究極の宇宙テスト
松長良樹
究極の宇宙テスト
――ある晴れた日の午後だった。
空から大きな声がこだましてきた。それは万人に聞こえるような、張りのある心の底まで響くような声だった。
声は様々な国の人々にそれぞれの母国語となってダイレクトに伝わってきた。
「地球人の諸君、我々は宇宙生命体である。諸君のいうところの宇宙人と解釈してもらって一向に構わない。君たちは長い年月をかけてある程度の進化をとげてきた。そして我々のレベルにまでもうすぐ達しようとしている。そこで君達には試験を受けてもらう。君たちの表現を借りて言うなら、これは受験に他ならない。君達人類の宇宙に於いての適合性が試験によって試されるのだ」
誰もが空を見上げたが声の主は姿を見せず、声だけが伝わってきた。
「この試験によって君達は淘汰される。君達人類が宇宙にとって存在価値のあるものかどうかが試される時が来たのだ。この試験に合格すれば将来を約束されるが、もし失格したら諸君の未来はない。尚、この試験は究極の○×式で出題される。出題数は一問のみ、それに正解さえすればよいのだ! もし答えない場合はむろん不正解となるのは常識であろう」
まったく相手に有無を言わせぬ口調、一方的、独善的とも言えるその口調は妙な威圧感を秘めていた。しかし大変な事になった。世界中が大騒ぎだ。大仕掛けのイタズラだとか、神の啓示だとか、気違いの仕業だとか、もっともらしい説がいくつも渦巻いたが、結局なんの用意も対策もないまま、その試験問題はあっけなく出題された。
いつの間にか空に大きな気球みたいなものが浮かんで、それが白い幕のようなものを垂らし、そこに問題が書かれてあった。それが不思議な事にその字はすべての人種が理解できる文章なのだった。そして問題はこうだ。
『宇宙に存在する生命体はどうしてもやむを得ないときは、他の生命体を殺しても良い』
そして声が響いてきた。
「この問題の解答時間は君たちの時間で今から二十四時間とする。それまでに良く考えて回答してもらいたい。尚、回答用紙は所定の場所に置いてあるので○か×を記入すればそれで良い。なにをどう調べても良いから、諸君の英知を集結してこの問いに答えるのだ」
世界が動揺した。たったこれだけの問題だが何を基準として出されたのかもわからない。誰がどう答えるのかが各国の首脳間で議論されたがその議論は長引いた。宗教人は×だと言い、政治家は○だと譲らない。
ありとあらゆる人がありとあらゆる意見を出した。絶対答えるなと言う意見もあった。勿論Sコンピューターに答えを求めたが、データ不足で答えが出せなかった。
瞬く間に時間だけが過ぎて行った。そして人類は回答者を一名選ぼうと言う結論に達した。大勢で考えていたのでは時間切れで失格になってしまう。
その任に当たったのが日本の若い大学生で、その理由は単に――受験慣れしているから――だった。
彼がそれを知ったときは気絶しそうになった。それでも仕方なく彼は所定の場所の大きな答案用紙を手にした。残り時間が迫っていた。彼は最初真っ白な答案用紙に○を書いた。そしてすぐにそれを消しゴムで消して×と書き直した。
そしてまたそれを消した。消したり書いたりの繰り返しだ。彼の顔面は蒼白になった。今にも倒れそうだ。心臓は爆発寸前だ。そしてついに時間が来た。
答案用紙を見て宇宙人の声が響いてきた。
「これはどういう意味なのですか?」
「……」
絶句する青年。彼の視線はぼんやりと虚空に注がれていた。答案用紙には△が書かれてあった。世界中の観覧者が絶望的な声を出した。みんな世界が終るのかと思った。その一部始終をテレビ局のカメラがリアルに捉えていた。
「もう一度訊きます。これはどういう意味なのですか?」
「さあ、わかりません。どっちも正しいようなそうでないような、だからどっちつかずの△です」
重苦しい沈黙が長い間その場を支配した。
しかし暫らくして宇宙人の思いもかけぬ言葉が返ってきた。
「なるほど、これは気づきませんでした。宇宙広しとはいえ△を書いたのは貴方が初めてだ。良い意味でとても驚きました」
「……」
「今回のテストはなかったことにしましょう。いつの日かまた改めてここに来ましょう。我々は諸君の新しい可能性を知った思いです。ではっ、さようなら」
それきり二度と声はしなかった。人類は救われたのだ。それにしてもクイズの正解は明かされないままだが、それもまあ仕方がない。
了
究極の宇宙テスト 松長良樹 @yoshiki2020
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます