祖父とリモート通話をする男の話。
祖父とリモート通話をする男の話。
正直、俺は祖父さんが苦手だ。
祖父さんは会社を運営しており、自身が若い頃に立ち上げた時は寝る間を惜しんで必死に仕事をし会社を大きくした。それを俺は幼い頃から使用人として働いている人達や両親から聞いていた。
幼い俺は何となく凄い人だと思っただけであったが、それ以上にその跡を継ぐと言われていた父さんが頑張る姿を見ているのが好きだった。
けれど、俺はあることがあって祖父さんの家へと引き取られて祖父さん達と暮らすようになった。その際、俺達と一緒に暮らしていたサンとルナも俺と同じように祖父である瀬場巣さんに引き取られて同じように住むこととなった。
俺はしばらくの間、外に出るのも嫌だったことと祖父さんの家でひとりになるのが嫌だったから、サンとルナ達と共に祖父さんの仕事を応接室のソファーに座ってジッと見ていた。祖父さんは言葉ひとつと指先ひとつで、まるで魔法のように仕事を良い方向へと持っていき、それを素直に凄いと思ってしまう自分が居たのを覚えている。
けれど、祖父さんが本当に凄いと思うと同時に俺は祖父さんを
祖父さんは俺の為に必要な物を購入し、色んなことを教えるように使用人達へと指示を出した。だけどそれだけだった。祖父さんは俺に思い出という物を与えてはくれなかった。
俺やサンとルナ
父さんたちのように一緒に鬼ごっこ……は無理だろうけど、散歩や付き添ってくれたりして欲しかった。
一度だけ我がままを言うように祖父さんに「一緒に遊んでよ」と言ったことがあるが帰ってきた返答はただ淡々と……、
「悪いな。仕事が忙しい」
と言うだけだった。
その時点、いやその前から……父さん達のことを悲しんでくれているように見えなかった時点から、俺は祖父さんを家族であるけれど他人と思うようになってしまっていたのだろう。
そして、祖父さんが行わないそれらは専属執事をしている瀬場巣さんと、彼の孫で俺と最も仲が良かったサンとルナの二人が行った。
俺も双子も、互いに喪ったものを埋めるかのように……共に遊びを行い、共に誕生日を祝い、血は繋がっていなくても本当の兄妹のように過ごした。
その為、年月が経って俺も彼女達も成長した。
俺の成長と同じように、双子たちも段々と体つきが女性へと変わっていった。
小学の高学年辺りで持ち味を残したまま女の子らしい体型と成長していく彼女達は、通っていた小学ではアイドルのようなポジションであり……何度も告白をされたりしたという話を聞いた。同時に告白した男子たちが呆気なく玉砕したという話も聞いた。
それほどまでに彼女達は可愛らしく、魅力的であるのだが……俺は彼女達をちゃんとした女の子として見ることなど出来ず、何処までも可愛い妹たちとしか思えなかった。
俺がそう思っていることは、彼女達も分かっていることだろう。
だから彼女達はかなり俺にベッタリしているのだ。
……とまあ、そんなことは今は置いておくことにする。
というか途中からサンとルナの話になっていたな。
要するに、俺は祖父さんが支援はしてくれているけれども、本当に苦手で極力関わらないようにしていたのだが……いま現在ルナが持っているタブレットに表示されている『Sound only』の文字とスピーカーフォンから聞こえる久しぶりの祖父さんの声に気分が悪くなっていた。
そんな俺の様子を見ていたようで、声が響く。
『気分が悪そうだが、ちゃんと食事を摂っているのか?』
「……ああ、ちゃんと摂っているよ。それで、何の用だよ?」
向こうは自身の顔を見せないようにしているけれど、こちらの顔は映るようになっているのかよ。内心、祖父さんへの悪態を吐きながら俺は返事を返す。
そんな俺を心配そうに反対側のタブレットから見えない辺りでハラハラと俺を見守るサンと心配なのかジッと俺を見つめるルナの視線を感じ、少しでも緊張を解すべく気を落ち着かせるよう努力する。
俺は祖父さんに何も思わない。無駄に波風を立つつもりはない。そう思っていると祖父さんが口を開いた。
『女をお前の部屋に連れ込んだそうだな? 聞いたぞ』
「……ああ、連れ込んだよ。悪いか?」
「「え“っ?」」
祖父さんの言葉に俺が返事を返すと、サンとルナから小さく声が漏れて不機嫌そうな様子が感じられた。何故だ解せぬ。
だけど俺を呼び出した理由が理解できた。化さんのことか……。
だったら俺は隠すつもりはない。だから、普通に話すことにしよう。
「相手が誰なのかは分かっているだろ? それに下着姿で公園の隅に居たら普通に助けるに決まっているだろう?」
「したぎすがたで……」
「こうえん……」
……何故だろう、俺がそう言うと双子が単語を途切れ途切れに呟き俺を見ている。
というかジトッというか、淀んだ瞳っていうか……良く分からない視線を送っている。
洋人形と日本人形のようなきれいな見た目の少女が暗い瞳で見つめてくることに少なからず恐怖を覚えていると祖父さんの言葉が響く。
『そんな風に出会っていたのか……。それで、お前は女をどうするつもりだ? ただ部屋に連れ込んだ。それだけでは何の解決にもならないのは分かっているだろう? ならこの後はどうするつもりだ?』
「……分からない。俺も公園で見た時にそのままにしておけないと思ったから連れ帰ったけど、化さんにはしばらくは俺の部屋で一緒に住んでもらうつもりだ。あと一緒に拾った子猫のプラタも可愛いから、滅茶苦茶ナデナデする」
『なるほど、お前自身は嫌っていない……か。そして
ん? 何だろうか、今祖父さんの言葉に違和感を感じたような気がする?
気のせい、そう思おうとしたが細かい違和感にも気に留めるように教わっていた為に考える。
そもそも祖父さんは俺の様子を見に来た? 違う、さっき言ったように化さんのことを知りたがっていた。そして祖父さんの代理として来るならサンとルナではなく、彼女達の祖父である瀬場巣さんが出てくるはずだ。
けれど今、瀬場巣さんは居るようには見えなかっ――――っ!!
俺はようやく祖父さんが俺をここまで呼び出した理由に気づいた。
「くそっ、そう言うことか……!」
「こまにーちゃん?」
「こまにいさん?」
悪態を吐く俺を不思議そうに見る双子へと尋ねる。
「サン、ルナ。今日は瀬場巣さんはどうしたんだ?」
「……ちょっと、用事?」
「え、えぇっと、その……えっとぉ!」
俺の問いかけにルナは淡々と言うが、俺に怒られるのが怖いというように目を逸らしている。
サンは基本的に裏表のない性格の為、隠し事が苦手なので慌てた様子であたふたし始めた。
「祖父さん、化さんに何をするつもりだ!」
『特に何もするつもりはない。ただあの女がお前の隣に居ても良い人物かを、必要に足る人物なのかを知りたいだけだ』
立ち上がりながら俺は叫ぶ。すると平然と祖父さんはスピーカーフォン越しに言った。
その言葉に俺は怒りを感じながらもリムジンのドアを勢いよく開けるとサンとルナ……いや、ルナが持っているタブレットに向けて更に声を荒げ叫ぶ。
「勝手なことをするな祖父さん! 俺は俺の意思で化さんを住まわせることを選んだ。だから、あまり関わってこない人間が口出しなんかするな!」
言った。言ってしまった。そう心で思いつつも、俺は言ったことを後悔していなかった。
……俺の言葉からスピーカーフォンから聞こえていた声は途切れ、少しして重く静かに声が響いた。
『そうか。なら用事が済むまでは、力づくでお前を部屋に帰さないようにさせてもらう。お前達、孫を押さえて身動きを封じろ』
祖父さんがそう言うと、リムジンを囲んでいた黒服達が俺が開けたドアへと近づき始めた。……多分、通信用にイヤフォンでも付けられていたりしていて、そこから指示が出たのだろう。
そう思いながら外へと出ると黒服達は皆、構える。とは言ってもファイティングポーズなどの拳を握るという物ではなく、相手を拘束するための両手を構えて腰をかがめたような体勢だ。
「邪魔をするな。俺は早く戻りたいだけだ」
「申しわけありませんが、当主様の指示ですのでもうしばらくこちらでお待ちください」
代表して黒服のひとりがそう言うと、外へと出た俺を拘束すべくジリジリと詰め寄る。
あくまでも行かせないつもりのようだった。……力づくなら、こっちも力づくで行かせてもらおう。
足に力を籠め、俺は踏み出した!
●
一気に踏み出した瞬間、ドンッ! と力強く黒服とぶつかった。
ラグビーのタックルのように相手の体にぶつかり、黒服の体が少し浮くのが分かると同時に周囲から驚きの声が上がるのを聞こえた。
どうやら彼らは俺を止める気でいたのだろうが、逆の結果となって驚いたに違いない。
それでも黒服達の対応は早く、すぐに人数を増やし俺の体を拘束すべく群がってくる。
「うぅおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおっ!!」
対して俺は咆哮とばかりに叫びながら、群がる黒服を物ともせずに突き進む。
「なっ!? マ、マジかよ!!」
「屈強な男が5人がかりだぞ!? それでも動けるっていうのか!!」
黒服達から驚きの声が上がるのを聞こえたけれど、正直言って舐めるなと言いたい。
俺はほぼ毎日、道路工事のバイトを学校が終わってから夜遅くまで行っているから体力にも筋肉にも自信があるんだよ。重いコンクリの袋を何度も運んだり、ドンドンと両腕に振動がかかるランマーを何時間も持って狭い場所の地ならしもしたりしていた。
というか見た目からして、普通にパワーがあるように見えるのにどうして止められると思ったのだろうか?
そう思いながら俺は駐車場をドスドスと移動する。ちなみにその姿は幾人かには見られてるので、本当に新しい噂が立つだろう。
若干泣きたくなるのを我慢しながら、ひとり、またひとりと剥がれていく黒服達を感じながら走る。
「あと少しで道路に出る……。一気に走れば問題はないよな」
「こまにいさん。ここから先には……行かせない」
「こまにーちゃん。止まって!」
俺が黒服達に手間取っている間に移動したのだろう。サンとルナが俺の行く手を阻むように立っていた。
その姿に俺は躊躇してしまう。何故なら、彼女達は大事な妹分だから手荒な真似はしたくない。だから頼むことにした。
「サン、ルナ。そこを退いてくれないか……」
「やだ!」
「……や」
俺の言葉にサンは首をブンブン振り、ルナは淡々と告げた。
そんな彼女達に対し、俺は動けずにいた。……強制的に押し退ける? いや、それはしたくない。家族に手を挙げるなんて絶対にしてはいけないんだ。けど、化さんが……。
立ち塞がる双子を前に悩んでいると、彼女達は俺に問いかけてきた。
「……ねえ、こまにーちゃん。急いで離れようとするのって、どうして?」
「こまにいさんは、ルナたちと一緒じゃ嫌なの?」
「サン、ルナ……、それは……」
瞳に不安の光を宿しながら二人は俺に尋ねてくる。
その瞳に動けなくなり何も言えなくなるが、このままではいけない……。
「悪い……。化さんが心配なんだ。俺が彼女を家に連れて行ったのに、俺の都合で追い出すことになるなんて真似はしたくないんだ」
「そんなに、そんなにその人の方が大事なの? サンたちよりも、ずっと?」
「サンも、ルナも、こまにいさんが大事だよ? それじゃあ、ダメなの?」
「……どちらが大切かなんて、決めれるわけがないだろ。お前達だって可愛い妹みたいなもんだから大事だ。化さんだって…………放ってはおけない」
ありきたりすぎる言い訳だ。俺は双子に言ったその言葉に頭を抱えたくなった。そして、彼女達は妹のような存在だといったけれど……俺にとって化さんはいったい何なのだろう? 祖父さんに言ったみたいに、助けたから最後まで面倒を見るだけの間柄か?
いや、それは違うと思う。だけどその言葉を俺は持っていなかった。
そうしていると複雑そうな表情でサンとルナが互いの顔を見合わせて、道を開けるように移動する。
「サン、ルナ?」
「こまにーちゃん、今回は退いてあげる。けど、もう少しちゃんとした答えを見つけてね」
「サンの言う通り。ルナも、サンもずっと言ってるけど、こまにいさんを男として見ているから」
「……何にどうツッコミを入れれば良いのか分からないけど、すまん」
双子にそう言うと俺は駐車場を飛び出して、アパート……いや、大家の婆さんの家に向かって走り出した。
そんな俺の後ろを黒服達が追っているかと思い、振り返ったが……追いかける様子はなかった。
もしかしてもう、化さんが……? 少し不安を感じながら、俺は必死に走り大家の婆さんの家へと向かう。
途中、何処をどう走ったのか分からないけれど必死に走り家の前に辿り着いていた。
家の前には車が駐車していなかったが、大丈夫かと不安を感じつつ婆さんの家のインターフォンを鳴らす。
『開いてるよ、勝手に入りな』
家の中からチャイムの音が響き、婆さんのその声がインターフォンから聞こえたので遠慮なく家の中へと入らせてもらう。
居て、くれるだろうか? そんな不安を感じながら、俺は婆さんが何時も居る小さな和室に向けて歩き、扉を開ける。
扉を開けると、そこには化さんが婆さんと共に座っていた。
「ば、化さん。大丈夫……だったか?」
それを見て俺は不安そうに尋ねると、彼女は俺の様子に驚きつつも大丈夫だと言った。
そんな彼女の姿を見て、俺は安心し溜息を吐きながらその場でしゃがみこんだ。
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