第9話 case3 誘惑の牙4

「ふ~。こりゃあ、ここがヴァンパイアの住処で間違いなさそうだな」


「うむ。そうでなければ、こやつらがこんなところにはいないだろう」



2人の前には2つの首なし死体が横たわっていた。


いっけんそれは人間に見えるが、吸血鬼の眷属である。


ヨウジ達がラブホ城へと乗り込んだ際、エントランスで襲撃にあったのだ。


が、既に気配を察知していた2人によって、それぞれの首を撥ねられて物言わぬ躯に変わってしまった。


ヨウジが撥ねた方の眷属の首の断面からはまだぴゅーぴゅーと血が噴き出している。



「うわー、返り血が気持ちわりぃ。カゲマルみたいに斬っても血が出なけりゃあ楽なのによー」


「ならばいつものように十手にすればよかったではないか。多少は違うだろう」


「ん~、最近十手ばっかだったし、気分的な?」



ヨウジのアバウトな回答にため息をつく陰丸。


気分で得物を替えるとは何事だ・・・と説教をしたいところだが、その効果の有無を考えると徒労に終わる可能性が高い。


それに、別段得物が変わったところで問題はない。



今日のヨウジが持っている得物は小太刀だ。


十手と同じように二振りあり、今は右手に1つ、腰に1つさしている。


左手はいつものように懐中電灯だ。



「そんじゃあ、1部屋ずつしらみつぶしにヴァンパイア探しといきますか!」


「ああ、眷属も放置はできんしな」



エントランスを通過したヨウジ達は廊下にでた。


両側の壁には複数のドアがあり、それらを手前から順番に開けて中を覗いていく。


どのドアも鍵は掛かっていなかった。



「ほっほ~、この部屋は丸いベッドなのかぁ」



「うわぁ、天井が鏡張りになってんぞ、すげぇなぁ」



「おぉ、この部屋風呂が丸見えだなぁ」



部屋を覗く度にそんな感想を漏らすヨウジ。


AVや雑誌等でしか見た事がないそれは、彼にとっては一種の憧れだ。


いつかは自分も彼女と・・・


怪異狩りに来ているというのに、そんな妄想をしてしまう。


一緒に来る相手もいないというのに。



「ヨウジ、真面目にやれ」


「へいへい」



あまり緊張感がないが、これでも複数の眷属達から襲撃を受けている。


部屋の中での待ち伏せ、部屋に入る際の廊下側からの襲撃。


そのどちらも、彼らは楽に対応していた。


部屋の敵はヨウジが、廊下側は陰丸が、それぞれの担当だ。



1階、2階、3階・・・と特段問題なく探索は続けられる。


そして、探索開始から2時間半が経過し、討伐した眷属の首なし死体が10を超えた頃、ついに最上階まで辿りついたのである。


最上階の廊下にはドアは一つしかなかった。


それは大きな扉だった。



「『VIP』か。ま、いるとしたら当然ここだわなぁ」



ヨウジは扉の上についたプレートを見上げている。



「ああ、これまでの部屋は全て潰したから、後はこの部屋の奴らだけだろう」



陰丸は部屋の気配から複数の眷属達の気配を感じ取っている。


おそらく、その複数の中に吸血鬼もいるだろう、とあたりをつけて。



「そんじゃ、城の主にご挨拶しますか」



ヨウジの言葉に頷いた陰丸が爪の刃を扉に振るう。


そして2人は細切れに切断された扉の破片を越え、中に踏み込んだ。



「があああ!」



部屋に踏み込むと同時に、4体の眷属達が一斉に飛びかかってくる。待ち伏せしていたようだ。



「見え見えなんだよ!」



流れるような斬撃で迎え撃った2人の前には、一瞬で目の前の眷属を肉片に変える。


血肉が散らばった高級感のある大部屋の奥へ進むと、ベッドルームに出た。


そこには、大きな高級ベッドに腰掛ける、青白い顔をしたタキシードの男の姿があった。


ベッドルームには、その男以外に人影は見当たらない。



「随分と無粋な客が来たようだな」



見下したような顔で男はそう口にする。それは今回の事件を引き起こした張本人であった。


眷属達がやられたというのに、その顔には焦りが見えない。相当な自信があるようだ。



「随分とハーレムを楽しんでいたようだな色男?残念だが、それも今日で終わりだ」



ヨウジはそう言うと一瞬で男との間合いを詰め、両手の小太刀を繰り出す。


バサァ!



「なにぃ!?」



首と胸に振るった小太刀は、空を切った。男がいた場所には無数の黒い影・・・蝙蝠が飛びまわっている。


そして、その蝙蝠たちは部屋の隅まで移動すると、瞬く間に吸血鬼の姿に変わった。



「吸血鬼は蝙蝠に変身できるのだよ。更に高位の吸血鬼は、身体を無数に分割して変身が可能だ。・・・私のようにな」


「は!逃げるのがお得意って訳か」


「攻撃にも有効だぞ?今から身をもって教えてやるとしよう」



邪悪な笑みを浮かべた吸血鬼は、再び身体を無数の蝙蝠に変えると、2人にむかって一斉に向かってきた。



「ヨウジ!蝙蝠の中に奴の本体が紛れ込んでいる!それを斬るぞ!」


「おう!」


「ほう、知っていたか。だが、お前達に私の本体を斬れるかな?」



向かってくる蝙蝠の大群に2人は刃を振るう・・・が、それは数匹の蝙蝠を切り落とすだけで焼石に水だった。



「っぐ!」


「ぬ!」



無数に体に近づく蝙蝠達の牙は、ヨウジ達の身体にどんどん食らいついていった。身体に食いつく蝙蝠達を叩き落としていくが、キリがない。


斬っても斬っても数は減らず、2人の身体には蝙蝠の噛み傷が増えていく。


2人は防戦一方になってしまった。



「広い場所では不利だ!いったん引くぞ!ヨウジ!」


「おう!」



陰丸の言葉でベッドルームから撤退するヨウジ達。だが、そんな2人を吸血鬼は執拗に追ってきた。逃す気はない様だ。



「ハハハ!逃げても無駄だ。お前達の血を全て吸い尽くしてやるぞ!」



後ろから迫ってくる無数の蝙蝠の中から声が聞こえる。その声色は勝利を確信しているかのように高揚している様子だ。


だが、その声がした次の一瞬で、ヨウジは体の向きを真逆に変えて蝙蝠達に突っ込んだ。



「なにぃ?!」


「バーカ、逃げたのはフェイクなんだよ!お前の蝙蝠達を一直線に飛ばすためのな!」



ヨウジは見を低くして飛んでいる蝙蝠達の下を一気に突っ切る。


そして蝙蝠達の後ろまで到達すると、小太刀を上に一閃した。スパッと、最後尾を飛んでいた蝙蝠の身体が真っ二つになる。



「ば・・・バカな・・・」


「女を使い魔にして、こそこそ血を集めてくる野郎の行動なんて、大体わかってんだよ」



ヨウジは吸血鬼の今までの行動から、吸血鬼が安全なところから攻撃を繰り出していると予想した。そしてその予想通り、飛行する蝙蝠の最後尾に本体がいたのだった。


吸血鬼の本体を斬られた蝙蝠達はそのまま灰になって床に落ちた。



・・・



「あーいててて。ったく、蝙蝠の数が多すぎんだよ」



連絡を済ませたヨウジ達は廃墟を後にして、原付バイクで帰宅中だ。最低限の手当てはしたものの、全身を蝙蝠達に噛まれた傷は夜風に染みる。



「今回は珍しかったな。ヨウジが怪異の元締めを仕留めるとは」



ヨウジと並走するように飛ぶ陰丸が、痛みに顔をしかめるヨウジにそう語りかけた。


今までは大体陰丸が怪異のボスを倒すことが多かった。


それは、ヨウジよりも陰丸の方が攻撃力が高いことと、ヨウジもボスを仕留めることに執着がなかったためである。



「ま、たまにはやる気を出してみたんだよ。・・・これで少しは、供養になったかね」


「ん?よく聞こえなかったが、最後になにか言ったか?」


「なんもいってねーよ」



そう答えたヨウジは、傷口の痛みに耐えながら、数時間前まで共にいた年上の美人の顔を思い出すのだった。

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ストライプ・コミュニケーション ねお @neo1108

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