第5話 case2 人肉レストラン4

ヨウジは目を覚ました。


どうやら自分は椅子に座った状態のようだ。

目の前には、火のついたロウソクが中央に数本立っている丸テーブルが目に入る。


地下への階段を降りて、部屋に入ったことは覚えているがそこから先の記憶はない。



「また、カゲマルに小言を言われちまうな」



怪異の術中にハマってしまった自分に対して文句を言う相棒の姿を思い浮かべる。


そんなことを考えていた時だった。


ゴロゴロ・・・と台車を押すような音が聞こえてくる。



「お、主のお出ましか」



ワゴンカートを押した、シェフの恰好をしたひどく肥満の中年男がヨウジの横に現れた。


その笑顔は青白く、生きている人間のそれではない。


なにより、そのシェフからは血の臭いがぷんぷんしていた。


ワゴンカートの上には料理と思われるものが乗っている皿が見える。



「ようこそ、いらっしゃいました。本日は、当店にお越しいただき、誠にありがとうございます。四種のコース料理をご用意いたしましたので、ゆっくりとご堪能ください」



そうシェフが口にすると、いつの間にか現れた青白い顔のウェイター風の男が、ワゴンカートの上にあった皿をヨウジの前のテーブルに置いた。


皿の上には、肉料理らしきものが乗っている。


が、勿論それを舌で堪能する気はない。



「あー、俺はこんな得体の知れないもん食う気ねーんだわ。返品すんぜ」



ヨウジは目の前の皿を持って立ちあがり、パイ投げのようにそれを頭一つ分低い位置にあるシェフの顔に投げた。


シェフの顔に命中した皿は、床に落ちてガシャンと割れる。


そして、シェフの顔には肉料理とソースが付着していた。


肉料理の方は、ずるずるとシェフの頬を伝って、床にべちゃりと落ちた。


シェフは笑顔のまま、いつの間にか手にしていたハンカチでそれらをゆっくりと拭った。



「お客様はマナーがなっていないようですね。そして・・・」



ハンカチで顔を拭い終わったシェフの顔は先ほどまでの笑顔が消え、憤怒の表情に変わっていた。



「ワタシのリョウリをムダにするなぁ!!!」



シェフは大きく一歩踏み出すとヨウジの顔に向かって拳を振りかぶる。


その腕の勢いに、テーブルのロウソクの火が揺れた。


しかしヨウジは、それをひょいっと軽いステップでかわすと、シェフに挑発的な顔を向けた。



「そんなノロい拳が当たっかよバーカ。悪趣味なモン作ってないでちったあ運動でもしろや」



ヨウジの言葉に、シェフは顔を真っ赤にしてぷるぷると震えだした。


その身体は徐々に膨れ上がっていき、白いコックコートはビリビリと破けて脱げ落ち、醜悪な紫の肉の肌が露出した。


頭に乗せていたコック帽は床に落ち、顔も今や肉で膨れ上がっている。


その色も身体の肉と同じく紫に変色していた。


ヨウジの頭一つ小さかった身長は、今や2mはあろうかという高さになり、横幅もヨウジの3人分はあろうかという巨体だ。


その右手には、いつの間にか巨大な肉切り包丁が握られている。



「もうシェフっていうより、ホラー映画に出てくる肉屋の化け物だな」



そう口にすると、ヨウジは右手で足元に落ちていた十手を拾い、左手で腰にさしていた十手を抜いた。


戦闘準備が整ったヨウジは、右手の十手をシェフの首元へ叩きつける。


十手が当たった部分の肉が弾け、赤い血と紫の肉が周囲にベチョッと飛び散る。


しかし、身体に着いた肉が厚すぎるせいか、あまりダメージを負っている様子はない。


チッと小さく舌打ちしたヨウジは、横から迫ってきたシェフの肉切り包丁をしゃがんで避けた。


さらにそこから、足や胴体、右腕に両手の十手の連撃をたたき込み、後ろに引くヨウジ。


いずれの攻撃も、初撃と同様に肉を少量弾けさせたが、分厚い肉の前にはあまり有効なダメージとは言えなかった。



「おいおい、贅肉多過ぎだろ。・・・持ってくる得物ミスったなぁ」



打撃武器では分が悪いと思いながら、有効そうな武器を爪に宿す相棒の姿を思い浮かべる。



「しゃーない、こりゃあ時間稼ぎするっきゃないか」



そう決めたヨウジは、シェフから更に距離をとるのだった。



「アクシツなキャクだ!トリオサエロ!」



そうシェフが叫ぶと、テーブルの周りの闇から、ヨウジに向かって手が伸びてきた。


ウェイターだ。


シェフに使役されているらしい青白い顔のウェイターが次々と周りの闇から現れる。



「うおっ!めんどくせえから集まってくんな!」



そう口にしながら、両手の十手で次々とウェイター達の頭を潰していくヨウジ。


シェフにはあまり効果がなかった十手だが、ウェイター達には効果抜群のようだ。


十手を食らったウェイター達は次々と倒れて消えていった。



テーブルの周りをまわりながら、距離をつめて肉切り包丁を振り回してくるシェフの攻撃を避け、闇から現れるウェイター達を倒していくヨウジ。


テーブルを1周した時に、置いてあったワゴンカートにぶつかりそうになったため蹴り倒す。


乗っていた他のコース料理と思わしき悪趣味なスープや肉の乗った皿も床に投げ出されて割れた。


それを見たシェフはさらに激怒して、激しく攻撃してくるのだった。


そんなシェフの攻撃をヨウジはひょいひょい避けていく。


ウェイターに捕まらなければ、シェフの攻撃が当たることはない。


そう考えて、しばらくグルグルとテーブルを回っていたヨウジだが・・・



「やべっ!」



不意に足首を何かに掴まれ、尻もちをついてしまった。


見ると、這いつくばったウェイターの手が足に伸びている。


その手を十手で潰したヨウジだったが、見上げると右手を振り上げたシェフの姿があった。


絶体絶命の状態である。



「キサマのニクでフルコースをツクッてやるわあ!」



そう言ってシェフが右手を振り下ろそうとした時である。



シェフの身体に一筋の線が出来た。


頭から股までのその線は次第に大きくなっていく・・・シェフの身体が縦に真っ二つになったのだった。


左右に崩れ落ちたシェフの身体はそのまま蒸発して消えていく。


そして、シェフが立っていた場所の先にあった姿を見て、ヨウジはホッと口を開いた。



「遅かったじゃねぇか・・・宮本武蔵」


「だから待てと言ったのだ・・・巌流島への船を探すのに手間取った」



めずらしく自分の軽口に反応する相棒を見て、にやりと笑うヨウジだった。




・・・




ウェイター姿の怪異は、シェフを倒した後には姿を見せることはなかった。


使役するシェフを倒したことで、ウェイターの怪異も消えたのだろう。


ヨウジは、陰丸が持ってきた懐中電灯の光で、部屋の奥にあるドアを見つけた。


ドアを開けた先は調理室と思われる場所で、2人はそこで無数の骨と行方不明者達だと思われる遺体を発見した。


その状態はあまりに凄惨なものであり、咽るような血の臭いも相まって、そういったものに慣れているヨウジでさえも直視し続けられなかった。



その後、建物の外に出て任務完了の電話を祖母に入れたヨウジはふっと息を吐いた。


ほこりや血の臭いに溢れた建物内にいたせいか、外の空気がおいしく感じられる。


ふと顔向けたヨウジの目には、建物の駐車スペースにある、乗り捨てられた複数の車が映った。


その中の1台はまだ新しい。今回の行方不明者が乗っていた車だからだ。


ここに来た時も見たのだが、それを再度見た今、ヨウジは抱えていた違和感の正体に気づいた。



「ヨウジ、どうした?」



ハッとした顔のヨウジを不思議に思った陰丸が尋ねる。


その声に、ヨウジはこう答えた。



「なんで、ここに来た大学生グループは2つなのに、新しめの車は1つしかないんだ?」











人間は快楽に弱い。


一度快楽を覚えると、再びその快楽を得ようする。


その快楽が強ければ強いほど。


そして、禁忌的な快楽を覚えてしまった一人の男が、そこにはいた。




・・・




ヨウジ達が怪異退治で廃レストラン内にいた頃。


県内のとある公園内では、グチャ、グチャ、と不気味な音が響いていた。


音の出どころは、公園内にある茂みの中からだ。



そこには「人肉レストラン」での行方不明者の一人であるミツアキの姿があった。



ミツアキの手と口元は真っ赤に染まっていた。


そしてもう一人、ミツアキの側にはOLと思われる格好の若い女性の姿がある。


だが、その女性は地面に仰向けに横たわっており、ピクリとも動かない状態だった。



「ああ、美味い・・・。この肉、美味いよぉ」



ミツアキは恍惚とした表情でそう口にした。




・・・




翌朝ニュースが流れた。


昨夜、県内の公園で若いOLが殺害されたことと、その犯人と思われる男が警察に逮捕されたという内容だ。


ニュースでは、逮捕された男が最近起こっていた連続殺人事件の犯人である可能性が高いと報じられていた。


だがそのニュースでは”ある事実”は伝えられなかった。



それは、逮捕当時に男が何をしていたのか、ということである。

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