ロスト・クリスマス

 あの後、結乃は二度、真咲の住まいへと通った。


 真咲が初めて与えてくれた歓楽は、結乃のまだ未成熟な心身にとって麻薬そのものであった。彼女のもたらす白昼夢に、結乃は逃れようもないほどに埋没していったのである。

 冬休みを目前として、同級生たちは揃いも揃ってどこか浮ついたようなところがあったが、結乃は彼らにも増して気もそぞろな様子であった。それも当然、彼は「次にいつ、真咲と会えるか」という、唯一無二の関心事に全てが支配されていたのだから。周囲の者たちは心ここにあらずといった風な結乃の様子を「仲良くしていた怜を失って悲しみに沈んでいるのだ」と解釈したが、それは殆ど勘違いであったと言ってよい。

 数年来の友人を失った結乃の悲しみは、真咲によって上から塗りつぶされてしまっていた。


 真咲にはこの時、交際している男性がいた。真咲の住まいの様子――たとえば、歯ブラシが二つあることなど――から、結乃は何となく真咲に別な恋人の存在があることを察していた。

 自分はもうこれ以上ないほどに真咲に夢中になっているが、彼女の方は単に気まぐれで自分の相手をしているだけではないのか……そのようなことを思って、結乃は悲しいやら恨めしいやら、とにかく複雑な気分にさせられ、そのことに心を締めつけられた。


***


 街は、もうすっかりクリスマスの色に染まっていた。クリスマスの前日、十二月二十四日という日は、やはり人の気をそぞろにさせる日である。人々は厳冬の寒風に身を苛まれながら、どこか熱っぽい目をしていたり、反対に世を恨むような憎々しげな形相をしていたりと、十人十色様々である。


 その前日の二十三日の夜、結乃は布団の中で落ち着きなくごろごろと何度も寝返りを打っていた。

 結乃は、クリスマスとイブ、せめてどちらかは真咲と過ごしたいと願った。けれども、真咲にちらつく、恐らく彼女と同じ年ごろの大人であろう彼氏の存在が、結乃の気分を暗澹あんたんたるものとさせた。顔も知らないライバルは、きっとこの両日で真咲と睦むのであろう……そのようなことを考えると、いっとう不愉快で悔しい。

 ところが、結乃の心にかかった黒雲は、スマホに届いた真咲からのメッセージが一吹きに吹き飛ばしてしまった。


「明日、空いてる?」


 たった一言の短いメッセージが、結乃の表情を一変させたのであった。

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