風呂上がりの少女と落ち着いて話をする男の話
風呂上がりの少女と落ち着いて話をする男の話
そろそろ20分ほどか、そう思いながら脱衣所から出て来ない化さんに少し心配をしてしまうけれど、女性というものはお風呂に時間がかかるものだということを思い出し、子猫を撫でる作業に戻る。
お腹を撫でられる子猫は気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らし、とても可愛らしい。
だけど、少し毛の触り心地がゴワゴワしていてダメだと思う。
「……お前も出来れば洗ってやりたいな。……良いか?」
「ミャア~~……」
ダメだ。眠いのか、気持ち良いのかまったく話を聞いていない。いや、質問しても返事はしてくれるわけがないか。
そう思いながら子猫を撫でていると、ガチャリと扉が開く音が聞こえ……そっちを見ると何処か挙動不審な感じにジャージ姿の化さんが脱衣所から出てきた。
「あ、あの……。お風呂、ありがとうございました……」
申し訳なさそうに俺へと言いながら、居間へと歩いてくると……ふわりとシャンプーなどの香りがした。
使っているのは俺と同じシャンプーやボディーソープのはずなのに、何処か良い匂いのように感じられるのは……女性特有の香りというものだろうか。
返事がない俺に不安を感じたのか、彼女はこちらを見ながら訪ねてきた。
「あの……」
「あっ、ああっ! その、何か……飲むか?」
「い、いえ、そんなっ! お風呂に入れていただいただけでも!!」
そんな彼女にドキッとしながら俺は立ち上がったのだが、遠慮するように彼女は首を横に振って断った。
「ミャア! ミャアーー!!」
「あ、わ、悪い……」
「ご、ごめんね。猫ちゃん落ち着いて……ね?」
突然立ち上がったからか、気持ちよさそうにしていた子猫がびっくりして俺を非難するように鳴いた。
それに対し謝りつつ、台所に向かい冷蔵庫から牛乳を取り出すと鍋にある程度注いで火にかける。
一方で化さんは怒る子猫に謝りつつ宥めるように頭を撫でていた。
その様子を見ながら、俺は牛乳を温めていき……少しだけ砂糖を入れて温める。
牛乳が沸騰する前に火を止め、二つのカップへと注ぎ、最後に子猫用に少しだけ入れる為に小皿を用意してそれに注いだ。
「……まだ少し熱いな。ちょっと牛乳入れて冷ますか」
冷蔵庫から牛乳を取り出し、ほんの少しだけ入れてちょっとだけぬるい牛乳にして居間へと戻る。
化さんは子猫をあやしつつ、少し眠そうに見えた。……先に牛乳を用意してサッと風呂に入ってから話をしようと思ったけど、先にしたほうが良いか。
「化さん。温かい牛乳を飲みながら少し話をしよう。子猫のも用意してるから」
「ふぁっ!? は、はい、わかりました……」
俺の声にビクッとしながら、彼女は返事を返して距離を開ける。
この状況だと普通にそうなる。そう考えながら彼女にホットミルクが入ったカップを差し出し、子猫の為に小皿を置いた。
「ミャア……? ミャア~」
すると子猫は牛乳のにおいに反応したのか、化さんの膝から降りて置かれた小皿へと顔を近づけて……ぺろぺろと舐め始めた。
……いちおう、お腹を壊さない程度の量を考えたつもりだけど、大丈夫だよな? スマホも見たんだし……。
そう思いながら子猫を見ていたが、改めて化さんを見る。
「それで……話をしようと思うんだけど、良いか?」
「は、はい」
公園で出会ったときはザッとした話だけだったけれど、もう少し……いやこれからどうするのかを聞いておかないといけない気がする。
こういうお嬢様っていうのは一部を除いた以外は基本的に箱入りだし、下手をすればこのまま明日に出て行ったら変なところに行きそうだし……。
「あの?」
「ああ、すまない。それで化さんは……明日からはどうするんだ?」
「え、明日から……ですか?」
いかん、色々と考えすぎていた。
反省しつつ化さんへと問いかけると、よくわかっていないといった風に軽く首を傾げる。
……こういうのが男性にはかわいいと思うんだろう。事実可愛いと思ってしまう。
何故、そんな可愛い女子が俺の部屋で俺の古着のジャージを着てくれているのだろうか――はっ、いかんいかん。話を続けないと!
「ああ、今日は泊めるけど……明日からはどうするんだ?」
「えっと、その……どう、しましょうか」
俺の言葉に困った表情を浮かべながら彼女はホットミルクに口を付ける。
すると何処か嬉しそうに彼女はもう一度口を付けた。何というか危機感が感じられないように見える……。
「……化さんだって、こんな男の部屋に居たくはないだろ? 噂、聞いているだろうし」
噂を知っているから、俺に対して怯えた反応を見せていたに違いない。……見知らぬ男というのもあるだろうけど。あと、巨大だから? あれ、考えてたら目に汗が。
そう言うと、化さんは俺へと視線を向けつつ……戸惑った表情をこちらへと向けた。
「真樹さんの噂は、生徒会でも聞いています。でも……わたしには貴方がそんな人のようには見えないんです」
「……何でそう言えるんだ?」
「わかりません。でも、真樹さんが噂通りの人だったら、公園で出会ったときにわたしに乱暴をしたと思います。猫ちゃんにもミルクなんてあげませんよね? そ、それに……」
言うのが恥ずかしいのか、口元をカップで隠しながら化さんは恥ずかしそうにこっちを見る。けれどその瞳は純粋に俺に目を向けていた。
「わたし自身が真樹さんのことを知らないのに、周りの噂や言葉だけを信じたら駄目じゃないですか。少なくとも、真樹さんは酷い人じゃないことはわたしにも分かります」
「…………そう、か。……ありがとう」
何というか、久しぶりにそんな感じの言葉を聞いた。
周りがどう言っていても自分が見たものを信じる。それを目の前の彼女は持っていると俺は思いつつ、そんな彼女放っておいたらダメだと考えて決意するとホットミルクを一気に飲んで化さんを見た。
「化さんは俺の布団で寝たらいい。近頃干していないから汗臭いかもしれないけど、少しは落ち着くだろ? それで明日は洗うことが出来ていなかった服を洗濯しよう」
「え、あ、あの……? それはいったいどういう……」
突然の俺の言葉に彼女は戸惑った様子でこっちを見る。
だから、俺は口にする。
「化さんが住む所がない。だから、住む所が見つかるまで……そうだな、雨風を凌ぐってぐらいの考えで良いから、ここで住めばいい」
「っ!? で、でも、その……真樹さんに迷惑がかかるのでは? わたしは、別に……」
俺の申し出に彼女はビクッと体を震わせ、不安そうにこちらを見てくる。
まるで自分は大丈夫とでも言うように見えるけれど、俺は彼女が明日出て行ったら結局はどうなるかを結論として口にする。
「悪いと思うけど、俺には化さんが明日出て行ったら……またあの公園の隅っこに居そうな気がするんだ。今回は俺だったけど、もし警察だったら? 酷いやつに見つかったら? 雨が降ったら? 一か月二か月もあんな場所に住めるわけがないんだ」
「それはその……」
出口を塞ぐような感じで悪いけれど、そうでもないと彼女は断ってしまうだろう。
帰したくないというわけじゃないけれど……、このまま放っておいてもいけないもの事実だ。だから俺はそう言って黙ったままの化さんに何も言わず立ち上がると押し入れから布団を取り出して敷く。
せんべい布団とでもいうぐらいに薄くなってしまっている布団。彼女にも言ったように汗臭いと感じながら、敷き終えると化さんを見る。
「とりあえず、俺は風呂に入ってくるから……眠ったらいい。化さんも考える時間が必要だろうし、明日は服の洗濯を行うってことで良いか?」
「はい……」
俺に言われたことが悲しかったのか、彼女は弱弱しく返事をする。
そんな彼女の様子が心配だったのか牛乳を舐め終わった子猫が心配そうに近づく。
「ミャア、ミャア……」
「悪い、言い過ぎた。でも、無理な時は無理って言ったほうが良い」
少し申しわけないことをしたと思いながら、俺は脱衣所へと入り……扉を閉めた。
●
「お風呂は冷めてるだろうし、頭から被って冷静になるか」
自分に言い聞かせるようにそう呟き、俺はパパッと着ている服を脱ぎ始める。
一応替えの下着などはバスタオルを置いている籠の下に入っているから問題は無し。
そう思いながらチラリと洗濯するための籠を見ると……化さんが着ていた服が見えた。
ワンピースみたいな制服、その上には隠されずに置かれた純白の下着……さっきまで彼女が穿いていた物。
「ふ、普通、隠すものじゃないのかよ」
見えていた下着の上へと、隠すように着ていたシャツを置いてカバーして服を脱いでいく。
見られる可能性など当たり前に無いだろうけど、服を脱ぎ終えて風呂場に入るとパパッと体を洗い、髪も洗う。
予想通り浴槽の中のお湯は冷めていて、若干冷たいけれど……頭の中を冷静になるにはいい感じだ。
というか、何も考えてはいけない。無だ。無になるんだ。
決して、自分が座っている椅子にさっきまで化さんが座っていたとか、彼女のエキスが染み込んだお湯に入っているなんていう残念な発想を持ってはいけない。
そんな残念な童貞じみた発想を投げ捨てながら、少し冷えた体を温めるようにシャワーを浴びて浴槽の栓を抜いた。
栓が抜かれた浴槽からお湯は抜けていき、小さな渦を作っているのが見えた。
最後までお湯が流れるのを見届けることなく、換気用に小窓を少しだけ開けて体の水気をタオルで取って脱衣所に出ると、バスタオルで体と頭をガシガシと拭く。
あらかた拭き終え、下着を着始めるのだが……ふと疑問に思ったことを口にしてしまった。
「そういえば、化さんって……下着、つけたのか?」
……さっきまで穿いていたパンツはそこにある。見ない。絶対に見ないぞ。
俺が差し出したのはジャージだけ……。あれ、ジャージだけだった。
彼女が着替えが入っていると思うカバンを漁ったかと聞かれたら、漁る間もなく俺が脱衣所に押し込んだ。
…………ま、まさか。
「いや、気のせい。気のせいだ。……気のせいだって言ってくれ」
浮かんでしまった嫌な予感を否定するように俺は呟きながら着替えを終え……脱衣所から出る。
そして風呂上がりの水分補給として水を一杯飲み、居間を見ると化さんは布団の中に入っており、眠りについていた。さらに眠る彼女の布団の上には、子猫が丸まり眠りについているのが見えた。
申しわけない、と彼女は遠慮しながら言っていたけれど、やっぱり疲れていたんだな。
そう思いながら俺は静かに戸締りをしてから居間に入ると、電気を消して……戸締りを行ってから台所のテーブルで今日眠ってしまって出来ていなかった学校での勉強をし始めた。
そして日付が変わろうとする頃に勉強を終え、こっそりと居間へと入る。
いつも俺が眠っている布団の中で「すぅ、すぅ……」と浅く寝息を立てる化さんを見て、彼女を意識しないように心掛けながら……布団を敷く際に隅に出しておいた掛布団を体にかけて、彼女へと背を向けるように腕枕で眠りについた。
とりあえず、明日は……化さんの服を洗濯して、かわかさない……と…………。
ウトウトと意識が沈んでいく中で明日の予定を考えていく。
けれど考えがまとまる前に、俺は完全に眠りについてしまっていた。
翌朝、嗅いだことのない甘い香りがする中でうっすらと目を開ける。
するとそこには……、化さんが眠っていた。
え? な、なんでだ??
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