こうして彼らは…………な話。
こうして彼らは…………な話。
祖父さんからの呼び出しと化さんの品定めがあってから一日が過ぎた。
昨日は慌ただしく色々なことがあったけれど、たった一日の出来事だとは想像がつかない。
買い物をして、動物病院に行って、祖父さんと電話越しに口論となった。言葉にすると簡単だが、二日の間に行ったりするべきだろう出来事が一度に起きていた。
本当、色々とあるものだ。そう思いながら、俺は閉ざされた襖をちらりと見る。
この襖の向こう、俺達が少し前まで眠っていた畳張りの部屋で彼女は瀬場巣さん……いや、祖父さんからプレゼントされた服に着替えを行っている。
あの後、化さんからの話を聞いたのだが、想像通り彼女の元には瀬場巣さんが来ていたらしい。しかし、瀬場巣さんは普通に俺のことを心配していたと化さんは会話していた内容を言ってくれたのだが、大家の婆さんに本当かと言うと意地の悪い笑みを浮かべていた。
『お前さん、本当に恵まれてるね』
『どういう意味だよ?』
『言葉通りの意味さ。お嬢ちゃんを大事にするんだよ。真樹さん』
首を傾げる俺に、婆さんは笑みを浮かべるだけだったが……それはどういうわけか腹が立つよりも、何処かむず痒く感じるものだった。
そのことを思い出していると襖が少し開かれて、恐る恐る化さんが顔を出してきた。
しかもその顔は若干赤く見えるから……恥ずかしがっているのかも知れない。
「あ、あの、真樹さん……。着替え、終わりました」
「わかった。その、着心地……、どうだ?」
「は、はい、初めて着たのに体にピッタリですし、肌触りもすごくサラサラしています」
化さんへとそう言うと恥ずかしそうに言いながら、彼女は少しずつ襖を開けて体全体を見せるように俺の前に立った。
清楚。そんな言葉が似合うかのように、彼女は落ち着いたような服装をしていた。
白いブラウスに、ふんわりとした黒……いや、黒に近い紺色の足首近くまでの長さがあるロングスカートというシンプルながらも上品さを感じさせる服装だ。
ちなみに少し見えるちらりと見える足先から白色の靴下が見えるから、たぶんガーターベルトを着用してるのだろうか……って考えるな、考えるな。あの時の下着姿を思い出そうとするな。
「そ、その……真樹さん。本当にこれ、貰ってもよろしかったのでしょうか?」
「あー……、祖父さんが渡したんだし、化さんは遠慮なく貰っておいてくれ。第一、化さんがその服を着なかったら同じような体形をした人が居ない限りは箪笥か倉庫の中で眠ることになるだろうしさ」
申し訳なさそうにしながら化さんは着ている服を見ているが、その服は完全に化さんの為だけに創られているたオーダーメイドだ。
というか、瀬場巣さんも祖父さんもこうなることを予測していた? いや、もしかすると手切れ金代わりにでも服を渡すつもりだったとか?
妙に祖父さん達の行動を勘ぐってしまうけれど、仕方ないだろう。それほどまでに祖父さんは俺を怒らせたのだから……。
「ミャアー」
「っと、悪いプラタ、それじゃあちょっと中に入ってくれ」
「ミャア!」
モヤモヤとした感情が胸の中に溜まろうとしていたところでプラタが鳴き声を上げながら、俺の足をタシタシと叩き、それに謝りながら俺は机の上に置いていた猫用のトートバッグを下に置く。
するとプラタは嬉しそうにバッグの中へと入り、うれしそうに体を伸ばした。まだまだ広く感じるバッグの中だけれど……きっと成長したら少し狭めになるかも知れないな。
そう思いながらプラタを見ているけれど、やっぱりちょっと複雑だった。
何故なら、この猫用のトートバッグも祖父さんが詫びのつもりなのか部屋の中に畳まれた洗濯物と共に置かれていた物だからだ。
化さんが無事だと安堵し、大家の婆さんに礼を言ってから部屋に戻った俺だったが部屋の中は出かける前よりも綺麗に掃除がされているように感じられた。
窓を開きっぱなしにして干していた布団は取り込まれており、洗濯物は畳まれていた。
そして冷蔵庫の中にある程度考えて詰め込んでいた物も収納しやすいように整理されていたり、所々に気配りが感じられる仕事だった。
どう考えても、瀬場巣さんと共に付いて来たであろう女給……いや、メイドの方が掃除などをしていったのだろう。鍵は大家の婆さんから借りたに違いない。
何というか釈然としない物を感じていた俺だったが、若干男臭さが無くなったかも知れないと思い……化さんには助かるかもと考えて呑み込むことにした。
そして一晩が過ぎた日曜日の今日――というかいま現在、俺は化さんに祖父さんから貰った服に着替えてもらい外へと出かけようとしていた。
目的地は昨日も訪れたホームセンター、昨日祖父さんから呼び出されて要件が終わった後にササッとプラタの物を買ったり、ネームプレートの書類を出そうと思っていたのだが……あんな事があった為、もう一度戻るのも面倒だと考えた俺は日を改めることにしたのだった。
「さてと、それじゃあ行こうか?」
「は、はい、……あ、ちょっと待ってください」
プラタの入ったトートバッグを肩に担ぎ、化さんへと言うと彼女は頷いたのだが、何かを思い出したように部屋へと戻り、すぐに戻ってきた。
いったいどうしたのかと思っていると彼女の手には昨日彼女に被ってもらっていた帽子があり、彼女は帽子を自らの頭にかぶった。
クラシックで清楚なお嬢様然とした服装にカジュアルな帽子が少し違和感を感じながら、化さんに声をかける。
「化さん?」
「その、わたしだと分かると……ダメ、なんですよね?」
「あ、ああ……悪いな」
「いえ、気にしないでください。わたしも真樹さんと一緒に居たいですから」
彼女の言いたいことを理解し、礼を言うと何の悪意もない純粋な言葉が返ってきた。
そんな彼女の言葉に嬉しさとドキリと胸が高く鳴ったような気がした。
一方で俺にそう言った化さんも自分の言葉に恥ずかしさを覚え始めたのか、段々と頬が赤くなっていくのが見えた。
「そ、その! は……早く行きましょう! プラタのネームプレートを注文しないと!」
「あっ、ああ、そうだなっ! い、行くかっ!!」
帽子を深く被って顔を隠す化さんに俺も返事を返し、靴を履くと外へと出る。
俺の後に続くように彼女も靴を履き、外へと出てきたので玄関の扉に鍵をかけた。
カチリッと音を立てて鍵は施錠され、ちゃんと閉まったかを確認する為に扉を引く……よし、問題はなし。
「それじゃあ行こうか」
「はい」
「ミャア」
鍵をキーケースへと入れてポケットに戻し、俺は歩き出す。
後に続くように化さんが歩き、トートバッグの中でプラタが鳴く。
新しい日常、これが続けば良い……。そう思いながら、俺は化さんと共に歩き出した。
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