第5話:あまあま夏祭り(前編)
金曜の夜、ふと真野花ちゃんが呟いた。
「明日って、お祭りがあるみたいですね」
「あー、すぐ近くだよね」
近所の夏祭りだ。
この季節になると屋台やら見世物やらを真夏の外の下開き、毎年大勢の人がやってくる。
「真野花ちゃん、もしかして」
「〜〜っ」
どうやらこの妻、夏祭りに行きたいようだ。モジモジと身体を震わせ、桜色の唇をキュッと結んでいる。
ならば夫としてはもう答えなんて決まっていて、
「お祭り、行く?」
「……はい、お祭り、行きます」
「丁度明日おやすみで良かったね、真野花ちゃん」
「ええ……あのっ、それで稀助さん……」
彼女は少々恥ずかしそうに、こう言う。
「浴衣を着ていきたいのですが……ダメ、でしょうか」
「浴衣? 真野花ちゃんの浴衣姿かぁ……いいよ、てか許可取る必要とかないし」
「だって、稀助さんが浴衣嫌いだったら嫌だなぁと……」
ポショリと愛らしく呟き唇を尖らせる真野花ちゃんが可愛すぎて、僕は彼女の頭をなでなでした。
「真野花ちゃんの浴衣姿見たいな。きっと可愛いんだろうね」
「〜〜っ♡ 実は、もう買ってあるんです」
「浴衣を? マジか、見せてよ」
しかし真野花ちゃんは首を振り、
「ダメです……ダメ……っ、まだ見せられません……」
「え、でも明日着ていくんだよね」
「そう、ですけど……今日は見せられませんっ」
「な、なるほど」
何だかよく分からないが、彼女がそう言うならしょうがない。お楽しみは明日にとっておこう。
寸止めされたような不快感に悩まされながら、明日を楽しみにする僕であった。
※※※
そして次の日の夕方。
「そろそろ来る時間、だよな」
お祭り会場前にて。
辺りは親御連れの他に、当然ながらカップルの群れもワイワイいた。
私服で着ている人もいれば、彼女だけ浴衣を着ている人、どちらも着ている人、様々である。ちなみに僕は、真野花ちゃんの希望で浴衣姿だ。小説の資料の為買った、紺色の地味目なやつだけど、浴衣には違いないからいいよね。
で、肝心の彼女はと言うと、着付けとかヘアスタイルをプロの方に頼んでおり、少々遅れるそうだ。なので僕は祭り会場前で彼女を待っている。……何だかカップルみたいで、ドキドキするな。
「お待たせしました」
と、その時声がして、振り返る。
目に映ったのは、和の女神だった。
「どう、でしょうか」
「あ、ぁ……これは、ヤバいな」
「ヤバい、ですか」
「うん……可愛い」
「! 〜〜っ♡ ふ、ふふ……そーですか♡」
気品溢れる大人っぽい黒地の布に色とりどりの菊の花の模様が散りばめられていることで、大人っぽさの中に子供らしい雰囲気があり、知性と幼さのハーモニーといった所であった。控えめに言って最高。今すぐ抱きしめたい。
「髪型も可愛いね」
「ええ、ちょっといつもと違うので、稀助さんが気に入るか分かりませんでしたけど」
肩まで掛かったココアブラウンの髪を三つ編みにして編み込み、後ろで結んでいる。
何だかいつもの真野花ちゃんじゃないようで、何だか初めて会った時のドキドキ感があって、もう堪らなかった。
「可愛いよ」
「っ、ふへへ。そですか……」
「〜〜っ♡ 〜っ♡」
「可愛い可愛い……凄く可愛いよ」
「やぁっ、そんなに連呼されると……」
「だって本当に可愛いから……嫌だった?」
「嫌じゃないです、ですがっ、人もいますし……」
「大丈夫、みんな自分達のことで精一杯だよ。それに、周りにはカップルもいるし、目立たないよ」
「そ、それはそーですが……」
「うーっ……」と僕の胸元で小さな怪獣が恥ずかしそうに唸る。愛おしくて、さらにギュッと抱きしめると、「こっちがその気なら」でも言いたげに抱き締め返してくる。背中に手を回し、僕を離すまいとぎゅうぎゅうに抱擁してくるのだ。……可愛すぎるだろ。
「……僕の為におめかししてくれてありがとう。本当に可愛い」
「むぅ、そんなに可愛いって言うとお家に帰った時に言う分が無くなっちゃいます」
「無くならないよ。お家に帰っても言うから」
「……明日もおやすみなんですよね、私」
「つまり?」
「……いっぱいえっち、しましょうね♡」
「今日はハードになりそうだな……」
「稀助さんが可愛い可愛いって言い過ぎるからです。もぉ、私限界です」
「ごめんごめん……さ、お祭り行こっか」
「はい♡」
こうして僕達は仲良く二人、恋人繋ぎをして、夜の屋台へと歩を進めるのだった。
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