第8話:ねこねこもーどであまあま

 朝、起きて。

 真っ先に目に入ったのは妻の顔だった。

 僕に覆い被さって、クンカクンカと僕の匂いを嗅いでいる愛すべき妻――西真野花にしまのかに対して、思わずこう言ってしまう。


「ネコさん?」

「にゃー♡ ネコです。稀助さんのペットになりました♡」


 にゃんにゃんの甘えた声を上げながら。

 ネコ真野花ちゃんはすりすりと僕の胸に擦り寄ってくる。……何だこの可愛い生き物。


「今日はお仕事休みだっけ」

「はい、だからいっぱい甘えられます♡」

「可愛いなぁ……よしよし」

「〜〜〜っ♡ 〜〜っ♡ ネコです♡ にゃんにゃん♡」

「じゃあチュールをあげないとね」

「チュールよりなでなでがいいです。頭を撫でてください」

「よし、いいだろう」


 そんな風にあまあまなおねだりをされたら、断れる夫なんていない。だから僕は言われた通り彼女の頭をなでなでしてあげる。

 ココアブラウンの長い髪は、寝起きだからか少し跳ねており、それがまたネコみたいで可愛らしい。きゅうきゅう♡ と喉元から甘えた声を出して、なでなでの喜びを表す真野花ちゃん。目を細め、すりすりと顔を擦り付けてくる。……やっぱり可愛い。


「今日も甘えん坊さんだね。昨日はお互い忙しくて話せなかったから?」

「はい♡ 今日はいっぱいなでなでとか、すりすりとか、イチャイチャします。いっぱいを希望します♡」

「じゃ、いっぱいしよっか。そぉれ、なでなでなで〜っ」

「〜〜っ♡ ぅぅ〜〜〜っっ♡♡♡」


 あまあまな時間を小一時間過ごし。

 時刻は8時頃。朝ごはんを食べる。


「昨日炊き込みご飯を作っておいたんです」

「いいねーいいねー、お、キノコのやつか」

「はい♡ キノコのやつです」


 しめじ、マイタケ、エリンギ、油揚げをご飯と一緒に炊いた美味しい炊き込みご飯だ。

 プラスしてほうれん草の味噌汁と鮭の塩焼きを作ってもらい、それを二人で食す。


「んっ、炊き込みご飯美味しいな。キノコがコリコリしてて、味付けも丁度いい」

「味噌汁も飲んでみて下さいニャー」

「お、ネコさん」

「はい、ネコさんです♡」


 どうやら今日はネコになりきっているらしい。可愛いからそっとしておこう。


「ネコです」

「ネコだね」

「もぉ、何か質問してくださいニャー」

「質問、か……じゃあ、好きな食べ物は?」

「稀助さんが作るカレーですニャー」

「ほぉ、どういう所が好きなんだい?」

「愛情がこもっている所ですニャー♡」

「あ、ありがとう……」

「あは♡ 照れてるの可愛いですニャー」


 あまあまなねこねこもーど全開の真野花猫。今日は一段と褒めてくるな。ネコになりきっているから、ご主人様に愛されたいのだろうか。


「稀助さん。あーん」

「ぅ……あーん……ぱく」

「あははっ♡ 美味しそうに食べてます♡」

「……美味しい」


 真野花ちゃんがあーんしてくれた炊き込みご飯はやはり最高で。

 その味はト○コも目玉を飛び出して仰天するほどだった。


 夜、寝る前も真野花ちゃんは甘えてきて。


「にゃーん♡ ネコです」

「よしよし、可愛いネコさんいたね」

「なでなでを要求します。いっぱいがいいです」

「いっぱいなでなでするよ。頭がいい? お腹もいいね。ほっぺもいいかな」

「全部がいいです! 全部お願いします♡」

「じゃあ全部してあげるね。ほら、ベッドに仰向けになって」


 真野花ちゃんはネコが甘えるようにお腹を出したポーズになり。

 にゃんにゃんと甘い声をあげながら色々な所を撫でられるのを待っている。

 僕はまず、お腹をなでなでする。


「にゃーん♡ お腹っ、あっ♡ いい、です……♡」

「綺麗なお腹だね。そうだよね、毎日頑張ってるもんね」


 真野花ちゃんは体型維持の為、何やらネットで器具を買って、腹筋やらスクワットやらをしている。お陰でスタイルはマジで抜群だ。そこら辺のモデルも顔負けだと言ってもいい。


 お腹をひとしきり撫でた後。

 次はほっぺをなでなでした。

 柔らかくて、色白な頬の肉は、こんなにも僕を魅了する。ぷにぷにな感触を楽しんでいると、


「稀助さん♡」

「んー?」

「ギューってしてください♡ 上から、私の身体、ギューってして、抱きしめてください♡」

「いいよ。抱きしめてあげるね」


 おねだりされなくても、するつもりだった。ベットのきしむ音が聞こえ、刹那、僕は愛すべき妻を上から抱きしめた。抱きしめながら、頭をなでなでした。


「っ〜〜っっ♡♡♡ はぁ、すき……それ、すきです……」

「なでなでされながらギューっされるの、真野花ちゃん好きだよね。いいよ、もっとしてあげる」


 優しく、それでいて時に豪快に。

 真野花ちゃんのふわふわヘアーを撫でる。

 シャンプーのいい匂いがする。さっき一緒に入ったからだ。少し高いものを使っているのか、この匂いは産まれてから真野花ちゃんからしか嗅いだことはない。だから、僕にとっては特別な匂い。きっと彼女がおばあちゃんになっても、僕はこの匂いを忘れないだろう。


「今日は一日中ネコさんだったね」

「ねこねこもーどです! ネコですニャー」

「可愛いなぁ」


 あまあまな一日を過ごした日の翌日。


「遅刻ですっ! 稀助さん後はよろしくおねがいしますっ、あー! どうしましょう」

「車で送ってくよ! ほら、玄関出るよっ」


 真野花ちゃんは寝坊したものの、ギリギリ遅刻せずに済んだのだった。ネコのように気ままに生きるのは難しいなぁ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る