ラッキースケベな男の話(前編)

 ラッキースケベな男の話


 朝起きると、何故か布団で眠っていたはずの化さんが俺の腕の中で眠っていた。

 何を言ってるのかは分からないが、それは紛れもなく現実だ。

 その証拠に彼女から漂う香りが俺の鼻をくすぐり、胸を高鳴らせる。

 このままではダメだ。そう思いながら俺は彼女から逃れるべく体を動かし逃げようと体をグルリと回す。

 だがそれよりも先に、グルリと回した体がガッチリと拘束される。

「ん……っ、うぅん…………。んぅ……ん」

「っ!?」

 戸惑う俺を他所に、眠っている彼女は俺の体を離さないとでも言うように両腕で、いや脚も絡めて抱き着いている。

 もしかしたら、彼女のベッドには抱き枕でもあったのかも知れない。

 そんな風に思いながら抱き着かれた彼女から意識を逸らそうと頑張るのだけれど、自分にフィットする体勢へと変えようとしているのか、動くたびに背中へと何か柔らかな突起のようなものが当たっているような気がした。

 これって……い、いや、それはないそれは。

 だけど若干嫌な予感を覚えている。どうにか、どうにかしないと……って子猫はどうなった? まさか潰していないよな?

 不安になりながら首を動かすと、ジッとこっちを見ている子猫に気づいた。

「ミャア!」

「良かった。無事だったか……。ちょっと待ってくれよ? あとでご飯を上げるから」

 鳴き声を上げる子猫へとホッとしながら声をかけると、はやく寄越せというように顔を攻撃し始める。

 って、痛い痛い。爪立ってるから普通に痛い!

「ミャア、ミャア!」

「痛っ、ちょ――まて、待て! 痛い、痛いから!!」

「んっ、んぅ……うる、しゃいでしゅ……」

「わぷっ!? っ! っっ!!」

 化さんの舌足らずのような声が聞こえた瞬間、ずりずりと背中に当たる感触が動いたのを感じ――直後、顔に覆い被さるようにして温かく柔らかい感触がした。そして脳を蕩けさせるような甘い匂いも……。

 いったい何が起きたのか戸惑いながら見ると、臍が見えた。……臍、へそ、ヘソ。

 って、これ――化さんが俺の顔に抱き着いたってことだよなぁ!?

「ちょ、ちょっと化さん? ばけるさーん! 起きて、起きてく――ふむぅ!?!?」

「んぅ~~……すぅ、むにゃ……くしゅ、ぐった……んぅ」

 起きるように声をかけた瞬間、グッと顔へと化さんは体を押し付ける。どうやら寝惚けての行動だろう。だが、無意識ながらにした行動で彼女はお腹へと当たる俺の息などでくすぐったさを感じたようで声を漏らした。

 そして俺は俺で、塞がれた口と鼻に漂う彼女のにおいに頭がくらくらし始めた。

 くっ、ダメだ……。このままだと、落とされる……!!


「か、かくなる上はゆっくりと足を使って脱出するしかない」

「んんぅ……ん」

 呟き、吐いた呼吸の振動に化さんは声を漏らし、俺はゆっくりと足を動かし始める。

 鍛えられている足を畳に擦らせ、少し引くと……グッと体は下がり始めた。

 よし、行ける! そう確信しながら少しずつ足を使って下がっていくのだが、新たな問題が生まれた。

「くそっ、まさかジャージも一緒に下がり始めるなんて……!!」

 そう……俺がズリズリと下がり始めるにつれて、彼女が穿いているジャージのズボンが下がり始めたのだ。

 彼女の下半身からジャージが脱げることを代償に俺はこの天国で地獄な状況から出ることが出来る。だがこのまま進めば、彼女の下半身を俺は目撃してしまうだろう。

 今だって俺の目の前にはずり落ち始めたジャージズボンと鼠径部がチラチラと見え始めているのだから、正直言ってくそヤバイ。

 目が覚めた時に下半身が裸だったら、きっと襲ったと勘違いするに違いない。

 出るべきか、出ないべきか……そんな運命の分岐点に立っているような気分を味わっていると小さい悪魔が動き出した。

「ミャア! ミャアー!」

「んっ、んぅぅ……ねこ、ちゃん……?」

 ちょ、子猫ぉ! 待って、本当に待って!!

 心からそう思いながら彼女の耳元で鳴き声を上げる子猫に視線を向けると、とろんとした瞳の化さんと目が合った。……合って、しまった。

 あの公園では、子猫の鳴き声が目覚まし代わりになってたんだろうな。

 そう思いながら、目が合った彼女としばらく見つめ合っていると、段々と目が覚めてきたようでとろんとした瞳をこっちに向けていた彼女の顔が赤くなり始めるのが見えた。

 そんな彼女へと俺はどう話しかけるかと悩みつつ……挨拶をすることにした。

「あー……その、おはよう……ございます?」

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」

 人間って、極度の状態で悲鳴を上げると悲鳴にならない悲鳴が口から出るんだなぁ……と俺は初めて知った。


 ●


「ほ、本当に申し訳ありません!」

 そう言って化さんは着直したジャージ姿で……いや、一度着替えの入ったカバンの中から下着らしき物を手に脱衣所に向かっていき、少しして顔を赤くして戻ってきていたから下着を着用したのだろう。

 そんな彼女は改めて自身が眠っていた布団の上で正座をすると、俺に向かって土下座をした。

 そう、土下座である。DO☆GE☆ZA。

 美人というものは、土下座だとしても普通に絵になるものだ。……ある意味シュールであるが。

「い、いや、気にしないでくれ。というか、俺も化さんの気を悪くさせてしまったし」

「い、いえ、元はと言えばわたしが寝惚けてしまって、真樹さんをぬいぐるみに見間違え――な、なんでもありません……」

 最後まで言い終わる前に、彼女は顔を赤らめ口をもごもごとさせる。

 どうやら、ぬいぐるみを抱いて眠るという行為は子供らしいと思われたくなかったのだろう。

「まあ、過ぎたことは仕方ないってことで、手打ちにしないか? 化さんは俺に肌を見られた。俺は化さんに力いっぱい叩かれ――ふぐっ!?」

「そ、それは言わないでくださいっ!!」

 肌を見られたことを忘れたかったのか、俺がそう言った瞬間彼女は顔を真っ赤にしながら枕を投げつけてきた。

 枕は顔に当たり、汗臭いにおい俺の臭いに混じって甘いにおいがした。

「あー……悪い。無神経だったな……。まあ、昨日に比べて化さんも元気になってるみたいだから良かったよ」

「あ、その……、申し訳ありませんでした。その……よく眠れました」

 顔に当たった枕を床に置き、笑いかけると彼女は恥ずかしそうにもう一度頭を下げてきた。

「気にしないでくれ。困ったときはお互いさまって言うだろ? それで今日は洗濯をしようと思うんだけど……うん、良い天気だな」

 カーテンが開けられた窓から空を見ると雲一つない晴天であり、時間は……9時を少し回ったほどだ。

 それを確認して、窓を開けると少し肌寒いけれど心地よい風が部屋の中へと入ってきた。

 ふわりとレースカーテンが風に広がるのを見てから、俺は立ち上がる。

「さて、それじゃあ先にご飯を食べてから……始めるか。だいぶ待っててお前もお腹すきすぎてるんだろ?」

「ミャア、ミャア!!」

 はよご飯寄越せ。そういうかのように子猫は甲高い声で俺に鳴いた。

「とりあえず、子猫でも食べれるものって何かあったかー?」

「あの、真樹さん。猫ちゃんにこれも上げてください」

「これ?」「ミャア!」

 冷蔵庫へと歩き、中を確認していると化さんが声をかけてきた。

 振り返ると彼女の手には猫が飛びつくで有名なペースト状のおやつの袋を持っていた。

 それを確認した瞬間、子猫は嬉しそうに跳び上がるのを見た。

「じゃあ、余ってる冷ご飯に混ぜるか。俺達は……おにぎりでも食べようか」

 何を作るのかを決めて、俺は即座に動き始める。


 冷えたご飯を子猫の分だけ取ってから残りをレンジで温め、子猫の分の冷ご飯を水で洗ってから小皿に置いておやつと混ぜ合わせるとそれを床に置く。

「ミャア、ミャア……はぐはぐ」

 置かれた瞬間から、子猫はすぐに食事を摂りはじめたでそれを見ながら俺は温めたご飯に塩を振りかけてご飯に絡める。

 生憎とうちにはふりかけという豪華な物はない。塩おにぎりで十分だ。

 少しだけ手に落とし、それを口に放るとあったかいご飯の味と共にピリッとした塩辛さが口の中へと広がる。……もう少し少ない方が良かったかもな。

 過ぎた失敗を悔やみつつ、塩が混ぜ込まれたご飯をしゃもじで取ると軽く濡らした手の上に落として両手で握り始める。

「あちっ、あち……っ! よっ、ほっ」

 熱々のご飯の熱が両手に伝わり、熱いながらも握っていき……ソフトボールほどの大きさをしたまん丸おにぎりが出来上がった。

 それを皿に置き、続いてもう二個作っていく。……化さんには一個で十分だろうが俺は二個あれば良いからだ。

 皿に載せたら食べるだろう。そう思っていたのだが、彼女は出来上がったまん丸いおにぎりをジッと見るだけだ。

 ただし、お腹は正直なのか……グゥゥと鳴っているのだが彼女は気づいているのだろうか?

「化さん? おにぎり食べないのか?」

「えっ!? あの……食べても、良いのですか?」

「逆に聞くけど食べる気はないのか? 「――た、食べますっ!」 ……だったらどうぞ」

 俺の言葉に彼女は驚いた表情を浮かべて、訪ねてきたのでそう言うと間髪入れずに彼女はそう言ったので内心苦笑しつつ勧めると、彼女は申し訳なさそうに、だけどガッシリと両手で俺が握ったまん丸おにぎりを手に取って食べ始めた。

「もきゅもきゅ……もきゅもきゅ、あぁ……美味しいれしゅぅ……」

 俺だったら一口でバクッと半分ほど食べるのだが、口が小さいからか彼女は口元におにぎりを持っていって啄むように食べていた。

 そして、顔を蕩けさせながら微笑んだ。……何だろう、おにぎりを食べてるだけなのに卑猥に見えるのは。

 きっと俺の心が汚れているからだな。

 そう結論付けて俺も握り終えたおにぎりへと齧りついた。

 これが終わったら洗濯を始めよう。


―――――


初(あ、もしかしてあの時、屋上に見えたのって……真樹さん?)

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