前世の記憶

 僕エドワードには前世の記憶がある。平凡な男子高校生だった僕は藤川覚(ふじがわさとる)として通学途中に交通事故で命を落とした。


 それがどういう事故だったのかは、死者となった僕には定かではない。いつものように朝ご飯を食べ、いつものように学校に通い、いつものように帰路についていた時だった。


 信号無視の自動車が交差点の横断歩道を渡っていた僕に、滅茶苦茶なスピードで突っ込んだ。僕の体が派手に宙を舞う前に最後に見た光景は、ハンドルに顔をくっつけていた運転手の頭に目立つように生えていた白髪だった。たまった疲れが彼を眠りに誘ったのか、あるいは病気で気を失っていたのかは今となってはもう分からない。


 はねられる直前にそんなことを考えている内に僕の体は有無を言わさぬ速度で、壁にたたきつけられ、そのままベチャリとアスファルトの地面に落ちる音を立てた。


 死というものは二度と経験したく無いものだ。事故の際に感じた人生で最初で最後に経験した耐え難い痛みや、生前までにやり残した多くの事のために湧き上がる後悔の念が僕を苦しめた。


 だが、こうして異世界で再び生を受けたと言う事は、神様が僕に生きるチャンスをくれたのかもしれない(あるいは天国に行く程の資格は無いと見なされたのかもしれないが)。


 そうして、僕はエイルヤウア市パダブダヤン区の百姓家族の三男坊として転生したというわけだ。一番上の兄ライナスはとっくに成人し、父ダニエルから譲り受けた自前のパワーをフル活用して、カンサリー麦畑を引き継いだ。


 二番目の兄マシューは僕たち3人兄弟の中でも母グロリアの聡明さを引き継いだとして、高等教育のアカデミアの学生寮に住まいを移している。


 そして、僕はと言うとご覧の通り、畑仕事を十分にこなせるぐらいの平凡な学と平凡な身体能力しかなく、いつか海を渡って世界を冒険するという漠然とした夢もあったが、ライナスがもうじき結婚することと、マシューが通うアカデミアの学費だけで手一杯だった我が家の家計には僕の夢を叶えてやれる余裕はなかった。


 凡庸な僕を家にいる家族は決して責めはしなかったが、僕が『みんな大丈夫だよ。僕はこの家を出て働いて行くからさ』などと言うのを半ば期待している事は薄々感じていはいた。


 だから、平凡な人間がそうするように、夢への情熱を冷まし、現実へと目を向け、働きに出る上で十分な初等教育を終えた僕は仕事を求めてエイルヤウアへと足を運ぶことを決意したときは、母さんは涙を流して泣いていたが、他の家族は何処かほっとした表情を浮かべていた事は記憶に新しい。


 ただ、家族から追い出された、と思う気持ちはしなかった。役立たずと見なされたというより、百姓一家が養っていける器から、はみ出てしまった、こぼれざるを得なかったのが僕と言うだけだった。




 そうこうしているうちに、安宿を見つけた。お風呂無し、食事なし、案内された部屋は床はギシギシ言うし、ベッドはよだれ臭いが、これで20ヤヤツ(大体日本円で2400円ぐらいかな?)もするんだからエイルヤウアの物価も高いもんだ。


 レイラさんはジョーンズ家まで歩いていくように言われていたが、2時間も歩きたくなかったのでカゴタ駅からは駅馬車でも使おうかと思ったが、今日の職務紹介の手数料、今晩の宿代、そして明日の電車の切符代だけで両親から貰ったお金がすっからかんになると思うと、ため息が出た。


 その晩の事、部屋の窓からにぎやかなエイルヤウアの夜を眺めながら、固いパンとチーズをかじっていると、空をツバメ便のツバメが飛んでいくのが見えた。恐らく、今日中にはジョーンズ家に僕のことが伝わるだろう。遅くまで僕のを含む、多くの手紙を書いて頂いたレイラさんには感謝しかない。


 ジョーンズ家に住む人たちがどんな人なのか分からないが、せめて彼女の努力に応えられるように頑張ろうと、空を飛ぶツバメを見て心に誓った。

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