後日のこと

 それから暫く後のことである。スマホのメッセージアプリ上で、結乃は真咲に告げられた。


「私ね、子どもができたの。今の彼氏と結婚することにしたわ」


 その後、真咲は素早くアパートを引き払い、遠くへと引っ越してしまった。結乃は真咲の彼氏の姿をついぞ見ないままであったが、今の彼氏とともに新居へ移ったのだろう。

 結乃はそれきり、二度と真咲と会うことはなかった。


 捨てられてしまった後で、結乃は考えた。


 ――彼女の身ごもった子は、一体どちらの子なのだろうか。


 真咲の子というのであれば、自分にも身に覚えがある。一度だけではなく、何度も。

 結局、真咲は自分の彼氏すらもたばかっていたのだろう。何とも性悪な人物である。かつては顔も知らない彼氏に嫉妬心を覚えたものだが、今となっては寧ろ同情心さえ湧いてくる。

 自分の子が、知らない土地で知らない男によって養育されているかも知れない……そのことに、結乃は繁殖を至上命題とする動物的本能の達成がもたらす喜びと同時に、どこか座りの悪い、形容しがたい不快感を覚えたのであった。


***


 一年後の、クリスマスのことである。


 その日の夜、中学三年生となった結乃は、受験に向けた勉強に勤しんでいた。当然、浮ついた話などあるはずがない。

 

 その夜、結乃は受験勉強を中断し、DVDをプレーヤーにセットしてテレビで映画を見始めた。その映画は、幽霊となったサメが人を襲うモンスターパニック映画だ。

 この映画は、サメの登場する映画を好む怜が特に気に入っていたものである。そして今再生しているこのDVDは、真咲の手を介して譲られた怜の形見なのだ。

 改めて視聴してみると、品質の低いCGなどから低予算ぶりは隠しきれていないものの、各所に創意工夫が見られる面白い映画であった。怜が特段好んでいたのもよく分かる。この類の映画はハズレが多いなどとよく言われるそうだが、これはその中ではかなりよくできた方であると言えた。

 サメ映画を見ていると、どうしても、映画を一緒に見ていた怜のことを思い出さずにはいられない。怜は、本当に良き友であった。映画の趣味は酷いの一言に尽きるものであったが、そのことも却って、彼に親しみを覚える要素となっていた。


 怜の姉、真咲と別れて当初の結乃は、真咲との歓楽を思い出しては苦悩した。もうあの快楽が与えられないと思うと、いっとう苦しくつらい。まるで薬物中毒者を苛む禁断症状のような、喉をかきむしらんばかりの欲求不満フラストレーションが、結乃の精神を摩耗させ追い詰めていた。

 とはいえ、それもせいぜい二か月程度のことであった。冷静になってみると、結局怜を失った喪失感を、彼の姉によって埋めようとしていただけに思えてしまったからだ。そして真咲の方も、自分を通して何か別のものを見つめていたような……結乃にはそう感じられた。


 真咲に対する関心の喪失と入れ替わるように、結乃は怜を失ったことによる悲嘆を思い出した。在りし日の怜と紡いだ数々の思い出が、藤蔓のように心を絡め取って離さない。彼は快活な少年ながら、同時にその容貌は陰性の美をたたえていた。そのアンバランスさの水面下に、彼は粘質な欲望を溜め続けていたのだろう。


 今となっては、寧ろ結乃の方が亡き友に執心していた。怜ははっきりと自分に対して恋心を向けていたそうであるが、今の自分もまた、彼と同じように……そのような考えに至りそうになった結乃は、強制的に思考を打ち切った。これ以上、に気づいてしまったら、きっとおかしくなってしまう。


 ……ふと、何か、声が聞こえた。結乃を呼ぶ声だ。母親のものではない。

 この声は、怜の声だ。


 声のした方を振り向くと、そこにはグラスに注がれた麦茶があった。

 もしや、そこから出てくるのか……そう思ったが、麦茶は青白い光を発することなく、茶色い液体のままであった。


 結乃は麦茶を一気に飲み干した。

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シャーク・イン・クリスマス 鮫の六時間 武州人也 @hagachi-hm

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