朝の準備を始める青年の話。(前編)

 朝の準備を始める青年の話。(前編)


 ヴヴヴ、ヴヴヴ、とバイブ設定にしていたスマホのアラームが起動する。

 その振動音に瞼が動き、俺の意識は急激に上昇し……目が覚めた。

「ぅぁ~~~~っ」

 欠伸を噛みしめながらぐぐぐっと体を伸ばし、体の筋を伸ばすという軽いストレッチを行って……俺は隣の布団を見る。

 そこではすやすやと気持ちよさそうに化さんが眠りについていた。

 大家の婆さんに貰った布団が気持ち良いのか、一昨日みたいに寝相が悪いようなことはみられなかった。それとも疲れているからだろうか?

 そんなことを思いながら、さらに奥へと視線を向けるとふんわりとしたブラウンの毛皮に覆われたドーム型のキャットハウスが見え、中にはプラタが丸まって眠っていた。

 こっちは昨日プラタのネームプレートを申請に行く際に購入したものだが、昨日の内に祖父さんがホームセンターへと手を回していたようで……ある程度のキャットフードなどのプラタの為の道具が俺の為に取り置かれていたことには軽く頭痛を覚えた。

 というか、店員の人の俺を見る目が何というか分からないものになっていたぞ?

「まあ、過ぎたことをどうこう言っても仕方ないか……うしっ」

 小さく呟き、目を覚ますために軽く頬を叩くと俺は立ち上がり、手早くパジャマから制服へと着替える。ただし、学ランはまだ着ずに上はシャツを着ている状態だ。

 以前は学ランの下はカッターシャツを着るようにと言われていたらしいが、時代の流れと言うべきかあまり派手な物でなければ着用がOKとなっている為、バイトがある際は学ランを脱いですぐに作業が出来るので助かっている。

 それにパジャマのままだと化さんが起きて制服に着替える時になったら互いに気まずくなるだろうし、俺自身も服を着替えて速攻でピシッと学ランまで着てるのもちょっとな。……まあ、学ラン自体合っていないからボタンが閉められない為に袖を通すだけだけど。

 手早く着替え終えると静かに畳の上を歩き、台所兼玄関へと向かおうとする。

 けれど、化さんには気づかれなかったがプラタには俺の気配に気づいたようでキャットハウスの近くを歩いた瞬間、眠たげにけれどゆっくりと顔をハウスから出してきた。

 軽くクァと欠伸をしてから、つぶらな瞳を俺に向けてひと鳴き。

「ミャア」

「ああ、おはようプラタ」

「ミャア」

 俺が声をかけるとプラタは返事を返すようにもう一度鳴き、俺へと優雅に近づいてくる。

 可愛い。すごくかわいい。そして昨日の夕方にホームセンターで購入したシャンプーを使って洗ったからか、俺の足へとすり寄ってくるプラタの体は凄くふわふわしている。

 まるで極上のシルクに撫でられているようだ……え、言いすぎ? ……だけど、天国だ。本当にプラタは可愛い。バ飼い主って言葉があるのも分かるくらいだ。

 そう思いながら、歩いた際にプラタを巻き込むのは怖いと考えて軽く腰を曲げプラタを手で抱えると俺は襖を開けてこっそりと部屋を移る。

 襖を閉め、台所の上に置かれた炊飯器を見ると炊き終わっているようで表面のボタンに付いたランプは炊飯から保温に変わっていた。

 プラタを床に降ろし、一度消毒の為に液体せっけんで手を洗ってから炊飯器の蓋を開く。すると炊き上がって一番最初に開いたときのみ聞けるご飯の音が耳に届き、濡らしたしゃもじを手に取る。

 キラキラと輝く白米へとしゃもじを突き立て、下から上へと掬うようにしてご飯を混ぜていく。……あまり混ぜすぎるとご飯が潰れてしまうだろうから、これで良いだろう。

 そう思いながら軽く一口分を手に取り、自分の口へと放り込む。

「熱っ、あちっ」

 口の中へと広がる米の味、口の中で唾液と混ざり合い解れ、ゆっくりと噛みしめていく。

 くにゅっという感触と甘みが感じられ、徐々にご飯は口の中で崩れていき……呑み込む。

「……うん、美味しい」

「ミャア、ミャア」

「悪いな。お前用のご飯はちゃんと用意するから我慢してくれよ」

「ミャア~……」

 ちゃんとご飯が炊けていることを確認しつつ、自分にも食べさせてと鳴くプラタを撫でてから顔を洗ってから朝食の準備を整える。……そういえば今日って燃えるゴミの日か。

「ゴミは……溜まってるな。化さんもまだ寝ているし、まだ朝ご飯は作らなくても良いだろうから、ちょっと捨ててくるか。プラタもいっしょに行くか?」

「ミャア」

 生ゴミやティッシュなどの燃えるゴミを入れたゴミ箱を見ると一袋分の量が溜まっているのを確認し、俺は口を縛ると持ち上げてゴミ箱から引き抜く。

 そしてサンダルを履き、部屋の鍵を開けて外へと出るとプラタも付いてくる。

 外はまだ薄暗いけれど、起きた時よりは明るくなっており……近隣からゴミを捨てに行く人達の姿が見えた。

「さてと、プラタ。ちょっと乗ってくれ」

「ミャア!」

 扉を閉め屈みながら手を伸ばしプラタを自分の手の上に乗せ、俺は階段を降りる。

 アパート前の地面を歩き、道路まで出てゴミ集積場まで向かおうとしたところで俺に声がかけられた。

「真樹さん真樹さん」

「ん? あ、婆さんおはよう、早いな」

「おはようさん。よかったらうちの分も頼めるかねぇ?」

 俺を待っていた。とでもいうように大家の婆さんは俺を呼び止め、玄関先に置いていたゴミ袋を指さす。

 どうやら持っていってくれと言っているようだ。

「またかよ? まあ良いけどさあ」

 それに苦笑しながら俺はプラタを地面に置いてからゴミ袋を掴むと今度こそゴミ集積場へと歩き出す。とはいっても向かう集積場はこの地区だけの小さな集積場だ。

 俺の後ろをついていくようにプラタがトテトテと歩きながらついてくるのが見え、ほっこりしながら時折後ろを見る。

 そんな風にゆっくりと歩いてアパートから少し歩けば緑色の折り畳み式の箱が見えた。俺が住む町内の集積場はそのときだけ出されるタイプの物である。

 場所によってはそれ用の場所があったり、金網で造られた物もあったりするらしい。

 そう思いながら近づくとゴミを捨てていた近所の大人が俺に気づいた。

「おはよう真樹君、はやいわね」

「おはようございます。今日は休日じゃなくて学校がありますからね」

「ミャア」

「おや、可愛い子猫ねぇ。真樹君ところの?」

「はい、プラタって言います。人懐っこいので、よろしくお願いします」

 大人たちへと挨拶をして愛らしく鳴くプラタを紹介しつつ彼女達と軽く話をしてゴミを捨て、俺はアパートへと戻ろうとする。けれど再び大家の婆さんの前を通ろうとしたときに呼び止められた。

「真樹さん、ちょっと待ちな」

「なんだよ婆さん。朝飯の準備をしないといけないのに……」

「悪かったね。まあ、ちょっと聞きたかったから呼び止めたんだよ」

「で、聞きたいことって何だよ?」

 戻らないと化さんが起きてしまうかも知れない。そう思いつつ婆さんに尋ねると婆さんはプラタを指さした。

「いやさ、あんたらが学校に行ってる間はこの子はどうするのかって話さ」

「プラタ? …………あ」

 そうだった。如何にでもなると思っていたから学校に行っている間はプラタをどうするのかを全く頭に入れていなかった。

 部屋の中に置いておく? いや、何かあった時に鍵がかかってたら、いや誰かいないから何か起きた時に対処なんて出来ないだろう。じゃあ、外に出す? いやいや、それはダメだ。こんな可愛いプラタが外をフラフラしてたら連れていかれてしまうかも知れない。もしくは車に撥ねられてしまうかも知れない。じゃあ、ペットホテル? いや、それだとお金がかかりすぎるし…………。

「どうやら何にも考えていなかったみたいだねぇ」

 呆れたように婆さんが俺を見ながら言う。

 その言葉に俺は何とも言えなくなる……が、婆さんがさらに言う。

「まったく。だったら、あんたらが出かけてる間は家で預かってやるよ」

「え?」

「だからさぁ、あんたらが学校の間はプラタちゃんを預かってやるって言ってやるんだよ。普通に学校に行くときに、家のほうに向かってくれりゃあそれで良い。あとは入り口でも窓でもカリカリしてくれりゃ中に入れてやるさ」

「ミャア!」

 婆さんの言葉が理解できなかった俺だったが、プラタは気に入られていると分かっているからか婆さんに近づくとすりすりと体を摺り寄せ始めた。

「ははっ、あんたは本当に人懐っこいねぇ。ってことでそれで良いだろ真樹さん?」

「…………じゃあ、頼めるか? 礼はするつもりだ」

「礼なんていらん。こっちも年寄りの楽しみ相手が欲しいだけだからね」

「……ありがとうございます」

 俺は婆さんの提案を受け入れることにし、日中はプラタを預かってもらうことにした。

 プラタ自身も嫌がっている様子はないため、特に問題はないだろう。

「ほら、こっちも言いたいことは言ったから、はやく嬢ちゃんの為に飯を作ってやりな! ほら、行った行った」

 手をパタパタ振る婆さんへともう一度頭を下げてから、俺はプラタを連れて部屋へと戻った。


 部屋へと戻ると俺はゴミ箱に新しい袋を入れてから、手を洗って朝食を作り始める。

 味噌汁は煮干しを一晩水につけた出汁を使い、豆腐とねぎを加えてさっと作っていく。

 片手間でフライパンを用意し、油を軽く引いてからハムを乗せて、卵を落としてハムエッグを作る。……うん、味噌の香りとハムの焼ける匂いがたまらない。

 ハムエッグを皿へと移し、プチトマトを2個ほど皿へと置きご飯茶碗と汁椀を置いてから時計を見る。

「そろそろ化さんを起こすべき……だよな?」

「ミャア!」

 俺がポツリと呟くとプラタが自分に任せてという風に鳴いたため、訪ねてみる。

「ん? プラタが起こしてくれるのか?」

「ミャア」

「じゃあ頼めるか?」

「ミャア!」

 本当にプラタは賢い。そう思いながら襖を少し開けるとプラタは化さんの元へと歩いていく。

 それを見届けしばらくすると化さんの寝惚け気味な声が聞こえ始め、プラタの焦るような鳴き声が届いた。

 少し心配になり襖を開けながら、プラタへと化さんが起きたかを尋ねると……今にも布団に再び眠りそうな感じに上半身を起こしたまま化さんがうつらうつらしていた。

 これはプラタじゃきついか? そう思いながら俺は化さんへと近づき、軽く肩を揺する。

「おーい、化さん。起きろー、起きてメシ喰わないと遅刻するぞー」

 寝惚けていて体に力が入らないのか彼女の体はカクンカクンと揺れるけれど、痛くないのだろうか?

 そんなことを考えているとぼんやりとした表情ながら化さんが俺を見た。

「みゃきひゃん……?」

 寝惚けているからか呂律が回らない口調で俺の名前を口にし、これでようやく起きるだろうと思いながら着替えて顔を洗うように促すと……予想外のことが起きた。

 何と彼女は俺の目の前でパジャマ代わりのシャツのボタンを外し始めたのだ。

 突然のことで驚いた俺は素っ頓狂な声を上げるが、しっかりと瞳は彼女の白い肌に目が行っていた。

 というかパジャマ代わりに着てもらっている俺のシャツというのもかなり来るものがあるが……そこは置いておこう。

 慌てながら俺は彼女のボタンを脱ぐ手を止めるべく彼女の肩を掴んだ。

 けれどこの時点で彼女の開かれた胸元から少し盛り上がっている彼女の成長する望みはあるだろうおっぱいがのぞき込んでいた。

 だから俺は必死に慌てながらも脱ぐのを止めるように声をかける。

「ば、ばけるさん……み、みえる。みえちゃう……!」

 そこでようやく彼女の頭は回り始めたようで、段々と顔を赤く染まり始め……焦ったように離れて着替えると言って、その場ですぐに立ち上がろうとした。

 だが、急に立ち上がったのがいけなかったのだろう。

 俺が彼女の肩に置いていた手がストッパーのようになって、彼女が着ていたシャツはスルリと卵の殻が剥けるようにして脱げてしまった。

 支えることが出来る柔らかな膨らみとかがあったらきっと大丈夫だったかも知れないが……いや、分からない。如何なのかは本当に知らないんだ。

 まあその結果、立ち上がった時には化さんはパンツ一枚で俺の前に立ってしまっていた。

 そして立ち上がった一瞬、ピンク色のサクランボのようなものがふたつ視界を通り過ぎた気がしたが、すぐに目の前に真っ白の逆三角形パンツがこんにちわした。

 ……遠目から見たら本当に普通の白色のパンツなのだが、間近で見たら白い中に刺繍が施されていて花の模様や蔦が絡んでいるのが見えるから本当に高級な絹製の下着だというのが分かる逸品だ。

「~~~~~~~~~~っっ!!!!?? !?!??!?!?!?!?!?」

「す、すす、すまないっ! ワザとじゃな――」

 マジマジと彼女の下着を間近で見てしまっていた俺だったが、彼女の口から発せられた声にならない悲鳴にハッとして弁解をしようとした。

 だがその瞬間、彼女自身無意識なのだろうがバチーンッと鋭い平手打ちが俺の頬へと炸裂した。……正直、痛かったけれど、それに見合った代償だと思ってしまったのは俺の心の中だけに留めておこう。

 そう思いながら、部屋から追い出された俺はいったん自分を落ち着かせるために俺と化さん、そしてプラタの為の朝食の準備をし始めた。

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