第6話:あまあま夏祭り(後編)

「最初はなに見ますか?」

「うーん、そうだな」


 僕が悩んでいると、ふと目の前にある射的屋さんが視界に入った。店の前には強面のオジサンが腕を組んで立っている。


「あそこ行ってみようか」

「射的、ですか……いいですね」

「食べ物とかは他でも買えるけど、射的はここでしか経験できないし、せっかくだしね」


 射的前に行くと、オジサンがギロリと僕(だけ)を睨みつける。


「……300円」

「はい?」

「やんのか、やらんのか」

「あっ、はい、やります。300円ですね」


 独特の威圧感に気圧されながらも300円を払うと、口をへの字にしたオジサンが射的用の銃をぶっきらぼうに渡してくれる。


「稀助さん、あのぬいぐるみほしーです」

「あれか。よし、頑張ってみるか」


 銃を肩に担ぎ、棚に設置してあるピンクののうさぎのぬいぐるみを狙う。

 赤い眼に長い耳、丸っこいフォルム……何だかそのうさぎは僕を挑発しているようで、少々腹立たしいと感じた。


「はっ……兄ちゃん、なんだいその構え。射的とかやったことないんだな。まあ何でもいいが」

「……どうも失礼しました」


 射的のオジサンはそう言って僕を嘲笑う。

 どうやら僕はうさぎだけでなく、オジサンにも見下されているようだ。プラスして、隣にいるのはその辺の女優より数段可愛い真野花ちゃん。それが気に入らないのだろう。


「くそ」


 少々不貞腐れていると、


「稀助さん」


 真野花ちゃんが僕の傍まで寄ってきた。

 そして耳元で、こう囁く。


「が ん ば れ ♡」

「っ!」


 別に性的でもない。暴力的でもない。

 なのにその四文字はあまりにも甘美で、張り詰めていた緊張感がいとも簡単に緩んでしまった。僕の心はもう既に彼女によってコントロールが可能なようだ。


 今度こそ狙いを定め、二、三度深呼吸などする。もう大丈夫だ。確信がある。僕の放つ玉には一騎当千の力がある。何者も僕が放つ弾丸の前では恐慌状態のカエル同然だ。つまり、確実に仕留められるってこと。


 ばんっ!


「っ!」

「当たった……」

「わー♡ 稀助さんやりましたねー」


 放った玉は見事にうさぎの脳天にヒットして、棚下に落下していった。


「……ッチ」

「では、うさぎさん頂いていきますねー」


 ピンクのまん丸うさぎぬいぐるみを片手に、真野花ちゃんは射的のオジサンに向かって乾いた笑顔を向けるのだった。


射的を終えると、次は食べ物を買おうという話になり、取り敢えず目に入った串唐揚げを買い、飲食スペースにてそれを食す。


「んー♡ おいひ」

「串唐揚げはいいなぁ」

「普通の唐揚げなのに、お外だと美味しいのですね」


 初めて知ったかのような口ぶりに、僕はつい問うてみる。


「真野花ちゃんって、夏祭りとか行ったことないの?」

「……あんまりないですね」

「その、家族と一緒にとかも?」

「ないです。貧乏だったので」

「そっか……」


 僕は唐揚げを一口食べ。

 真野花ちゃんは興味津々な顔で串に刺さった唐揚げを眺めている。

 そんな中、僕はポツリと言う。


「今日は、楽しい?」


 ふふんと笑い、真野花ちゃんはやや明るい声で、


「楽しいです。すごく」

「……僕も楽しいよ」

「はい、稀助さん。あーん」


 恥ずかしさを紛らわせるように。

 真野花ちゃんが串唐揚げを僕に向けてくる。愛すべき妻があーんをしてきたのだ、断る夫はいない。だから僕は口を開け、それを受け入れる。


「あーん……ぱくっ」

「おいしー? ですか」

「美味しい」

「私の手料理とどっちが美味しいですか?」

「真野花ちゃんの手料理のほうが5倍は美味しい」

「リアルな数字、ありがとうございます」

「いや、1億倍とか言うと嘘っぽいじゃん……」

「まあそーですけど……」


 ムスッと唇を尖らせる真野花ちゃん。

 だけど別にマジで怒ってはいないようだ。

 その証拠に、頭を下げ、フリフリと身体を揺らしている。これは頭なでなでのおねだりだ。僕もサドじゃないので、キチンと撫でてあげる。


「〜〜っ♡ 稀助さんのなでなで、気持ちよくて好きです」

「普通に撫でてるだけだけどなぁ」

「なでなでますたーです」

「なでなでますたーとわ」

「私をなでなでするますたーです♡」

「いつの間にますたーになったんだ僕は」

「いつからでしょうねー」

「とぼけちゃってー」


 そんな風にイチャイチャして過ごし。

 他にも様々な食べ物を食した。

 バナナチョコ、焼きそば、りんご飴など、様々な食べ物を食し、次に向かったのは、


「お化け屋敷、か」

「やーん♡ 怖いです稀助さん」


 微塵も怖そうじゃない様子の真野花ちゃん。まあ彼女はお化け屋敷くらいで怖がる女の子じゃないから、実際「稀助さんとお化け屋敷さいこー笑」くらいにしか思っていないのだろうが……。


「1回500円か。よし、入ろう」

「怖いので腕組んで入りましょー」

「おけ」


 真野花ちゃんが僕に腕を回してきて、身体を密着させてきた。浴衣の和の上品な匂いと、真野花ちゃんのシャンプーの香りが鼻腔をくすぐり、だいぶドキドキしてしまう。

 早速中に入ると、まあ当たり前なんだが非常に薄暗く、おどろおどろしい雰囲気だった。心霊スポットの洞窟というコンセプトらしく、スプレーで描かれた落書きや、血のシミなどが細かい凹凸のある灰色の壁に塗られている。……結構怖いな。


「〜〜♪」

「真野花ちゃん、余裕だね」

「そーですか? そう見えますか」

「見えるなぁ。怖くないの?」


 刹那、


 ギャアアアア!!!


「うわあああっ!」


 大きな音がして、堪らず僕は声を上げる。

 近くに置いてあったドラム缶から人が出てきて、脅かしてきたのだ。


「あは♡ おっきな声……可愛い」

「ビックリした……ヤバい、ドキドキしてる」

「まだ半分も終わってないですよ? 頑張ってくださいな」

「あ、ああ……頑張るよ」


 これ最後まで持つかな。

 不安になる僕であった。


※※※


「はぁ、はぁ……怖かった」

「あははっ、そんなに怖かったんですか?」


 何とかお化け屋敷を抜け出し。

 僕らは休憩所で休んでいた。

 真野花ちゃんは僕の頭に手を伸ばし。


「よしよし、よく頑張りましたね♡ エラいエラいです……」

「うぅ、頑張った」

「帰ったらもっと褒めてあげます。稀助さん専用のなでなでますたーになります」

「君もなでなでますたーだったのか」

「これで二人ですね♡」


 そんな会話をしていると。


『ただいまより、○○夏祭りメインイベント、大花火打ち上げが行われます――』


 と、アナウンスが鳴った。


「花火か……見に行く?」

「はい、行きたいです……あの、それで」


 口をモゴつかせ、真野花ちゃんは一言、


「人のいない所で見たいのですが」

「なるほど。じゃあいい所があるよ」


 この辺りは学生時代何度か来たことがある。だから人気のなさそうな、静かな所も知っているのだ。

 僕は真野花ちゃんの手を握り、目的の場所まで案内する。ずっと彼女はニコニコ笑っていた。そんなに花火が好きなのだろうか。


「わぁ、ここはいいですね」


 辺りに草木が生い茂るこのスポットは、お祭り会場から少しだけ離れており、花火もしっかりと見ることができる。やっぱり人はいなかった。まだこの場所の魅力を知る人はいないようだ。


「あ、もうすぐ花火始まるよ」


 僕が言うや否や、空から火の玉が上がってきた。ひゅるるっと甲高い音を立てて、花火の元が打ち上げられたのだ。


 そうして天高く空に放たれ、刹那、パッと咲き誇る。


「わぁ……わー」

「綺麗だね」


 真っ暗な夜空に光が放たれ、真野花ちゃんの顔を照らす。彼女はすっかり目の前の情景に目を奪われていた。口がぽんかりと開き、ただひらすらに「綺麗だ」と言いたげな顔で、「わぁ」とか「はぁ」とか感嘆の声を漏らしている。


「稀助さん」


 真野花ちゃんが僕の手を握ってきた。

 細くて長い指先が、僕に絡み付いて、離れない。まるで白蛇に好かれ魅了されたカエルのように、心も身体も彼女の意のままになる。

 だから僕は、自然と真野花ちゃんの顔を見つめる。そうするとそちらから瞳を閉じて、唇を軽く尖らせてくる。

 長いまつ毛、綺麗な形の鼻、プルプルの唇、ちっちゃな耳、透き通るように白い肌、青白い血管の浮き出た華奢な首筋……何もかもが可愛い。


 バチバチと一際大きな花火が上がったその時に、僕らはキスをした。

 巨大な火の粉に照らされた僕らの影は、しっかりと身体を重ねていて、その辺の映画のワンシーンより何倍も映える。

 

「んっ……っ、はぁ……♡」

「真野花ちゃん」

「はい」

「なでなでしても、いい?」

「〜〜♡ はい……!」


 僕は彼女を撫でて。

 柔らかい毛先を手のひらで堪能して。

 なんだが我慢できなくなって、またキスをするのだった。今日は最高の日だなぁ。

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