第4話:おやすみすくすく子守唄

 深夜2時のことだった。

 ようやく今日の仕事を終え、さあ寝るぞと思ったその時。


(……眠くない)


 10時くらいに真野花ちゃんと一緒にお風呂に入って身体を流してもらった時は眠くて眠くて、早く仕事を終えてベッドに入りたいと思っていた。……なのに、今は全く眠たくない。そう、そうである。この西稀助にしまれすけ、遅くまで起きて仕事をしていたせいで、すっかり目が冴えてしまったのだ。


 僕達夫婦は同じベッドで寝ており、真野花ちゃんはもう既に寝ている様子だ。すーすーと寝息を立てているのがまた可愛らしい。

 部屋の電気を消すと、彼女を起こさないように僕もベッドに入り、天井を見上げてみる。豆電球がオレンジ色に光り、わずかに部屋を照らしている。


「真野花ちゃん」


 隣で寝ている愛すべき妻。

 整った顔、潤んだ唇、ちっちゃな耳……形の良い鼻からはすーすーと呼吸が一定間隔で続いている。その度に華奢な身体がわずかに上下し、どうやらすっかり熟睡しているご様子だ。


(少しくらい触っても……)


 好奇心に負け、つい彼女のほっぺを触ってみる。


 つんつん。


 柔らかい。

 そう言えば彼女は入浴後にお肌のケアをしていた。だから当然ながらほっぺはもちもちで、柔らかく、優しい触り心地だ。


「可愛い……」


 何だか興奮してきて、そうなると余計に眠れなくなってしまう。ああ、これはダメなやつだ。


「まれすけ、さん……?」

「っ! ごめん、起こしちゃった、よね」


 真野花ちゃんがうつらうつらとした目を細め、僕に話しかける。どうやら起こしてしまったようだ。


「どうされたんですか……?」

「いやっ、眠れなくなっちゃって」

「そーですか……それは困りましたね」


 うーんと考え。

 真野花ちゃんはニコッと微笑む。

 その小悪魔的な笑みに、僕はドキッとしてしまった。


「ほら、きてください♡」


 真野花ちゃんが布団をめくり、僕をあまあまな世界へと誘う。そこは彼女の体温でぬくぬくと温まっており、同時に女の子特有の甘ったるい蜂蜜のような香りがする。嗅いだだけで、もう虜になってしまった。だから僕はそこに身体を寄せて、愛すべき妻に抱きつく。


「いいこいいこ……♡ 今日もよく頑張りましたね……」

「うん、頑張ったよ、僕」

「可愛い……ふふ、よしよし……♡ いい子ですね……エラいです、すごいです、自慢の夫です……」


 妻になでなでされて。

 もうすっかり癒されてしまう僕。

 安心しきってしまい、まぶたが重くなっていく。真野花ちゃんはトドメとばかりに、糖度100パーセントの声で、母親が子を寝かしつけるような優しげな声で、歌い始めた。


「ねーんねんころりよ……♡ おころりよ……♡ 稀助さんは良い子よ、寝んねしな……♡ 寝んね、寝んね……いい子いい子……よしよし……♡ 大丈夫ですよ、大丈夫……大丈夫………」


 いつの間にか真野花ちゃんの声も聞こえなくなり、僕は深い深い、眠りの深海に沈んでいくのだった。

 妻に抱きしめられ、温もりを感じながら、すやすやと、すくすくと、優しい夢の世界を堪能し、


※※※


「っ、んん……ふぁ」


 ちょうど朝8時になって、隣に真野花ちゃんが寝ていないことに気付いた。

 と、その時美味しそうな香りがキッチンからする。匂いにつられて向かってみると、


「あ、おはようございます、稀助さん」

「あ、おはよー……今日の朝ごはん?」

「はい♡ お豆腐の味噌汁に、鮭のホイル焼きと、それから炊き込みご飯です」

「いつもありがとね。じゃ、食べよっか」


 愛すべき妻の西真野花はエプロンをヒラリと揺らしながら、ココアブラウンの髪をかき分け、微笑みこう言う。


「はい♡ 稀助さん……」


 僕らの平和な一日が今日も始まる。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る