第3話:いつもの日常
朝、起きてみると。
ほのかな温もりを感じる。何者かが同じ布団の中で寝ており、手を繋いできているのだ。
「……おはよー」
「おあよーございまふ……ふぁぁ」
ギュッと手を繋いだまま。
僕の最愛の妻、
「起こしちゃいましたね……昨日は遅くまで執筆お疲れ様です」
「ああ……結構ハードだった。今日は昼まで寝てたい」
「お昼は自分で買いますか?」
「うん……真野花ちゃんはお仕事行ってきてよ」
「はい、そうさせてもらいます。……でもその前に」
真野花ちゃんは僕のほうに身体を寄せ、
「ぎゅーーっ♡」
「……よしよし、可愛いね」
「稀助さんパワー充電します。稀助さんパワーがあれば、お仕事頑張れます」
「僕もお昼から頑張るよ……真野花ちゃんお疲れ様」
朝からハグをしてくるだなんて、なんて可愛い妻だろうか。もう愛おしくて愛おしくて、堪らなく可愛い。そうなると僕も眠気が少しだけ覚めてしまって、
「真野花ちゃんっ、あの」
「んー?」
分かっているはずなのに、目を細め、イタズラな顔で微笑む真野花ちゃん。
言うしかないのか、くぅ……しょうがない。
「キスっ、したい……」
「はい、よく言えました♡ ……んっ」
お布団に入ったまま。
真野花ちゃんが僕の頬に手を添えて。
唇を重ねてきた。蠱惑的な柔らかい感触が、神経を伝い、ほんのりと幸せホルモンが分泌される。
「稀助さん」
「ん?」
「大好きですよ」
「僕もだよ」
正直大好きどころの話じゃないけど。
でもその言葉を使えば、一応は想いが伝えられるから、使っているだけで。
そんなわけで僕はまた睡魔に襲われて、二度寝をするのだった。
――そして時間は経ち。
「ふぁ、ぁ……よく寝た」
寝ぼけ眼で時計を見ると、何と2時を過ぎていた。外ではうるさいくらいの蝉の声がミンミンと聞こえる。だがこれも夏の風物詩といった感じだ。何かいいよね、お昼過ぎまで寝てスッキリした状態で聞く蝉の声って。
すっかり人肌に温まった布団をめくり、僕はキッチンに向かう。するとテーブルの上にあるお皿におにぎりが二つ置いてあった。もちろんラップに包まれている。きっと僕が昼過ぎまで熟睡することを予想していたのだろう。皿の横にはメモ用紙が貼られており、
『いつもお疲れ様です♡』
と、書いてある。
思わず笑みが溢れてしまう。
だって、愛する妻の握ってくれたおにぎりが今日も食べられるのだから。嬉しくない夫はいない。
「さーて、お仕事するかな」
ぐーーんと背伸びをして。
お仕事モードを入る僕なのだった。
おにぎりは作業中食べよう。
※※※
「よし、ピッタリ1万字」
夕方になった頃。
キーボードのEnterをタップして、そう呟く僕。連載している作品を2話と、有償依頼を一件片付けた。流石に疲れてしまい、ほぅとため息をついてしまう。
(おにぎり、美味しかったなぁ)
中身は鮭と塩昆布だった。
特に変わったものが入っているわけでもないのに美味しかったのは、やはり『愛情』だなんて素敵な名前の隠し味が入っていたからだろうか。……なんかキザだな、恥ずかしくなってきた。
「ただいま帰りましたー」
「あ、真野花ちゃん」
声を聞いて、鼻がツンとした。
何だか安心する彼女の声は、一日の疲れを癒してくれて、そうなるともう堪らず玄関まで駆け出してしまう。
「お、おかえり……」
「はい♡ ただいまです」
僕はモジモジして、何かを目で伝える。
察した妻は、両手を広げ、にぱっと僕だけに笑顔を向け、あまあまな声でこう言う。
「おいで♡」
「っ……うん……」
むぎゅっと。
妻の胸に顔を埋める。
甘い香水の香り、優しい温もり、そして頭をなでなでしてくれる包容力……何もかもが最高である。
「今日も一日頑張りましたね♡ エラいエラいですよ♡」
「うん、僕頑張った」
「こんなに汗かいて……すごく頑張ったのですね。お疲れ様です……!」
「真野花ちゃんも、おつかれ……」
疲れていたことなんて忘れてしまう。
妻の為なら頑張れる。妻の為なら何でもできる。妻の為なら死んでもいい。
そのくらいの覚悟を持って、僕は彼女と結婚した。
「お夕飯、何がいいですか?」
「カレーかな」
「ちょうど材料がありますよ。作るので、稀助さんはお仕事しててくださいな」
「うん、いつもありがとう」
「稀助さんの為なら、頑張っちゃいます!」
あまり負担はかけたくないというのが本音だ。僕も頑張ってお仕事して、少しでも彼女を幸せにしなきゃいけない。
やる気がムンムン溢れる、今日の僕だった。
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