叩き込み、胸のパーツにあった武装を使って無理矢理減速しようとする。異常なほどの音が響き、そしてネリンの数センチ前まで来たところで、ようやく何とか止まることが出来たのであった。


「止まれぇぇぇぇぇぇっ!!」


地面には異様に長く深い引きずり傷が出来ており、胸のパーツに関しては、異常な使い方をした結果煙を吹いていた。そしてネリンは雷に気が付くと、怯えたように話しかけてくる。


「あ……雷……」


「やぁ、……ネリン?」


目の前にいるのが雷であると把握すると、怯えていた感情はどこへやら、むしろ落ち着いた様子で話しかけてくる。


「その……何ですかそれは……?」


質問する彼女に対して、雷は若干呆れたように話しかける。


「これか?……超ピーキー機体だろ?」


「……はい」


目の前でこんなヘンテコ機体を見せつけられたのだ、彼女はそう言うしかなかったのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る