淫佚

 十二月初旬の土曜日であった。外は鉛色に曇っていて、吹き寄せる厳しい北風に、道端の枯草がなびいていた。


 不気味な事件が世を騒がせる中、結乃は真咲に連れられ、彼女の暮らすアパートの一室へと誘われていた。

 彼女の部屋は、整理整頓が行き届いていて、雑然とした様子がまるでなかった。いや、整理整頓できているというより、物自体が多くない、といった方がよい。そこが、結乃には何処か無機質で殺風景に感じられた。

 部屋には暖房が効いていて、結乃は救われた気分になった。そう感じるほどに、この日の寒さは彼の小柄な体をいじめ抜いていたのである。

 真咲は結乃を座布団に座らせると、温かいお茶を入れてくれた。茶の温かさが、芯まで冷え切った結乃の体を、内側からじんわりと温めてくれた。この温かみもまた、結乃にとってはありがたかった。


「ねぇ、結乃くん」


 結乃の隣に腰かけた真咲は、柔らかく、それでいて何処か媚びを含んだような、猫なで声と形容されるような声色で話しかけた。

 つん、と、結乃の鼻が芳香に包まれた。それは真咲から発せられているものであった。恐らく何らかの香水の匂いであろうそれが、結乃の鼻孔を優しく包み込んでいる。


「結乃くんってさ、学校で好きな子とかいるの?」

「えっ……いや、特には……」

「そう……」


 結乃は、つまらない答えで失望させてしまったかと思った。が、真咲の反応は全く異なるものであった。


「実はさ、私結乃くんのこと好きになっちゃったんだよね……」


 言いながら、真咲は黒い瞳を真っすぐ結乃に向けた。真っすぐ……とは言うものの、瞳の奥底には、何かねじ曲がった、淫佚インモラルな欲望が秘められているような……そんな視線を向けているのだった。いくら結乃が若すぎるといっても、二人の間に漂っている、ただならぬ空気を感じ取れないほど鈍感ではない。

 言葉を聞いた時、結乃の心臓はばねのように跳ねた。そして、結乃の視線が真咲の全身を這った。なるほど、華やぐ美少年の怜と近い遺伝子を持っているだけあって、真咲もまた他者を狂わせる美貌の持主であった。

 とろんとした目つきの真咲が、結乃にそっとしなだれかかってくる。この時、結乃が思い出したのは、かつての怜もそうであったことだ。

 怜は二人きりになると、やたらと結乃に触れたがったし、体を寄せてくるような所があった。ただの友人以上の距離感の近さが彼にはあったのである。とはいえ、結乃は彼と長い付き合いであったし、当時はその距離感を不自然だとは思わなかった。

 結乃の視界が、ぼんやりとし始めた。頭が熱を帯びたせいでほうけているのだ。けれども、そんな中にあっても、自らの唇に触れた柔らかい感触だけは、はっきりと感じられた。

 

「もしかしてファーストキス?」


 真咲はからかうような表情をしながら、いたずらっぽく尋ねてきた。結乃はまともに言葉を発することができず、ただぶんぶんと首を縦に振るのみであった。


 その日、結乃は真咲に誘引されるままに一線を踏み越えた。

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